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自身が生み出したゆるキャラとともに10年。「ササダンゴン」のYAMAさん。

10周年を迎えたササダンゴンのこれまで、そしてこれから。

新型ウイルスの感染防止のため、人が集まる各種イベントを開催しづらい状況が続いている昨今。イベントを盛り上げるお馴染みの存在「ゆるキャラ」にとっても、それは登場の場を失い、活動の範囲が狭まることに直結しています。個性あふれる様々なゆるキャラが活躍する新潟県の中で、今年10周年を迎える人気キャラがいます。今回は「ササダンゴン」を運営するYAMAさんに、キャラクター活動の今、そしてこれまでとこれからについてお話を聞いてきました。

 

新潟応援団 笹だんごの会

YAMA

1968年新潟市中央区生まれ。新潟デザイン専門学校でグラフィックデザインを学ぶも中退。その後、印刷会社、広告代理店でのグラフィックデザイナーを経てフリーランスとして独立。ササダンゴンを生み出し、任意団体「新潟応援団 笹だんごの会」を立ち上げ活動中。

 

イベントは軒並み中止。現状は、SNSとオンラインでの活動。

――新型ウイルスの影響で、イベント関連を仕事にされている皆さんは大変苦しんでいると聞いていますが、ゆるキャラのお仕事もやはりイベントが多いと思います。影響は大きいですか?

YAMAさん:大きく影響を受けています。この春は、3月に新潟のゆるキャラの大きなイベントがあるはずだったんですよ。本当は去年の10月に企画されていたんですけど大型台風で中止になって、そのリベンジのはずが、結局新型ウイルスで中止になって。それ以外の、毎年呼んでいただいていたイベントも全部中止になってしまいました。

 

――ということは、ファンや子どもたちの前でずっと露出がない状態ということですか?

YAMAさん:先日、オンラインというかたちでZoomを使ったイベントがありました。新潟県のキャラが何体かと、県外のキャラも参加して。

 

――でも本来の触れあうかたちとは違いますよね。それにオンラインだと、表現も難しそうな…。

YAMAさん:「ゆっふぃー」こと寺嶋由芙っていうアイドルの子が司会進行でなんですけど、しゃべれるキャラは声を出せるものの、出せないキャラは…とにかく動きを見せて、ゆっふぃーに反応を見ていじってもらう感じですね(笑)

 

――イベントがないと、収入面でやはりキツいのでしょうか。

YAMAさん:ゆるキャラのイベントって全国的な大きいものが三つくらいあるんです。一番最初にはじまったのが彦根での「ご当地キャラ博」、それから埼玉の羽生市の「世界キャラクターさみっと」、もうひとつが福島の白川での「しらかわキャラ市」。ササダンゴンはいちおう三つのイベントすべてに参加した経験があるんですけど、元から、ほとんどのキャラクターは赤字なんですよ。それに大方は自治体のやっているキャラクターだし、他に個人でやっているキャラクターで儲かっているって聞いたことないんで。

 

――活動のメインは今、どうなっているんですか?

YAMAさん:SNSですかね。ササダンゴンはTwitterとインスタをやっていて、Twitterは10年くらい続けて、1日1回はつぶやいています。フォロワーは1万5千人くらいですね。あとはグッズ販売ですね。

 

10年間のうちに変化した意識。自分にできること。

――「ゆるキャラグランプリ」というコンテストにエントリーされていますよね。

YAMAさん:日本のゆるキャラ投票イベントの中では一番大きいやつで、人気投票で順位を決めるんです。第1回と第2回にエントリーをして、最高で103位くらいだったんですよ。それで、今年ササダンゴンが10周年なので、これまで10年やってきてどのくらいのところまで行けるのか、見てみたいなと思って今年、エントリーしました。今回は現在29位くらいにいるので驚いてます。

 

――ササダンゴンが10周年ということですが、はじめるときに何かゴールみたいなものを設定していたんですか?

