島村仁 Jin SHIMAMURA
時計物語
#02 ふたりで一緒に見上げるもの
02
新潟の街を舞台にした「時計」をめぐるショートストーリー
新潟の“街と時間”をテーマに、毎月1回1話完結で物語をつむぐ新連載シリーズ『時計物語 NIIGATA TOWN STORIES』。人と時計のショートストーリーを、スリーク・アンバサダーのDJ島村仁さんによるリーディングをお楽しみいただけます。新潟の街を舞台にした約7分間の物語を、ぜひ仁さんの素敵な声で堪能してください!
朗読・島村仁
#02
買物に出かける前にまた喧嘩をはじめてしまった。せっかちな僕と、のんびりやの妻。約束の時間にクルマに乗りこむ僕と、まだ着替えもできていない妻。ふたりで暮らしはじめて二年、いろんなことに折り合いをつけながら暮らしてきたけれど、「時間」に対するお互いの感覚だけは、なかなか合いそうにない。
今日は、亀田に家を建てたばかりの妹夫婦のために、新築祝いを買うことになっていた。
何が欲しいかと本人に訊ねたら、「リビングの壁掛け時計」というリクエストだったので、万代で探すことにしたのだ。
ビルボードの駐車場にクルマを駐め、伊勢丹やラブラの売場を見てまわる。でも僕と妻の意見はどこに行っても食い違った。
「どう見てもこっちの方がオシャレでしょ」
「何いってんの、時計は見やすさが大事なんだって。あっちのシンプルな方が絶対いい」
「いやー、あれは普通すぎてちょっと……」
お互い、譲らない。
そこで、少し頭を冷やそうと妻が言い出し、しばらく別行動をすることになった。一時間後に、バスセンターのカフェで待ち合わせ。
別行動といっても、僕はこれといってすることがない。万代で見たいものは今、特になかった。
「ったく、ふざけんなよ」
妻への苛立ちを抱えたまま街をぶらぶらと歩いていると、自然と足がやすらぎ堤に向かった。
気持ちのよい秋晴れで、川べりの桜の葉は赤く色づいていた。まだまだ時間があるので、八千代橋を渡り、対岸の遊歩道まで足をのばす。落ち葉を踏むカサカサした軽い音とそのリズムが心地よくて、歩いているうちに少し気分が落ち着いてきた。
ふと、そういえばうちのマンションのリビングも掛け時計がなかったな、と気づく。忙しい朝はニュースの画面で時間を見ているし、それ以外のときはスマホを覗けばことは足りた。
さて、そろそろ時間かな、とポケットに手を入れたときだった。あっ——スマホがないことに気づいた。どうやらクルマの中に置いてきてしまったらしい。
時間がわからないと急に落ち着かなくなる。僕は慌てて踵を返し、カフェに急いだ。
「ごめん、今、何時?」
妻は店の奥でのんびりとコーヒーを飲んでいた。約束の時間は十分過ぎていた。
「家出るとき時間守れって言っておきながら、自分が遅れちゃったよ。ごめんな」
素直に頭を下げると、全然大丈夫、と妻は笑った。どうやら妻も、甘いものを食べて機嫌を直したらしい。
「紅葉が綺麗だったよ」僕が報告すると、
「私も見たい」と妻。そこでまたやすらぎ堤に戻り、今度はふたりで同じ道を歩いた。
「君の選んだ時計にしよう」
僕は言った。確かに、時計はシンプルで見やすい方がいい。ずっと使うものだし。
「じゃあ、そうさせてもらおうかな。でも、うちにもさ、ひとつあったらよくない?」
「あ、それ、僕も考えてた」
「リビングにちゃんと時計あったら、私、時間に遅れないようにもっと気をつけられるかも。さっきのオシャレなやつ、いいと思う」
照れくさそうに妻が言う。
「これまで、ふたりで一緒に見上げるものがなかったんだよね。毎日同じ時計を見上げるのって、こんなふうにふたりで同じ景色を見るのときっと同じなんだよ。そんな気がする」
そう言って空を見上げる妻の視線の先に、山の連なりが霞んで見える。
「買物終わったらさ、たまには弥彦でも行ってみる? 紅葉、綺麗かもよ」
返事のかわりに、妻が僕の手を握った。
FIN
スリーク
古町と万代に店舗を構える機械式時計と眼鏡、ファッションの専門店。カルティエやブライトリングをはじめ、ウブロ、タグホイヤー、パネライ、オメガなど高級機械式時計と、国内最高峰のグランドセイコーの計20ブランドなどを展開。人生の特別な一本に出会えるお店です。
朗読
島村仁 Jin SHIMAMURA
東京都出身。ラジオDJ、YouTube番組『Threec channel』、Jin Rock Festivalオーガナイザー、TVナレーション、航空会社の機内放送など多方面で活動中。趣味は自然と接するスポーツ。
小説
藤田雅史 Masashi FUJITA
1980年新潟市生まれ。日本大学芸術学部卒。小説のほか戯曲、ラジオドラマなど執筆。著書『ラストメッセージ』。最新刊『サムシングオレンジ』が好評発売中。