子育てや地域、防災に幅広く取り組む
「蔵王のもり こども園」の園長。
その他
2026.09.10
長岡市にある「蔵王(ざおう)のもり こども園」の園長・佐竹直子さんは、子育て支援や地域食堂、防災ネットワークなど様々な取り組みに携わっています。長岡市の自然豊かな環境にあるこども園へお邪魔して、いろいろとお話を聞いてきました。
佐竹 直子
Naoko Satake(蔵王のもり こども園)
1966年長岡市生まれ。東京の短大を卒業した後は保育園に就職し、25歳のとき青年海外協力隊に参加してフィリピンへ渡る。帰国後は大学院で保育を学び直し、2016年より「座王のもり こども園」の園長に就任する。その他にも、防災ネットワーク「チーム中越」「三尺玉ネット」「多世代交流館 になニーナ」「蔵王のもりプレーパーク」など多くの取り組みに携わる。
厳しい環境での保育を経験するため、
フィリピンでボランティア活動。
――佐竹さんは「蔵王のもり こども園」の園長を務めながら、地域食堂や災害ボランティアなど、いろいろな取り組みをしているんですよね。
佐竹さん:思いついたら行動に移しちゃうタイプなんですよ。ただ、関わっていることのすべてが同じ根っこでつながっていて、どれもが私自身なんです。
――なるほど。では保育士になったいきさつからお聞きしたいと思います。
佐竹さん:とにかく子どもが大好きだったんです。母も保育に携わっていたので、その遺伝子を受け継いだのかもしれません。幼い頃は預かっている子どもがいつも家にいたので、そうした環境の影響もあったのかもしれないですね。
――それで保育園に勤めたんですね。
佐竹さん:短大を卒業して「蔵王保育園」に勤めました。それが現在の「蔵王のもりこども園」なんです。でもまだまだ知らないことや出来ないことがたくさんあって、保育者として経験不足なんじゃないかと考えるようになって、もっといろいろな経験を積みたいと思ったんです。数年勤めた後、青年海外協力隊としてフィリピンへ渡りました。
――そうだったんですね。でも、どうしてフィリピンへ?
佐竹さん:恵まれた環境のなかにいるだけでは広い世界が見えないと思ったので、厳しい環境のなかで生活している子どもたちに触れて、保育を見つめ直したかったんです。でも協力隊の代表から「あなたのためではなく。現地の人のためのボランティアだから」と諭されて、気持ちを切り替えました。
――フィリピンでのボランティア活動はいかがでした?
佐竹さん:派遣されたのはピナツボ火山噴火の被災地にある再定住地だったんです。ひとつの村にひとつの保育園をつくろうという動きがあったんですけど、子どもの数に比べて保育園や保育士が足りないんです。ひとつの保育園にひとりしか保育士がいなかったり、屋外で保育をやっていたり……。
――想像以上に大変な環境ですね。
佐竹さん:それどころか、火山灰に埋め尽くされた土地では作物がつくれず貧しいので、「無駄に動くとお腹が減るだけだから家で寝ていろ」といって、保育園に行かせない家庭もあるんです。これは何とかしなくちゃと思いましたね。
――何とかしたんですか?
佐竹さん:お腹が減るから保育園に来ないんだったら、給食を用意すれば来ることができるんじゃないかと思いました。そこで現地で暮らしている日本人の奥様たちから寄付を募って食材を調達し、地元のお母さんに調理をお願いしたんです。
――原因になっている問題を解決したんですね。
佐竹さん:保育どころかまず生活の安定が課題だと気づいて、村落開発普及員としての活動をはじめました。保存食品の加工法やコスパの良い家畜飼育、竹細工のつくり方の勉強会を開いたり、「水牛プロジェクト」を立ち上げたりしたんですよ。
――「水牛プロジェクト」というのは、どういった取り組みなんですか?
佐竹さん:水牛を使って農産物の生産性を上げ、それを買い付けて日本で販売するんです。生産されている背景も伝えながら販売し、その利益を水牛に変えていくんです。その活動は帰国してからも続けていました。

