表現を磨き続けて20周年。
ポップスバンド「paradiso」
カルチャー
2026.03.01
1990年代のロック・ポップスをはじめ、ソウル、ジャズ、フュージョンなど、さまざまなジャンルを取り入れて活動を続ける、新潟発のポップスバンド「paradiso(パラディーゾ)」。幾度かのメンバーチェンジを経て、現在は4人のメンバーで活動しています。今回はメンバーを代表して、ボーカル&ギターのアオキゲンキさんとドラムのアオキコウダイさん兄弟にお話を聞いてきました。
左/アオキゲンキ
(paradiso)
1985年三条市生まれ。新潟大学在学中の2005年にソロ弾き語りプロジェクト「paradiso」の活動を開始。2007年からバンド編成となる。作詞、作曲、ボーカル、ギターを担当。大学卒業後は関東を中心に5年間活動。2013年に拠点を三条に移し、バンド活動と塾講師を両立している。趣味はレコード収集で、かなりの枚数を持っている。
右/アオキコウダイ
(paradiso)
1987年三条市生まれ。ヤマハ音楽院LM科Drum専攻卒業。在学中からサポートミュージシャンなど、プロのドラマーとして活動。ゲンキさんと同じく2013年に拠点を三条に移す。バンドの他にドラム講師としての一面も持つ。DJやシンセサイザー演奏も行うゲーム好き。
幼少期から音楽に触れ、
在学中にバンド活動を開始。
――まず、おふたりの音楽遍歴をお聞きしたいと思います。
ゲンキさん:本格的に楽器に触れたのは、小学校6年生のときです。エレキギターを習いはじめました。母親の影響で、当時のヒット曲のほかにも70年代、80年代の音楽もよく聴いていました。あとはゲーム音楽も大好きでした。
コウダイさん:私は9歳からドラムをはじめました。感覚的に演奏できるから楽しくて。初めて観たライブは90年代にブレイクした「CASCADE」のステージ。「俺もこんなふうになりたい」「バンドをやりたい」と感動したこと、よく覚えています。
――「paradiso」のはじまりは2005年。ゲンキさんは就職活動を迎える時期だったのでは?
ゲンキさん:その頃は、関東の専門学校へ進学したコウダイのアパートに泊まってライブをするようになっていました。下北沢の「mona records」というライブハウスに音源を送ったら、すごくいい反応をもらえたんです。自分が好きなミュージシャンが集まる場所で認められたことが、自信になったんですよね。教育学部だったので中学校の教員免許を持っているし、塾講師のバイト経験もあったので、そのときは就職しなくても生活できる準備をしていました。その後のことより「自分が好きな音楽を広めたい」って気持ちが強かったんです。プロのミュージシャンたちがどんな活動をして、どんな生活を送っているのかを知りたくて、上京を決めました。
コウダイさん:関東で活動していた5年間は、大変でしたよ(笑)。僕たちが東京で活動していた頃は、サブスクなんてないですから。しかも、CDはぜんぜん売れない。レーベルに音源を送ったりもしたんですけど、なかなかメジャーデビューには至りませんでした。現実を見せられつつも、なんとか「音楽でやっていく方法」を探していました。
――試行錯誤されていたんですね。
ゲンキさん:メジャーデビューしたい気持ちはもちろんありましたけど、やっぱり「自分たちの音楽を突き詰めたい」という思いが強かったですね。自分たちが納得できることを続けようとしていました。
――約5年間、東京でバンド活動をされていて、印象に残っていることはなんでしょう。
ゲンキさん:自分たちのペースで活動できているな、と思っていた矢先に、東日本大震災が起きました。計画停電などの影響もあって「バンドを続けられるのか」と立ち止まりかけて。あの頃、ようやくネットが進化して、動画共有ができるプラットフォームで生配信ができるようになりました。ライブ活動と並行して、兄弟のトークを配信したり、ミュージシャン仲間にゲストで登場してもらったりするようになって。ライブハウスで一生懸命パフォーマンスした思い出もたくさんあるんですけど、新しい取り組みをしたことも印象深いです。
コウダイさん:当時のよい思い出を挙げるのであれば、レコーディングですね。2010年に発売した『今』というアルバムは、プロのレコーディングエンジニアの方に収録してもらった作品です。「バンドが動き出したぞ」と、大きな進歩を感じました。
ゲンキさん:しかも僕たちが一方的にお願いしたのではなくて、音楽関係者から紹介してもらってCDを作成できたんだよね。僕たちの音楽がどんなものかをわかっている人にお願いできたことが、すごく嬉しかったな。
コウダイさん:一方でよくない思い出は、うまくいかなかった自主企画のイベント。手探り状態で、結局直前まで参加するバンドが決まらなかった(苦笑)。あれは大変だったよね。「やっちまった」ってすごく覚えているんだけど、「どうすればよかったんだ」って考えるきっかけにもなって。翌年の自主企画イベントは大成功。次のステップに進めたと思っています。
ゲンキさん:確か、ものすごい赤字だったような……。でもあの経験は、ちゃんとその後の糧になったよね。

