島村仁 Jin SHIMAMURA
時計物語
#03 指輪より私たちらしいもの
03
新潟の街を舞台にした「時計」をめぐるショートストーリー
新潟の“街と時間”をテーマに、毎月1回1話完結で物語をつむぐ新連載シリーズ『時計物語 NIIGATA TOWN STORIES』。人と時計のショートストーリーを、スリーク・アンバサダーのDJ島村仁さんによるリーディングをお楽しみいただけます。新潟の街を舞台にした約7分間の物語を、ぜひ仁さんの素敵な声で堪能してください!
朗読・島村仁
#03
「クリスマスにプロポーズをして欲しい」
そう、恋人にお願いした。
「事前にそんなリクエストされたら面白くもなんともないじゃないか」と笑う彼に、式は挙げなくてもいいし、指輪もいい、新婚旅行もこのご時世だからわざわざ遠くに行かなくていい、でもプロポーズだけはしてね、と念を押した。
私は四四歳、彼は四六歳。お互い、若いときに一度離婚を経験している。
「わかったよ。ただ『結婚しよう』って言えばいいんだろ」
「うん、ほんとそれだけでいいから」
ただ、そうは言っても、十代のときに夢中で見ていたテレビドラマのプロポーズシーンに未だに憧れている自分もいる。素敵なディナーの後で、恋人が指輪の小箱をそっと取り出し、ロマンチックに愛を語る。今の子たちからは陳腐だと笑われそうだけれど、でも、私はそういう夢をすり込まれて少女時代を過ごし、成長した。
前の結婚のとき、私は相手からプロポーズをしてもらえなかった。なんとなく両親を紹介し合って、そのうち同棲がはじまって、とんとん拍子に結納や式の日取りが決まって、指輪は私が選んで買った……そんな結婚だった。
気にしないふりはしていても、私はそのことをずっと引きずっていた。だから最後の最後まで、相手を信じきれなかったような気がする。
イブの夜、私たちは駅前のちょっといいイタリアンレストランで食事をして、それから街をぶらぶらと歩いた。帰り道は萬代橋を渡り、川沿いに出た。川面で揺れる対岸の灯りは、イブの夜だからだろうか、ひときわ綺麗だった。
でも、彼はなかなかプロポーズを切り出してくれなかった。そのうち待ちくたびれて、だんだんと歩き疲れ、身体も冷えてきた。
プロポーズをしてね、なんて軽い調子で言ってしまったけれど、もしかしたら、彼にはその気なんてないんじゃないか。私はそう思いはじめた。付き合って三年、これまでお互いの仕事や生活を尊重しながら、ふたりで過ごす時間を大切にしてきた。若いときの燃え上がるような恋ではなく、年齢を重ねた上での、静かな恋。ずっとこんな穏やかな時間が続けばいいね、と言葉で何度も確かめ合ってきた。
だけど、それと結婚することはまた違う。
彼はこれまでと変わらない、何にも縛られない関係を望んでいるのかもしれない。
そう思ったときだった。
「結婚が永遠の約束じゃないことは、俺たちもう、一度経験して知っちゃっただろ」
急に立ち止まって、彼が言った。
「これからの人生で、ふたりで大切にできるものは何だろうって、俺、考えたんだ。指輪のかわりになるような。でも、思いつかなかった。物はどうせ古くなるし、いつかなくしてしまうかもしれない」
それは、やっぱり結婚をしない関係でいよう、ということだろうか。さびしい気持ちで彼の横顔を見上げると、彼はゆっくりと白い息を吐いてから、言った。
「それで思ったんだ。きっとそれは、これからの人生の、時間そのものなんだって」
彼は手に提げていた鞄に手をつっこんで、指輪のそれよりいくらか大きな小箱を取り出し、私の目の前でぱかりと開けた。
「こっちの方が俺たちらしいと思う。俺たちは、俺たちの時間を、これからもっと大切にしていこう」
箱の中では、少し大きさの違うペアウォッチが、外灯の光をはじいて、きらきらと輝いている。私が息をのむと同時に、彼が言った。
「俺と、結婚してください」
FIN
スリーク
古町と万代に店舗を構える機械式時計と眼鏡、ファッションの専門店。カルティエやブライトリングをはじめ、ウブロ、タグホイヤー、パネライ、オメガなど高級機械式時計と、国内最高峰のグランドセイコーの計20ブランドなどを展開。人生の特別な一本に出会えるお店です。
朗読
島村仁 Jin SHIMAMURA
東京都出身。ラジオDJ、YouTube番組『Threec channel』、Jin Rock Festivalオーガナイザー、TVナレーション、航空会社の機内放送など多方面で活動中。趣味は自然と接するスポーツ。
小説
藤田雅史 Masashi FUJITA
1980年新潟市生まれ。日本大学芸術学部卒。小説のほか戯曲、ラジオドラマなど執筆。著書『ラストメッセージ』。最新刊『サムシングオレンジ』が好評発売中。