ときめきは、一枚の絨毯から。
生産地と日本をつなぐ「Ghaznīn」
ものづくり
2026.07.19
先日ご紹介した「ジクウノアトリエ」でも扱っているブランド絨毯「Ghaznīn(ガズニン)」。まるでアート作品のように美しいこの絨毯は、アフガニスタンのガズニ州で織られています。今回は「Ghaznīn」に携わるフォスターリング恵子さんに、絨毯が日本へ届くまでのエピソードやブランドに込められた想い、現地とのつながりについてお話を聞いてきました。
フォスターリング 恵子
Keiko Fosterling
1986年新潟市生まれ。東京の留学系専門学校を卒業。アルバイトで貯めたお金でサンフランシスコへ留学する。新潟に帰ってからは和食店で働き、2014年に「Coro English」を立ち上げ、出張英会話講師をはじめる。2024年から「三方舎」オリジナルブランド「Ghaznīn」の貿易業務や海外パートナーとの商談通訳を担当。
まるで美術館。
選び抜かれたアフガニスタンの絨毯。
――最初にお聞きしたいんですが、「Ghaznīn」とはどんなブランドなのでしょうか。
恵子さん:「Ghaznīn」は、私たちが扱っている絨毯のオリジナルブランドです。アフガニスタンのガズニ州で作られている絨毯なので、敬意を表して「ガズニのもの」という意味の「Ghaznīn」と名付けました。ガズニに生息している「ガズニ種」という羊の毛で織られた絨毯は世界中に数多くありますが、その中で、これまで当社(株式会社三方舎)の代表・今井が納得した品質の絨毯のみを「Ghaznīn」としてご紹介しているんです。
――「三方舎」さん、「ジクウノアトリエ」さんともに、扱っている絨毯のラインナップはいくつもあると思います。その中で「Ghaznīn」絨毯ならではの特色を教えてください。
恵子さん:私はふたつの魅力があると思っています。まずエレガントで大人っぽい、鮮やかな色彩。そして、一年中使えるという利点です。織りが密なので、冬は冷気を閉じ込めてくれるし、夏場もさらっと気持ちよく使えます。
――ショールームに展示されている絨毯は、大きな絵画みたいです。
恵子さん:お客さまからいちばん多くいただく言葉は、「ここは美術館のようですね」なんですよ(笑)
――素敵な絨毯ばかりで、どれを選ぶか迷ってしまいそうです。
恵子さん:サイズ感や色合い、他の家具との相性など、インテリアとしての条件だけで選ぼうとすると「これだ!」という一枚にはなかなか出会えないんですよね。私は常々「心がときめくかどうかを大切にしてください」とお伝えしています。実際、絨毯を買うつもりはまったくなかったのに、「なんて素敵なんだろう」と「Ghaznīn」を迎えてくださる方も多いんですよ。個人的には、結婚相手との出会いと一緒だと感じています(笑)
――その衝動はわかる気がします。どれも手作業で作られた一点物なわけですし。ちなみにお値段は……?
恵子さん:他のブランド絨毯と比べると比較的リーズナブルで、2畳ほどのサイズで20万円台のものもあります。アフガニスタンの隣国・パキスタンの首都で取引をする業者が多いんですが、私たちは現地により近い場所で買い付けをしています。それも価格を抑えられる理由です。それでも高価ではありますが、羊を飼い、羊毛を洗浄し、糸を紡ぎ、染めて、織って、また洗浄して……と、いくつもの工程を経て一枚が完成します。その背景を知ると、この一枚の価値を感じていただけるのではないかな、と思います。


