山に眠る可能性を、地域の未来に。
阿賀町の「株式会社奥阿賀」

その他

2026.09.13

text by Etsuko Saito

かつて「炭の聖地」と呼ばれていたほど、炭焼きが盛んだったという阿賀町。その産業に再び火をつけようとしているのが、阿賀町の地域おこし協力隊を卒業し、「株式会社奥阿賀」を創業した渡部さんです。山にある資源に新しい価値を与え、林業に関わる人を増やしていく。そして「人口減少が進む地域でも、人が暮らし続けられる仕組みを作ろう」と動き出した渡部さんに、いろいろとお話を聞いてきました。

Interview

渡部 善成

Yoshinari Watanabe(株式会社奥阿賀)

1980年福島県生まれ。営業職を経て大手自動車メーカーで製造部門を経験。2022年に妻の地元である新潟市に転居。2023年から阿賀町の地域おこし協力隊として林業に携わる。2026年、協力隊卒業後に炭づくりを軸にした「株式会社奥阿賀」を立ち上げる。

子どもに安全な食べ物を。
農業への関心は、山にたどり着く。

――渡部さんはこの5月に阿賀町地域おこし協力隊を卒業し、起業されました。

渡部さん:かつて阿賀町で盛んだった炭焼きを復活・進化させようと思って「株式会社奥阿賀」を立ち上げました。炭焼き事業の産業化を目指すほかに、森林の再生や地域創生、自然との共生を目指しています。

 

――いつ頃から起業を考えていましたか?

渡部さん:愛知県にいた頃、「子どもに安全な食べものを食べさせたい」と思うようになって、妻の実家がある新潟市に移ってきたんです。新潟市ではIT系の職業訓練を受けていたんですけど、頭の中には「IT系の仕事を受けつつ、農業もやりたい」という思いがあって。農業をするなら自分で事業をすることになるだろうな、とは考えていました。

 

――その後はどうして阿賀町へ移られたんでしょう?

渡部さん:職業訓練センターでお世話になった講師が、阿賀町にゆかりのある人だったんですよ。「阿賀町をなんとかしてくれ。どんどん廃れてしまっているから地域おこしをしてくれ」と言われたんです。

 

――どうして渡部さんに声をかけたんでしょうね?

渡部さん:パソコンに向かって仕事をするより、外で動き回るタイプの人間だと思われたのかもしれないです(笑)。でもその人のおかげで阿賀町に興味を持って、地域おこし協力隊の募集を知ることができました。最初は、数日間の「おためし地域おこし協力隊」に参加をして、すっかり町の魅力に惹きつけられたんです。

 

――そして地域おこし協力隊の「林業部門」で活動されるわけですが、どうして農業ではなく「林業」だったんですか?

渡部さん:農業をするにしても、肝心なのは水。美味しい作物を育てるには、きれいで豊かな水は欠かせません。阿賀町に来て、見渡す限り広がる雄大な山々を目にしたとき、山の存在の大きさに気づきました。「この山が水を育んでいるんだ」と思うと、山をきちんと手入れすることが大切に思えてきて。「まずは山を整えて、美味しい水を育む環境を作ろう」と、たどり着いたのが林業だったんです。

 

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林業における理想と現実。
山に残された木に、新しい価値を。

――協力隊時代は、山に入って作業することが多かったですか?

渡部さん:どちらかというと行政側の視点から林業について学ぶ機会が多かったです。たとえば林業振興をどう進めていくか、地域としてどんな林業を目指していくべきか、とか。ただ実際の現場は人手が不足しているので、「どんどん森林整備を進めましょう」という計画があっても、なかなか思い通りには進みません。理想と現実との間には、少なからずギャップがあると感じていました。

 

――「株式会社奥阿賀」の事業内容は、林業の課題とも結びついているんですね。

渡部さん:「山をどうしていくか」という地域の考えと現場で働く人たちの橋渡しをしたい、という思いがあります。それで「炭」を産業化して、林業に興味を持つ人を増やそうと考えたんです。過疎化が進む地域でも、人が定着して収入を得られる仕組みを作ることも「奥阿賀」の目標です。社会課題を解決するモデルケースになれたらいいな、と思っています。

 

――これまでのお話で出てきている「炭」というのは、いわゆる木炭をイメージすればいいんでしょうか?