YAMAさん:いや、ゆるキャラってそもそも、目的がそれぞれ違うんですよね。自治体のキャラクターだと、やっぱり地域のPRが目的ですし。ササダンゴンはそういう「目的」はなかったんです。でも漠然とした夢というか、自分の作ったキャラクターがどれだけ世の中に広まるか試してみたいって単純な気持ちだけだったんです。あと、自分のキャラクターでグッズを作ってみたいっていう。

 

――今は、どうなのでしょうか?

YAMAさん:最初は、有名になればいいと思うだけだったんですよ。でも、東日本大震災のときに意識が変わったっていうか、有名になることよりも、まわりの人たちの心を和ませてあげられたらいいなと思ったんですね。当時は被災された方はもちろん、日本中が辛い気持ちになってましたよね?自分にも何かできることはないか…と悩んで、ササダンゴンというキャラクターでふさぎ込んだ人の気持ちを少しでも軽くしてもらえればと考えて、わざとふざけた配信をたくさんしてみたり。そのときに「いいね」をたくさんもらったり、「励まされた」みたいなメッセージもいただいたので、人の気持ちを少しでも明るくできるよう活動しようと思うようになりました。

 

――活動を10年続けて、「やってきてよかったな」と感じることってありますか? エピソードがあったら教えてください。

YAMAさん:だいぶ前に、知り合いに「ある家族のクリスマス会に出てくれ」って頼まれたんです。最初よくわからずにとりあえず行ったら、その家のお父さんが病気で、家族にとってはそれがお父さんが一緒にいる最後のクリスマス会だったんですね。家には小さい男の子と女の子がいて、喜んでもらえてよかったんですけど、お父さんはその後、亡くなったんです。で、その家族を紹介してくれた知り合いが、それから何年かして写真展をやったので、見に行ったんですね。そしたらその会場で、あのときの女の子と偶然再会して。彼女は高校生になっていて。彼女、あのときのクリスマス会のこと、ササダンゴンのことを覚えててくれたんです。ああ、あの子がこんなに大きくなったんだ、って思うのと同時に、誰かの思い出の中にいられるって幸せだなあって思って。

 

――キャラクターが家に遊びに来てくれるって、インパクトが大きな出来事ですよね。

YAMAさん:そうなんですよね、いいにしても悪いにしても、子どもは覚えていてくれるんですよ。特に女の子はキャラクターを可愛がってくれるんで。男女で愛情表現は違うから、男の子の多くはグイグイくるんでやりにくい面もあるんですけど、女の子はやさしく接してくれるんですよ。こちらが癒されることも多いですね。

 

縁に恵まれたササダンゴンだからこそ、ファンの皆さんに感謝。

――10年という節目の年に、ササダンゴンのファンの方たちへの恩返しみたいなことも考えたりするんでしょうか。

YAMAさん:ササダンゴンの世界展とか、そういう展覧会をやってみようかと思っていたんですけど、世の中がこんな状況になっちゃったので…。デザイン原画とか、歴代のササダンゴンのマスコットとか、ファンの方たちにいただいたものとか、公開できたらいいなと思っていたんですよ。来年できたらいいですね。

 

――ファンの方を大切にしていますよね。

YAMAさん:ササダンゴンって、いい縁を持っているんです。いい出会いがあるんですよ。初期の頃にNegiccoやRYUTistと出会えたり、Twitterを通して寺嶋由芙さんはじめアイドルの子と仲良くなったり、その他にもいろいろお世話になった方が多くて。この活動を手伝ってくれているのも、ファンの方たちなんです。キャラクター業界では、そういうのはよくないという意見もあるんですけど、長くやっていくためには誰かに手伝ってもらう必要があって…それでコアなファンの人たちのお世話になっているんです。ありがたい話です。本当に感謝ですよ。ファンの皆さんの応援がなかったら、こうやって個人で10年も続けられなかったと思います。多分1ヶ月くらいでやめてましたね。ササダンゴンに代わってお礼申し上げます。ありがとうございます!

 

 

 

ササダンゴンの新潟日和

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