時計物語

04

新潟の街を舞台にした「時計」をめぐるショートストーリー

新潟の“街と時間”をテーマに、毎月1回1話完結で物語をつむぐ新連載シリーズ『時計物語 NIIGATA TOWN STORIES』。人と時計のショートストーリーを、スリーク・アンバサダーのDJ島村仁さんによるリーディングをお楽しみいただけます。新潟の街を舞台にした約7分間の物語を、ぜひ仁さんの素敵な声で堪能してください!

朗読・島村仁

島村仁 Jin SHIMAMURA

時計物語

#04 この時計が似合う男

#04

この時計が似合う男

小説・藤田雅史

年明け早々、社長室の模様替えをすることになり、オーダーメイドのデスクを注文した。見た目は既製品とたいして変わらない。ただ右袖のペントレーの横に、幅七センチほどの、小さな浅い引き出しをお願いした。わざわざオーダーにした理由はそれである。

「そこ、何を入れるんですか? 万年筆とか?」

半分、秘書のようなことをしてもらっている事務員に訊かれ、僕は答えをはぐらかす。

「大事なものをね。そうだな、昔見た夢、っていうかな」

 

その時計を手に入れたのはちょうど十年前。

二十九歳の冬、新潟に帰ってきたばかりのときだった。

学時代から、ずっと東京で役者になる夢を追いかけ続けてきたものの、下積みから抜けきれず、いよいよ三十を目前に夢破れて実家に戻り、親の会社に就職することになった。

ふるさとの冬は暗くて、気が滅入った。俺はこんなもんじゃないはずなのに。そう思いながら過ごす毎日はつまらなかった。ふがいない自分を認めることができなくて、仕事にも気持ちが入らなかった。

よく外回りの営業をさぼって、古町の喫茶店で時間をつぶした。白十字、シャモニー、香里鐘。コーヒーを飲んで、煙草を吸って、そしてモールの中をぶらぶらと歩く。それが日課だった。

ある日、なんとなく入った時計店で、一本の腕時計に目を奪われた。ガラスケースに飾られた、落ち着いた黒い文字盤の、美しいクロノグラフ。すべてが輝いて見えた。

カッコいい。素直にそう思った。試しに巻いてみると、でも、ちっとも似合わなかった。しかもとても手の出せる金額ではなかった。

なのに、僕はそれを手に入れた。

そして思った。

ああ、この時計が似合う男になりたい。

それはこの街に帰ってきて、はじめて見つけた、僕の新しい夢だった。

それから毎日、僕はその時計を腕に巻いて仕事に励んだ。祖父が創業した会社は、父の放漫経営でがたがたになっていたけれど、それを立て直すために、僕は街をかけずり回って、たくさんの人に頭を下げた。

最初はちっとも上手くいかなかった。あきらめかけたこともあった。でも苦しいとき、僕はいつもその腕時計にそっと視線を落とした。そして、そこに刻まれる時間ではなく、こんなもんじゃない、はずの自分自身を見つめた。

ようやく支払いを終え、その腕時計が晴れて自分のものになった頃、会社はやっと黒字に転換した。少しずつ僕を信頼してくれる人が増え、新しい取引先にも恵まれるようになった。

「いい時計ですね。似合いますね」

そんなふうに声をかけてくれる仕事仲間も現れはじめた。そして、あれから十年が経った今年の正月、僕は新社長に就任した。

 

新しいデスクの小さな引き出しに、左の手首から外したクロノグラフをそっとしまう。

この腕時計のおかげで今の自分がいるのは間違いない。小さな傷はたくさんついたけど、僕の目に映る輝きは、十年前と変わらない。

ありがとう。

胸の内でそう小さくつぶやき、静かに、引き出しを閉めた。

「ちょっと、一時間ほど外に出てくるよ」

「どちらへ?」

「いや、気分転換に古町でコーヒーでもと思って。何かあったらスマホに連絡ください」

これから僕は、新しい腕時計を探しに街に出る。次の夢を、見つけるために。

FIN

スリーク

古町と万代に店舗を構える機械式時計と眼鏡、ファッションの専門店。カルティエやブライトリングをはじめ、ウブロ、タグホイヤー、パネライ、オメガなど高級機械式時計と、国内最高峰のグランドセイコーの計20ブランドなどを展開。人生の特別な一本に出会えるお店です。

http://www.threec.jp/

朗読

島村仁 Jin SHIMAMURA

東京都出身。ラジオDJ、YouTube番組『Threec channel』、Jin Rock Festivalオーガナイザー、TVナレーション、航空会社の機内放送など多方面で活動中。趣味は自然と接するスポーツ。

小説

藤田雅史 Masashi FUJITA

1980年新潟市生まれ。日本大学芸術学部卒。小説のほか戯曲、ラジオドラマなど執筆。著書『ラストメッセージ』。最新刊『サムシングオレンジ』が好評発売中。