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地元に戻り、
音楽を再構築。
――2013年には、おふたりとも新潟に戻って来られます。
ゲンキさん:ネットがどんどん進化して、東京にいないと発信できない時代はもう少しで終わるかも、という予感がしていました。震災が起きて、家族と離れて暮らすことを心配に思うようにもなって。経済的に苦しい思いをしながら短い期間で音楽活動を終えるよりも、地元で腰を据えて「長くよい音楽を作りたい」と気持ちが変わっていきました。
――そのタイミングでおふたりに何か変化があったのでしょうか。
ゲンキさん:実家を新築するときに防音室を作ったんですよね。そこで自分たちだけでリハーサルも、レコーディング作業もできるようになって。あれは、大きな変化でした。今まではいろいろな人の手を借りなければできなかったことが、ほぼバンド内で完結できるようになったので。
――作詞、作曲についてはどうでしょう?
ゲンキさん:新潟に戻ってきたのは、20代後半です。あの頃、スランプまではいかないんだけど、「これからどういう音楽を作ろうかな」って、迷っていた時期でもありました。若さゆえの悩みみたいなものが音楽作りの動機だったんですが、家族の近くで暮らして、仕事も安定して、気持ちが落ち着いたんでしょうね。今までのような内省的な楽曲作りとは違うスイッチで音楽を作れるようになったと思っています。よりテーマが広がったというか。
――そもそもの質問なんですけど、これまで兄弟で意見が食い違うようなことはなかったんですか?
コウダイさん:いつも兄弟で話し合って、活動を続けてきました。大きく考えが食い違って、「もう別々でやろうよ」となったことはないですね。性格も含めて、いい意味で違うところがあるので、お互いを補いながらできていると思っています。

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変化する時代と
表現のかたち。
――音楽はおふたりにとってどんな存在ですか?
ゲンキさん:学生の頃からバンドを組んでいるので、すごく自然なものですね。当たり前に続けているものなんだけど、「時間があるときにする」程度の優先順位ではないです。僕の場合は、「paradiso」をはじめてからずっと音楽は上位にあります。
――音楽業界もデジタル化が進んだり、さまざまなプラットフォームが登場したりしています。今までの「paradiso」の活動でいちばん変化を感じたことはなんでしょう?
コウダイさん:コロナ禍ですかね。行動が制限されている中で「どう表現するか」すごく考えました。それで、防音室からライブ配信をするようになって。以前から配信していた動画はフリートークが中心で演奏はほとんどしなかったので、だいぶ変化があったと思います。
――演奏以外のスキルも高めていらっしゃいますね。
ゲンキさん:音楽を聴いていると、過去に発売されたCDとリマスターされたCDの音質とかミックスとかの違いがとても興味深く思えて。エンジニアリングへの関心はずっと持っていました。以前と比べてパソコンでいろいろなことが完結できるようになったし、コンパクトな機材も手に入りやすい。表現できることは、まだまだたくさんあります。

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20周年を超えて、
未体験の音楽へ。
――昨年、「paradiso」は20周年を迎えました。
ゲンキさん:幼少の頃から触れてきた、さまざまな音楽が自分たちの基本になっているんですけど、2018年前後、それから新メンバーが加入した 2022年前後に、音楽的なアウトプットの幅がグッと広くなった感覚がありました。大好きなソウルミュージックを含め、これまで研究してきたものが楽曲に反映できるようになったターニングポイントです。
――「バンドを長く続けるぞ」って思いは、強かったんでしょうか?
ゲンキさん:「続けたい」という気持ちはもちろん持っていますけど、いろいろチャレンジしてみたい、という気持ちのほうが強いかも。自分の「ピンときたもの」を20年間表現していると、「自分らしい感じ」がだいぶ固まってきちゃう。でも最近はそこからはみ出して、「自分らしくないかもな」って分野にも手を伸ばしたくなって。新しい扉が開きそうな感じがしているので、これからの音楽活動も前向きに続けられそうです。
――コウダイさんは、この20年をどう振り返りますか?
コウダイさん:あんまり考えたことないかも(笑)。自然のままでいたというか。演奏と同じくらい、メンバー同士でバカ話するのも楽しくて。だからやめることなく、今まで続けてこられたのかな、と思います。僕はドラム以外にもDJをしたり、シンセをいじっていろんな音を出してみたりするのが好きなんです。それををどんどん「paradiso」にも生かしたい、と常に思っているし、今までと同じく好きなことを自由に表現できたらそれで十分。結果的に人気が出る、お客さんが増える、レーベルから声がかかるとなったら「嬉しいね」でいいと思うんですよね。

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