逆境の先で、お客さまを待つ。
駅前の新店「オリエンタルスパイス」
食べる
2026.08.14
7月26日、新潟市内では大雨による浸水被害が発生しました。なかでも明石通り周辺は、大きな被害を受けたエリアのひとつです。その2日後、オープン前のアジアン中華酒場「オリエンタルスパイス」を取材する予定でした。前日、オーナーの本間さんが電話をくれて「店が浸水してしまった」とのこと。ただ「今は掃除しかすることがないので」と予定通りに取材をさせていただきました。いったいどんな言葉をかければいいのだろう、と少し不安な気持ちでお店へ向かいましたが、本間さんの柔和な人柄のおかげで、気づけばいつも通り、笑顔でお話を聞くことができました。
本間 将太
Shota Honda(オリエンタルスパイス)
1982年村上市生まれ。調理の専門学校を卒業後、新潟市内にあるホテルの中国料理レストランで3年間修業。その後上京し、居酒屋で約5年間経験を積む。27歳で新潟に戻り、タイ料理店「スパイシーマーケット」に17年間勤務。各店舗の店長を歴任。2026年、アジアン中華酒場「オリエンタルスパイス」をオープン。趣味はコロナ禍ではじめた盆栽。
オープン目前で、
まさかの浸水被害。
――大雨で、お店は大変な被害があったそうですね。
本間さん:当初は8月1日にオープンする予定でいまして、7月24日にはスタッフ全員でオーダーの取り方やドリンクの作り方などのシミュレーションを済ませたところでした。最後は、みんなで記念写真を撮って。それが7月26日に店に来たら、30cmくらい浸水していたんです。冷蔵庫の中身が全部出てプカプカと浮いていましたから、もう信じられなかったです。
――なんとまぁ……。
本間さん:やっと準備が整ったところだったんですが……。友達みんなに「いよいよオープンします」と連絡したばかりだったのに、ちょっと遅れてしまいそうです。
――そんなタイミングでも「取材は予定通りで大丈夫です」と連絡をくださいました。なんて精神力なのだろうと脱帽です。
本間さん:この浸水被害で、僕たちもご近所さんも誰も怪我をしませんでした。それが何よりだったと思います。あとはもう、切り替えるしかないです。テレビの取材も受けて、まったく意図しない展開ではありましたが、「宣伝になった」と前向きに考えています(笑)
――あらためて、いつ頃オープンされる予定でしょうか?
本間さん:冷蔵庫や製氷器、フライヤーなどの厨房機器を入れ替える段取りがついて、8月下旬にオープンできそうです。
※正式なオープン日については、オリエンタルスパイスのInstagramをご確認ください。