渡部さん:そうですねぇ……、奥阿賀地域のナラなどを原料とした高品質な白炭を、単なる燃料ではなく、付加価値の高い商品として展開したいと思っています。高級日本料理店や料亭で調理用の燃料として選ばれる炭を目指し、インテリアや空間演出などにも用途を広げていきたいです。品質と産地の物語を伝えながら、「奥阿賀白炭」というブランドを育てていきたいと思っています。質の高い炭を生産し、「奥阿賀」ならではのブランドを育てていきたいですね。

 

――炭の材料となる木材の調達はご自身で?

渡部さん:自分たちで森林整備をして木材を切ることもできます。もうひとつ想定しているのが、「丸太として出荷できない細い部分」の活用です。通常は山に残されたままの木を買い取って、炭の原料にするんです。資源を無駄にせず、林業事業者の新たな収入を生むこともできます。

 

――林業の収益面が課題であることは、他でも聞いたことがあります。

渡部さん:普通に林業をしている限り、爆発的に儲かることはたぶんないです。危険な仕事なのに、それに見合うだけの収入を得るのが難しいんですね。なので、これまで山に残してきた木を活用するなど、林業の収益性を少しでも高める方法を考えていきたいんです。

 

――一度はなくなりかけた炭事業が再スタートするなんて、町の人も喜んでいるでしょうね。

渡部さん:注目されているとひしひし感じています。町のみなさんの協力がなくては、ここまでできませんでした。起業に伴い「にいがた産業創造機構」のベンチャー企業関連の助成金もいただきました。阿賀町に期待してもらって、県の公益財団にも認めてもらったのだから、次は全国、その次は世界に「奥阿賀」を知ってもらおうじゃないか! と意気込んでいます(笑)

 

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阿賀町発、
新しい林業の仕組み。

――阿賀町に来たときから、「この先もここで暮らしていこう」と考えていたんですか?

渡部さん:協力隊の活動をはじめた当初から、「生涯ここに住もう」「絶対、阿賀町で起業しよう」と決めていました。

 

――それは阿賀町が素敵な場所だから?

渡部さん:もちろんそうです。人口減少や高齢化、若い人たちが町を離れていくなど、課題はたくさんあります。でももしかしたら、林業で解決できることもあるんじゃないか、という可能性を感じました。阿賀町はとても広い町です。これから先、誰も相続せず活用されなくなる場所が増えていくかもしれません。そうした土地を自分が買って新しい事業に活用できるかもな、とも思いました。

 

――新潟市、そして阿賀町に移ってきてから生活が大きく変わったと思います。ご自身の考え方にも変化はありました?

渡部さん:以前は安定を求めて、大きな企業に勤めていました。でもその頃から、「お金のために働くんだろうけど、お金のために生きるんじゃないよな」と思っていたんですよね。それからは「どう生きるか」「何をすることが自分の使命なのか」を意識するようになったかな。

 

――渡部さんの考える自分の使命は?

渡部さん:「林業はとても重要な仕事である」と大勢の人に知ってもらうことですね。都会ではできない仕事。いちばん美味しい空気を吸いながらできる仕事です。

 

――最後に、「株式会社奥阿賀」の今後の意気込みを教えてください。

渡部さん:最終目標は、「奥阿賀」がモデルケースになることです。この取り組みを他の地域にも取り入れてもらえたら、それがひとつの成功だと思っています。もともとは、「環境問題を解決したい」という大きな思いから、林業に興味を持ちました。「奥阿賀」の取り組みを日本中、いずれは世界へ広げたいですね。

 

株式会社奥阿賀

東蒲原郡阿賀町津川496-1

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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