時計物語

06

新潟の街を舞台にした「時計」をめぐるショートストーリー

新潟の“街と時間”をテーマに、毎月1回1話完結で物語をつむぐ新連載シリーズ『時計物語 NIIGATA TOWN STORIES』。人と時計のショートストーリーを、スリーク・アンバサダーのDJ島村仁さんによるリーディングをお楽しみいただけます。新潟の街を舞台にした約7分間の物語を、ぜひ仁さんの素敵な声で堪能してください!

朗読・島村仁

島村仁 Jin SHIMAMURA

時計物語

#06 この世でいちばん大切なもの

#06

この世でいちばん大切なもの

小説・藤田雅史

父親のことが好きかと聞かれたら、素直には頷けない。僕にとって、父はそういう人だ。

大学卒業後、新潟の実家を出てひとり暮らしをすると僕が早いうちから決めていたのは、やりたい仕事や将来の夢がうんぬんというわけではなく、ただ単に、偏屈な父と一緒に暮らすことが嫌だったから、かもしれない。

東京での就職が決まり、引越の準備で慌ただしい三月の終わりの週末、珍しくその父から、 街に誘われた。

父とふたりきりで出かけるのはずいぶんと久しぶりだった。中学生のときにエコスタで一 緒にプロ野球を見たのが最後だったような気がする。父は家に帰らないことも多く、家族の中ではずっと孤立していた。

万代の時計店で、父は言った。

「お前の好きなの選べ」

目の前には綺麗なショーケースがあり、そこには高級な腕時計がずらりと並んでいた。

「いや、別に時計なんていらないよ。時間はスマホ見ればわかるし」

「いいから。お前、社会人になるんだろう」

「だからスマホあるって」

「つべこべ言わずに選べよ」

僕は父のこの強引さが苦手だった。いつも自分のすることが正しいと思い込んで疑わない。 まわりの人間の意見など聞かない。こういう大人にはなりたくないと、僕はずっと思っていた。

 

父が入院したと母から連絡があったのは、入社式の翌日だった。

父の身体が悪いなんて、僕はまったく知らなかった。会社に事情を説明して入社早々休みをもらい、急いで新潟に帰ると、僕が想像してたよりも父の病状は悪そうだった。母の話では、 僕に心配をかけないように、体調がよくないことをずっと隠していたのだそうだ。

「重いだろう」

病室のベッドに横になっていた父は、僕を見るなりそう言った。

「何のこと?」

ぎょろりと睨みつける視線の先には、僕の手首の腕時計があった。結局、押しつけられるように選ばされ、買い与えられたものだ。

「ああ、うん。まだ慣れないね」

「最初は重いんだ。そういうもんだ。俺も親父にもらったときはそう思った」

まあ座れ、と僕に椅子をすすめ、父は言った。

「お前が社会に出る前に、何か父親らしいことをしてやりたいと思ってさ。考えたよ。なあ、 お前はこの世の中でいちばん大事なものは何だと思う? 命か? 金か? 愛か?」

「いや、いきなり聞かれてもわかんないよ」

「俺の答えが、それなんだよ」

父は僕の手首を指さした。

じゃあ、この時計大事にするよ、と僕は返した。すると父はまた厳しい顔になって、

「違う、そうじゃない」と僕を叱った。

「時間を大切にしろって言ってんだ。俺はこんな身体だけど、残りの時間をがんばる。だからお前も、お前の時間をがんばれ。俺の心配なんてしなくていいから、早く東京に帰れ」

 

その日の最終の新幹線で、僕は東京に戻ることにした。東京の夜景と比べて、新潟のそれは闇が深い。車窓に映る自分の顔が最近、少し父の顔に似てきたことに、僕はふと気づいた。

もしかしたら父と言葉を交わす時間は今日が最後になるかもしれない。そんな予感が胸をよぎる。

「時間、か……」

つぶやいたとき、僕は手首に、この世界で生きることの重みをずしりと感じた。

FIN

スリーク

古町と万代に店舗を構える機械式時計と眼鏡、ファッションの専門店。カルティエやブライトリングをはじめ、ウブロ、タグホイヤー、パネライ、オメガなど高級機械式時計と、国内最高峰のグランドセイコーの計20ブランドなどを展開。人生の特別な一本に出会えるお店です。

http://www.threec.jp/

朗読

島村仁 Jin SHIMAMURA

東京都出身。ラジオDJ、YouTube番組『Threec channel』、Jin Rock Festivalオーガナイザー、TVナレーション、航空会社の機内放送など多方面で活動中。趣味は自然と接するスポーツ。

小説

藤田雅史 Masashi FUJITA

1980年新潟市生まれ。日本大学芸術学部卒。小説のほか戯曲、ラジオドラマなど執筆。著書『ラストメッセージ』。最新刊『サムシングオレンジ』が好評発売中。