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中華、居酒屋、タイ料理、
なんでも作れる料理人に。
――本間さんのこれまでのことも聞きたいです。いつ頃、料理人さんになろうと決めたんでしょう?
本間さん:高校生のときです。それまではずっと野球をやっていて推薦もいただいたんですけど、「プロを目指せるほどの実力ではない」と自分では思っていて。野球は高校までにして、他の道を考えたときに「料理をやってみようかな」と思ったんですよ。
――最初は、ホテルの中華料理店でお勤めされたとか。
本間さん:本格的なコース料理からアラカルト、ランチまで、幅広いメニューを提供しているお店でした。ラーメン一杯を食べに来るお客さまもいれば、何万円もする高級食材の料理を召し上がる方もいて。本当、いろいろな経験をさせてもらいました。ただ時代も時代でしたから、職場はかなり厳しかったです(苦笑)。でもあの3年間があったから、今も飲食業でやっていけていると思うんですよ。それこそお世話になった料理長さんのお店には、今でもたまに食べに行きますし。怖かったですけど、僕はあの人が最高の料理人だと思っているんで(笑)
――それから東京へ。
本間さん:まだ若かったんで、東京に行くなら「今しかない」と思って。ホテルでお世話になった料理人さんから、よく「町中の飲食店を知るとすごく勉強になる」と教えてもらっていたんです。要は一級品の材料でなくても、工夫して美味しい料理を作る力も必要なんだぞ、って。それで大衆居酒屋で学びたい、と思ったんです。
――ギャップを感じたりはしませんでした?
本間さん:ホテルの衛生管理レベルがいかに高いか思い知った一方で、それまでにはない学びがたくさんありました。例えば、「この食材はそろそろ使い切らなきゃいけない」となったら、その日のメニューに生かすとか。限られた食材を無駄なく使って美味しい一皿を仕上げる工夫は、町場の飲食店ならではでした。
――その後新潟に戻ってきて、タイ料理店「スパイシーマーケット」さんでは17年もお勤めされたそうですね。
本間さん:27歳のときに東京から新潟に戻ってきました。また中華の世界に戻ろうと思っていたんですけど、その頃から「どんな料理でも作れる料理人になりたい」と思っていて。そんな話を友達にしたら、「じゃあ、トムヤムクンも作れるの?」と聞かれたんです(笑)。「いや、どうやって作るんだろう」と興味が湧いてきて。それがきっかけで、タイ料理を学ぼうと「スパイシーマーケット」で働くことにしたんです。
――あの頃、新潟でタイ料理は珍しかったですもんね。
本間さん:タイ料理を作れるようになったら他も見てみるつもりでいたので、最初はアルバイトから入ったんです。でも、オーナーを含めて周りの人にすごくよくしてもらって。当時はまだ従業員数が少なかったんだけど、「いい会社だな」「一緒に会社を大きくしたいな」と思ったんですよね。それからいろんな店舗で働かせてもらって。女池店、坂井店、駅前店、新発田店では、店長も任せてもらいました。


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家族との時間も、
料理人としての理想も。
――とても居心地のよい職場だったと思うんですが、独立を決めたきっかけというのは?
本間さん:子どもが小学生になってから、家族と過ごす時間が少なくなっていると感じていました。幼稚園の頃は出勤前に一緒に遊べていたのに、小学生になると僕が朝起きる頃には子どもたちはもう学校へ行っている、帰る頃には寝ている、という具合で。それで、家族との時間を優先するのか、それとも料理人として自分のやりたいことを続けるのか、妻に相談したんです。そしたら「なかなかできることじゃないんだから、自分のお店をやってみたらいいじゃない。応援するから」と言われまして。
――どんなお店にしたいですか?
本間さん:駅前の区域では端っこにあるお店なので、ついでに寄ってもらうというよりは目的の場所として利用していただけるようなお店にしたいんです。「スパイシーマーケット」時代がそうだったんですよ。「今日は『スパイシーマーケット』であれと、あれを食べよう」という方ばかりだったんで。「オリエンタルスパイス」では、中華料理の力強い火力とアジア各国のスパイスやハーブを融合させた、「ここでしか味わえない料理」を届けるつもりです。「わざわざ行きたくなるお店」「また来たいと思っていただけるお店」にしたい、と思っています。
――「アジアン中華酒場」という冠には、どんな思いを込めたんですか?
本間さん:僕のベースとなっているのはホテルで学んだ中華料理です。そこにアジア料理の経験が加わっています。そのふたつを掛け合わせた料理を作れたらいいな、と思っているんです。麻婆豆腐とガパオライスを合体させた料理、サンラータンとトムヤムクンのいいとこ取りをしたラーメンだとか。しばらくワンオペの予定なので、実現は少し先になるかもですが。
――オープンを目前にして、今、どんな気持ちですか?
本間さん:僕、心配性なんですよ(笑)。不安になることもたくさんあるんですけど、スタッフのみんなが支えてくれています。「大丈夫っすよ。やりましょう」って、背中をポンと押してくれて。だから水害で営業開始が遅れてしまったことで頭を抱えているんです。稼ぎたいスタッフもいるだろうに……。
――さて今後は、どんなふうにキャリアを積んでいこうと考えていますか?
本間さん:さっき話した通り、なんでも作れるようになりたいし、いろいろやってみたいんです。ひとまず今考えているのは、定年した父が釣り船を買って楽しんでいるので、父ちゃんが釣った魚を使ったカルパッチョをメニューに加えてみようと思います。



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