誰もひとりぼっちにしない居酒屋。
「旅する居酒屋 ヤヘドン商店」

食べる

2026.09.16

text by Ayaka Honma

「薬味バカ」「イカフェチ」の文字が目を引くキッチンカー、「旅する居酒屋 ヤヘドン商店」。居酒屋さながらのメニューが楽しめる、ちょっと珍しいキッチンカーのお店です。イカが好きすぎるあまり自らを「イカフェチ」と名乗る宮島さんに、お店をはじめるまでのことや、キッチンカーのことなど、いろいろお話を聞いてきました。

Interview

宮島 拓也

Takuya Miyajima(旅する居酒屋 ヤヘドン商店)

1984年生まれ、新潟市西内野出身。保育士として働きながら小針の居酒屋さんで働きはじめる。その後十日町に移り住み飲食店で働く。オーストラリアでの生活を経て、再び新潟市や十日町市などの飲食店で経験を積み、2022年に「ヤヘドン合同会社」を立ち上げ、「旅する居酒屋 ヤヘドン商店」として岩室を拠点に活動をはじめる。イカをこよなく愛し、我が子(イカ子)の著しい成長を楽しむ一児のパパ。

「魚が捌けるようになりたい」
そこからはじまった、飲食の道。

――今日はよろしくお願いします。ご自身を「イカフェチ」と表すほど、イカがお好きなんですね。

宮島さん:イカは、ずっと食べていられるくらい好きなんですよ。小学5年生くらいからイカを食べるためだけにチャリンコに乗って回転寿司に行っていましたね(笑)。イベントで1日100杯以上イカを焼く日もあるんですけど、味見をするたびに「うまい」って思うほど、何度食べても飽きないんですよね。

 

――それはすごい。キッチンカーをはじめる前は、どんなお仕事をされていたんですか?

宮島さん:もともと子どもが好きで、保育士をやっていたんです。音楽をやっていたからピアノとギターは弾けたし、小学校の教員をしている姉の影響もあって、保育士を目指しました。

 

――意外な経歴ですね。そこから今に至るまで、どんな経緯があったのでしょう。

宮島さん:お酒のアテをよく作っていたんですけど、魚を捌けるようになりたくて、小針の居酒屋さんでバイトをすることにしたんです。本当は副業禁止だったんですけど、どうしても働きたいお店があって。薬味や出汁の使い方がすごく好きで、そのお店に食べに行った日に「働かせてください」ってお願いしました。

 

――保育士として働きながら、夜は居酒屋さんで。

宮島さん:朝から晩まで働いて、かなりハードでしたけど、魚の扱いや和食のことを学んでいくうちに、料理そのものへの興味はどんどん深くなっていきましたね。「料理の味付けは、エフェクターみたいなもの」って言われたときは、すごく腑に落ちました。料理を教えてくれた師匠も僕と同じようにバンドを組んでいたので、説明もすごくわかりやすかったんです。このときに、日本酒の魅力にもハマったんですよ。

 

――どんなきっかけがあったのでしょう。

宮島さん:師匠のお店で「至」を飲ませてもらったとき、「日本酒ってこんなに美味しいんだ」って思ったんです。それから日本酒の面白さにのめり込んでいって。あれ以来、日本酒フェチでもあります(笑)。ただ、お酒と料理の面白さにハマっていった矢先、副業がバレてクビになっちゃったんです。

 

――えぇっ。その後、どうなったんですか?

宮島さん:十日町の飲食店で働かせてもらうことにしました。十日町には、「omake」さんという好きな服屋さんがあって、ちょこちょこ行っていたんです。それに「豪雪JAM」というイベントでスタッフとして参加したとき、世代問わず、いろんな人に良くしてもらっていたので、十日町はすごく好きでした。そんな十日町で、シェフを探しているカフェを紹介してもらったんです。「飲食一本で生きていくのもいいな」と思って、移り住むことにしました。

 

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言葉の通じない国で、自力で生きる。
そこから浮かんだ「独立」の文字。

――宮島さんが独立を考えたのは、いつ頃だったのでしょう。

宮島さん:飲食で働いていたときから考えていましたが、強く意識したのは30歳になる手前くらいですかね。カフェで店長代理として働いていたんですが、「このまま雇われるのは怖い」と思ったんです。それで自分の力だけで海外で生きていけるか試してみたくて、思い切ってオーストラリアに行くことにしました。オーストラリアでは地元の大きなスーパーの前でギターを弾いたり、暮らしていたキャンプ場のような場所で夜な夜な酒を飲みながら演奏したり。今振り返ると、すごく人間らしい生活をしていたと思います。

 

――その言葉からも、とても充実した生活だったことが伺えます。

宮島さん:やりたかったことは全部できたな、と思いましたね。でも、ある日畑仕事に向かう途中、事故に遭って、ギターも弾けなくなっちゃったんです。「日本に帰れ」って言われているのかなと思って、帰国することにしました。それからは、新潟市や長岡市の飲食店で働いたんですけど、オーストラリアで自由な生活をしていたからか、全然続かなくって。それで十日町に戻ることにしました。

 

――それから十日町ではどんなことを?