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子育て支援や防災ネットワーク、
多世代交流館など広がる取り組み。
――帰国してからは、再び保育の仕事に?
佐竹さん:フィリピンで日本とは違った環境や価値観に触れて、日本でも保育の多様性が求められるようになるんじゃないかと感じたので、大学院で保育を学び直すことにしました。大学ではいろいろな研究や分析がおこなわれているんですけど、それが子育て中の家庭や、現場の保育士に届かないことがもったいないと感じていたんです。
――確かにもったいないですね。
佐竹さん:そこで「三尺玉ネット」という子育てネットワークを立ち上げて、子育て情報をカレンダーやマップで紹介したプリントを配布したり、子育て座談会や「子育てフェスティバル」というイベントを開催したりしていました。
――行政、地域と子育て家庭をつなぐ取り組みですね。「多世代交流館」についてもお話を聞かせてください。
佐竹さん:きっかけは中越地震で被災した山古志地域のお母さん方が落胆しているのを目にしたからなんです。お母さんたちに生きがいを取り戻してもらいたかったので、「多世代交流館になニーナ」を立ち上げて郷土料理を教えていただく企画を実施しました。県外から長岡へ来た方には見慣れない地場野菜も多いので、そうした野菜を使った料理が学べる機会はとても喜んでいただけましたね。
――教える側も教わる側も嬉しい企画ですね。
佐竹さん:そうなんですよ。子どもを連れてくるスタッフや参加者もいたので、子どもの少ない山古志地域のお母さんたちは大喜びでした。「抱っこさせて」といって嬉しそうに順番に子どもを抱っこしていました(笑)。第一回交流会の後で、山古志のお母さんから「どんなお医者さんや薬よりも元気になるから、ぜひまたやってほしい」と喜んでいただき、地方の少子高齢化問題を救う糸口になるんじゃないかと思いました。
――その後も「地域食堂ネットワーク」や「蔵王のもりプレーパーク」など活動の幅が広がっています。
佐竹さん:どれも予算がない状態からスタートしているんですけど、やる気があって一緒にやってくれる仲間さえいれば何でもできると思っています。


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周辺に広がる豊かな自然を生かして、
のびのびと成長する保育。
――「蔵王のもり こども園」で園長を任されることになったのは、どういういきさつだったんでしょう?
佐竹さん:前任の園長が新聞の記事で私の取り組みを知って、活動を続けながらでも園長を引き継いでほしいというお話をいただいたので、自分の経験が役立つならやってみようと思いました。
――こちらのこども園には、どのような特色があるんですか?
佐竹さん:1,300年の歴史をもつ神社が隣にあって豊かな自然が残っているんです。その恵まれた環境を生かした保育に取り組んでいます。裸足で泥んこ遊びをしたり、育てた野菜を一緒に調理して美味しくいただいたりしているんですよ。
――それは楽しそうですね。
佐竹さん:絵本の読み聞かせも大切にしています。絵本のなかでいろんな体験をすることができるし、たくさんの言葉を知ることで、自分の気持ちをより伝えられるようになるんです。
――自然のなかで遊ぶのは楽しそうですけど、保護者のなかには抵抗を感じる人もいるんじゃないですか?
佐竹さん:そのためにも事前におこなう説明会で方針をしっかりご説明して、ご理解いただいた上で入園していただいています。
――方針に同意していただけた方のみ預かっているんですね。「蔵王のもり こども園」で保育を経験して、感じたことはありますか?
佐竹さん:子育て支援センターでは出会えなかった、いろいろな子育て家庭に出会いました。本当に支援が必要な方々ほど支援センターに行く余裕がないことを知り、「こども園」を通して支援をしていけたらと感じましたね。
――最後に、今後やってみたいことがあったら教えてください。
佐竹さん:里親申請の審査にも携わっているんですけど、こんなにたくさんの子どもが親と離れて暮らしているんだと驚かされます。自分の身体がもうひとつあるのなら、家族と離れて暮らす子どもや、自分の家庭で子育てすることができない親子を集めて、ファミリーホームを立ち上げたいですね。

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