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一枚の絨毯が生んだ、
国境を越える信頼。
――「Ghaznīn」の取り扱いは2年ほど前にスタートしたそうですが、何かきっかけがあったんでしょうか?
恵子さん:代表の今井は「新しい絨毯、自分が知らずにいる絨毯はないだろうか」といつも探究心を持ち続けています。ガズニ州で織られている絨毯があると知って、20年前にギャべを初めて見たときと同じような「心が動く感覚」を覚えたんだそうです。ちなみに日本でガズニ州の絨毯をご紹介しているのは、私たちだけです。一年ほど前から全国の百貨店さんなどともお取り引きをはじめています。
――「Ghaznīn」のデザインは、伝統的に現地の人が作っているものがベースになっているんですか?
恵子さん:デザインの起源は15、16世紀のムガール帝国時代からあるものです。でもガズニ州の絨毯の歴史はそこまで古くなく、長らく戦争で苦しんだ地でもあるので、絨毯業が一時停滞していたこともあったようなんですね。その後再び絨毯業が根付き、都市型のデザインが生まれてきたという背景があります。
――恵子さんが「Ghaznīn」に関わるようになったのは?
恵子さん:「三方舎」には世界各地にパートナーがいるんですが、アフガニスタンは新たな場所でした。そこで英語が必須だから、ということで通訳としてご依頼をいただきまして。その流れで貿易業務にも関わるようになったんです。私、最初の頃は、絨毯の目の細かい、粗いすらわからなくて。でも「とても面白そう」と感じたのはよく覚えています。もともと美術品や世界の手仕事が好きだったので、惹かれるところがあったんですね。
――現地に行かれたときのお話も聞きたいです。
恵子さん:生産しているまさにその場所は、日本人は入れないんです。すぐ近くの国境近くの町へ行き、今井とともに交渉しました。現在はガズニ州の絨毯の全工程がアフガニスタンで行われているんですけど、実際に買い付けに行ったときは、アフガニスタンの隣の国、パキスタンで最終工程が行われていたんです。なぜならパキスタンから世界へ輸出する方が運賃が安いから。パキスタンの入国審査ではすぐ近くにライフルを抱えている人がいたりして、「ほんとうに大丈夫なのか」とハラハラドキドキでした。
――現地でガズニ州の絨毯をご覧になったわけですね。
恵子さん:平積みになっている絨毯を一枚一枚出してもらい、今井が選定するんです。商人たちからは最初は「売ってやるぞ」という雰囲気を感じたんですけど、今井の交渉術で徐々に立場が逆転していって(笑)。責任者のおじいちゃんが「それじゃない。あれを見せてやれ」と協力的になってくる様子が面白かったですよ。緊張感に包まれていたのに、交渉が進むにつれ最後は「頼むぞ、ブラザー」みたいな(笑)
――商売人としては、遠い国の見知らぬビジネスパートナーに自分たちの財産を共有するわけだから、それは慎重になりますよね。
恵子さん:その通りだと思います。ただお金を出すからよいものをちょうだい、という人よりも、ほんとうの価値を理解してくれる人に託したい、という思いは当然ありますよね。その信頼関係を築けているところが私たちの強みなのかな、と思います。


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企業理念「三方よし」を、
世界へ。
――「Ghaznīn」の売り上げの一部は、慈善事業にも使われているそうですね。
恵子さん:以前、今井がギャべの輸入でイランに出向いたとき、そこにもアフガニスタン難民の子ども、親御さんが多くいたそうです。ちょうど子育て中だった今井は大きなショックを受けて、そこから教育支援のための文具提供をはじめました。「Ghaznīn」の売り上げの一部は「One Aid Project 」として、現地で文具を買って配布する活動に使われています。日本で文具を用意する手もあるんですが、現地でお金が動くことにも意味があると考えているんですね。アフガニスタンの学費は年間数万円ほどだというのに、それでも学校に通えない子どもたちが大勢います。絨毯業は花形の仕事であるにも関わらず、教育を受けられるのは上の子どもだけ、というケースもあるようです。
――先日「ジクウノアトリエ」奥田さんのお話を聞いたときも思ったんですが、みなさんが絨毯を販売することが、現地の産業を盛り上げることにもつながっているわけなんですよね。
恵子さん:それも「三方舎」の理念である「三方よし」の考え方そのものです。難民支援の取り組みを知り、絨毯を購入してくださる方も中にはいらっしゃいます。
――購入される方からは、どんな声が届いていますか?
恵子さん:「Ghaznīn」は、50代、60代、70代のお客さまから人気がある商品です。きっと、ときめきを取り戻すような役割があるのかな、と私は感じていて。子育てを終え、住み慣れた一軒家からマンションに引っ越す、自分たちのための部屋を設えるという場合に、薄くて段差がほとんどない絨毯は安心して使っていただけるんだと思います。目が細かくてゴミが入り込みにくいので、お掃除が楽チンであるところも喜んでいただくポイントです。美しさだけでなく、実用性も高い絨毯なんだな、とお客さまから気づかせてもらっています。

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