宮島さん:日本酒と魚が中心の、深夜食堂のようなお店で働かせてもらうことにしました。お店のほとんどを任せてもらえて、自由にメニューを組むことができたので、気づいたらメニュー数もすごく増えていましたね。それは、今の「ヤヘドン商店」にも受け継がれているかもしれません(笑)

 

――そのお店での経験を経て、「ヤヘドン商店」をはじめられるんですね。

宮島さん:雇われでも勉強できることはたくさんありました。でもやっぱり「自分でやりたい」っていう気持ちがあって。お店をやめて、1年間準備してから「ヤヘドン合同会社」を立ち上げました。準備期間は、資金集めのために仕事を掛け持ちしたり、料理人としてゼロから学び直したくて、割烹で下働きしたりしました。

 

佐渡のおばちゃんお手製のイカ。ほかにもキッチンカーにはイカグッズがたくさん。
オリジナルの「イカキャップ」や「イカフェチTシャツ」など、イカグッズも販売しています。

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「イカフェチ」が作る、
イカづくしの居酒屋メシ。

――「旅する居酒屋 ヤヘドン商店」ができたのは2022年、コロナ禍も終わりが見えた頃でしたね。

宮島さん:とはいっても、外食することに対して、まだまだ後ろめたい空気があった頃でもあったと思うんです。「本当は飲みに行きたいけど行けない」って感じている人は、僕だけじゃなく、たくさんいたんじゃないかなって。そういう人たちを救えるのは、キッチンカーだと思ったんです。これこそ、誰もひとりぼっちにさせないスタイルなんじゃないかって。

 

――じゃあ、当初から居酒屋スタイルのキッチンカーにしようと考えていたんですね。

宮島さん:そうですね。周りからは「キッチンカーなら、わかりやすいものを売ったほうがいい」とか「居酒屋のキッチンカーはウケない」ってアドバイスもありましたけど、キッチンカーは的屋ではないと思っているので、料理人として、自分の出したいものを作るという思いは曲げませんでしたね。

 

――あらためて「旅する居酒屋 ヤヘドン商店」はどんなキッチンカーか、教えてください。

宮島さん:ひとことでいうと、「良くも悪くも変態」なキッチンカーですね。というのも、メニューに占めるイカの割合がかなり多いんです。その理由は単純で、とにかくイカが好きだから(笑)。まずは、看板メニューの「イカ焼き」と「イカガパオライス」を食べてほしいですね。

 

――それぞれどんなこだわりがあるのか、教えてください。

宮島さん:「イカ焼き」には、葱と大葉、茗荷という薬味の三種の神器をたっぷりのせて、イカのワタを使ったソースを合わせています。このソースは準備期間に下働きをした割烹で教わったものをアレンジしてみました。

 

――これはお酒が欲しくなっちゃいますね。「イカガパオライス」には、どんなこだわりが?

宮島さん:十日町のカフェで働いていたときに作っていたガパオライスをもとに、和風にアレンジしました。ごぼうやれんこん、茄子など10種類くらいの野菜を入れているので、いろんな食感を楽しんでもらえると思います。お米は佐渡の「朱鷺と暮らす郷」という減農薬米を使っていることも、こだわりのひとつです。

 

お店では、日本酒やビール、ポン酢サワーなど、10種類前後のお酒も販売しています。
ひとくち食べてみてください、お酒が欲しくなりますよ。

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キッチンカーを、もっと身近に。
「おかえり」が言える場所作りも。

――宮島さんはイベントに出店するだけではなく、自らがイベントを主催することもあるのだとか。

宮島さん:「モノコトオト市」というイベントですね。新潟市って他の地域に比べて音楽のイベントが少ない気がして。音楽と食と雑貨を楽しめるイベントを一昨年と去年開きました。今年はできなかったんですけど、来年は開催できたらいいなと思っています。それと、あえて平日の夕方にゲリラ的に出店する「ひょっこりキッチンカー」っていう活動も、知り合いのキッチンカーと一緒にしています。

 

――それはまた、どうしてはじめられたのでしょう。

宮島さん:コロナの影響で修学旅行に行けない子どもたちがいることを知って、自分に何かできることはないかな、と思ったのがきっかけです。ひとつの場所にキッチンカーをたくさん並べて、出店したらお祭りみたいで楽しいかなって。キッチンカーがいるのが当たり前になるくらい、馴染んだらいいなと思って、今も定期的に開催しています。

 

――そこにも、「誰もひとりぼっちにしない」という思いが込められているようにも感じます。

宮島さん:それはこのキッチンカーをはじめてから、ずっと大事にしていることですね。キッチンカーをもっと身近な存在にしていきたくて、ご自宅やちょっとした行事に出張する「お家にキッチンカー」っていうのもやっています。お宅の駐車場が居酒屋さんになる、ちょっと面白い取り組みかなと思っています。

 

――「会いに行けるアイドル」ならぬ「会いに来てくれるキッチンカー」というわけですね。

宮島さん:キッチンカーは自分から行けるのがすごくいいですよね。でも、ゆくゆくは店舗を持ちたいと思っているんです。十日町でお店をやっていたとき、帰省してきたお客さんが「ただいま」って言って、僕が「おかえり」って迎えるのが、すごく良くて。誰かの帰りを待って、「おかえり」と言える場所を作りたいと思っています。あと、キッチンカーの仲間でバンドを結成したので、その活動もしっかりやっていきたいですし(笑)、イカの聖地、佐渡とのつながりも大事に活動していきたいと思っています。

 

最後はお決まりのイカポーズで。

旅する居酒屋 ヤヘドン商店

出店予定はInstagramをご確認ください。

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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