夏を楽しむレジャーのひとつに「海水浴」があります。この海水浴はいつ頃からはじまったのでしょうか。幕末に西洋医学を学んだ医師たちが、身体を丈夫にする健康法として「塩湯治」を紹介したのが起源と言われています。そして日本海側で最初にできた海水浴場が、柏崎市にある「鯨波(くじらなみ)海水浴場」らしいのです。そんな鯨波海水浴場をのぞむ岬に立つ旅館「浪花屋 夕凪亭(なにわや ゆうなぎてい)」にお邪魔して、社長の佐藤さんから老舗ならではのお話を聞いてきました。
浪花屋 夕凪亭
佐藤 秀則 Hidenori Sato
1958年柏崎市生まれ。長野県白馬村のペンションで働いた後、柏崎に戻って「浪花屋 夕凪亭」に就業し1994年に「夕凪亭」を開館。2013年に参加した「全国ご当地どんぶり選手権」で「鯛茶漬け」がグランプリを獲得する。
——こちらの旅館はいつから続いているんですか?
佐藤さん:明治22年に創業しました。祖先は京都で宮家に仕えていたようです。新潟にある神社へ参内した折、この岬の眺めに惹かれて茶屋をはじめたらしいんですよ。
——へぇ〜、最初はお茶屋さんだったんですね。
佐藤さん:明治30年頃に北越鉄道が開通したことで一気に県外からのお客様が増えて、このあたりは海水浴場として大変賑わったので、その頃から旅館業をはじめたんです。昭和30年頃には2軒に1軒が民宿をやっていたんですよ(笑)。鯨波駅もふだんは無人なのに、夏の海水浴シーズンには駅員が5人くらいやってきました。
——それにしても、ここからの日本海は素晴らしい眺めですよね。
佐藤さん:うちの庭は国定公園に指定されているんですが、1年に3回くらい草刈りをしなくてはいけなくて、大変なんです(笑)。あと海岸には新潟で初めて民間でつくった「天然水族館」もあったんですよ。
——「天然水族館」って何ですか?
佐藤さん:海のなかに遊歩道や囲いをつくり、自然の海水を利用しながら海の生き物を飼育する水族館のことです。昭和のはじめから昭和44年まで続きましたが、残念ながら閉館することになりました。今でも「天然水族館」の跡は残っているんですよ。
——佐藤さんは最初から「浪花屋旅館」で働いていたんですか?
佐藤さん:当時はリゾート地のペンションがブームになりつつあったので、長野県の白馬村にあるペンションで勉強のために働きました。
——印象に残っていることはありますか?
佐藤さん:白馬村は雪の量が半端じゃないので、除雪は大変でしたね。あとオーナーの飼っている犬の散歩も私の仕事でした(笑)。お客様の前で歌を披露させられることもありました。パイロットやキャビンアテンダントのお客様が泊まったときには、飛行機にかけて「飛んで飛んで」って歌詞の「夢想花」を歌うんです。ところが「飛んで」の数が途中でわからなくなって指で数えてたら爆笑されましたね(笑)
——なんだか楽しそうですね(笑)
佐藤さん:楽しかったんですけど、父が一時期体調を崩したので、柏崎に戻って「浪花屋旅館」を手伝いはじめたんです。
——こちらの「夕凪亭」ができたのはいつ頃なんですか?
佐藤さん:平成6年に私が「自分の泊まりたい宿」を思い描きながら建てたんです。父は何も言わずに任せてくれたので、自分の好きなようにやらせてもらえましたね。
——かなりこだわりがありそうですね。
佐藤さん:いちばんこだわったのは、日本旅館の良さとリゾートホテルの良さを取り入れるということでした。靴を履いたまま入館できたり、客室の鍵をオートロックにしたり、当時では珍しいシステムを取り入れました。また12部屋のうち5部屋には展望風呂があるんです。今では増えてきたかもしれないけど、当時はまだなかったんですよ。それから建物をコの字型につくることで、12室それぞれの眺めや趣が異なるようにしたのもこだわりでしょうか。
——どうして客室に展望風呂をつくったんですか?
佐藤さん:高齢のお客様は大浴場まで足を運ぶのも大変ですので、客室でも海を眺めながら入れるお風呂を用意したんです。部屋にあれば介助を受けながらでも入浴できますからね。
——さっきお土産として販売されていた「鱈の親子漬」に「浪花屋食品」という名前が入っていたんですけど……。
佐藤さん:明治32年から、旅館業の傍ら販売していきた製品なんです。メジャーリーグの大谷翔平選手よりも早く二刀流をやってきました(笑)
——ずっと早いですね(笑)。どういった製品なんですか?
佐藤さん:先々代が北海道でスケソウダラと出会って思いついたといわれています。タラの身と卵を原料にした酢漬けで、甘酸っぱくあっさりとして食べやすいのが特徴です。
——ご飯のおかずにも、お酒のおつまみにも使えそうですね。こちら以外でも売っているんですか?
佐藤さん:地元のスーパーや高速道路のサービスエリア、東京銀座のアンテナショップや上野のスーパーマーケットでも販売してもらっています。昔は上越まで汽車に乗って出かけて、行商していたらしいです。あの田中角栄さんも好物だったんですよ(笑)
——それはすごい(笑)。あと気になったのがロビーにある「鯛茶漬け」のモニュメントなんですが……。
佐藤さん:「全国ご当地どんぶり選手権」に「鯛茶漬け」でエントリーして、日本一に輝いたことがあるんです。
——当時はずいぶん話題になって「鯛茶漬け」の名が全国に知れ渡りましたよね。そもそも、どうしてエントリーすることになったんですか?
佐藤さん:平成19年に新潟県中越沖地震が起こって、毎年80万人来ていた海水浴客が16万人まで激減してしまったんです。そこで、なんとか柏崎を盛り上げようと柏崎観光復興協議会で「全国ご当地どんぶり選手権」に「鯛茶漬け」でエントリーすることにしました。昔から柏崎では鯛がよく獲れることもあって、料理の〆に「鯛茶漬け」をご提供していたんですよ。
——そうだったんですね。
佐藤さん:でも、第一回の結果は7位だったんです。そこで「1位を獲るまではやめないぞ」って意地になって、毎年挑戦を続けたんです。柏崎市民も巻き込んで、応援バスツアーも企画しました。その甲斐あって第四回で悲願の1位に輝くことができたんですよ。
——努力が報われましたね。ところでこちらの旅館も中越沖地震の被害を受けたんですか?
佐藤さん:いや〜、大きかったですね〜。海側が20cm沈んで窓ガラスもあちこち割れたんですよ。3棟のうち1棟は2階から3階が使えなくなってしまったので、諦めて解体して平屋建てにしたんです。床の間に飾ってあった貴重な有田焼の壺も倒れて割れたので、それ以来お客様のいない間は下ろしておくようになりましたね(笑)
——大変だったんですね……。
佐藤さん:でも、そのおかげでハングリー精神が身につきました。まだ修繕できていない部分もありますが、お客様に楽しいひとときを過ごしていただくために、時代に合った生業のやり方を進めて、新しいサービスをどんどん提供していきながら、個性を出していければと思っています。
浪花屋 夕凪亭
柏崎市鯨波3-11-6
0257-23-3030