全国一の酒蔵数を誇り「日本酒王国」といわれる新潟。その中でも特に酒蔵数の多い地域が長岡市です。「カネセ商店」はその長岡市にありながら、県外の日本酒も幅広く取り扱うという、ちょっと変わった酒屋さん。長岡駅前では「角打ち+81 カネセ商店」という飲食店まで営業していて、そこではイタリアンと一緒に県内外の様々な日本酒が楽しめるのだそうです。今回は「日本酒ナビゲーター」でもある店長の田中さんに、お店のこだわりや日本酒の魅力についてのお話を聞いてきました。
角打ち+81 カネセ商店
田中 茂徳 Shigenori Tanaka
1989年燕市生まれ。情報ビジネスの専門学校を卒業し、消防士となって9年間勤務。自分の好きな日本酒に関わる仕事にしたいと思うようになり、長岡市にある「久須美酒造」で2年間酒づくりの勉強をして「カネセ商店」に入社。現在は店長として「角打ち+81 カネセ商店」を任されている。スターウォーズシリーズの大ファンで、リアルタイムで観たエピソード1〜3は特に思い入れが強い。
——田中さんはずっと飲食業界で働いてきたんですか?
田中さん:いえ、僕は消防士を10年近くやってきたんです。火災現場はもちろん、交通事故などあらゆる救急現場を体験してきました。ただ、人命救助の仕事に誇りを感じる一方で、人の命に関わり続けることへのストレスからメンタル面で大きなダメージを受けていたんですよね。そこで自分の好きなことを仕事にしたいと思うようになったんです。
——たしかに精神的にハードな仕事ですよね……。それで、どんな仕事に転職しようと思ったんですか?
田中さん:僕はその頃日本酒にハマっていたので、日本酒をメインにした飲食店で働きたいと思ったんです。でも、その前にもっと日本酒のことをしっかり勉強したいと思って、「夏子の酒」という漫画のモチーフになった「久須美酒造」で蔵人の修行を2年間させてもらいました。
——いきなり飲食店に勤めるわけじゃなくて、日本酒そのものの勉強から始めたんですね。蔵人の修行をしてみていかがでしたか?
田中さん:酒づくりの繊細さや感覚的なものを身につけることができましたね。酒づくりって数値だけではどうにもならない部分もあるんですよ。そこは職人の勘や経験が重要なんです。今は、そうした体験談をお客様に話すことでとても喜んでもらえるし、それが説得力にもなっていると思います。
——なるほど。実際に体験したことが大きな武器になったわけですね。こちらの「カネセ商店」に入社したのはどんないきさつからなんですか?
田中さん:地元の居酒屋へ飲みに行ったとき、たまたまカウンターで「カネセ商店」の社員と隣り合わせになったんです。飲んでいるうちに意気投合して、自分が日本酒関係の仕事をやりたいと打ち明けたら「それじゃあ、うちで働いてみたら?」って誘ってもらったんですよ。「カネセ商店」のやっていることと、僕のやりたいことがぴったりマッチしていたので、ぜひこの酒屋で働きたいと思いました。
——「角打ち+81 カネセ商店」を運営しているカネセ商店は日本酒専門の酒屋さんなんですよね。
田中さん:はい。今は4代目が社長をやっています。3代目まではお酒だけじゃなくてお米や食品も取り扱っている「よろず屋」だったようです。30年前からコンビニエンスストアを始めて、まだまわりにコンビニがなかった時代だったので、近所の人たちからとても喜ばれていたそうです。
——それがどうして日本酒専門の酒屋さんになったんですか?
田中さん:4代目の社長も「カネセ商店」で働く前に蔵人として4年間修行してきたんです。そのときの経験で蔵元の苦労をよく知っているから、日本酒を応援したいという気持ちが大きかったんだと思います。
——新潟ではあまり見かけない日本酒も多くないですか?
田中さん:そうなんです。県外の蔵元との付き合いも多いんですよ。蔵元の代表をやっている方の中には社長と同年代の方も多いので、県内外や有名無名を問わずに幅広く付き合うようになったそうです。でも、新潟は「日本酒王国」といわれていますし、その中でも長岡は蔵元が多い地域ですから、その中で県外酒を売っていて異端児のように見られることも多かったんです。
——新しいことを始めると、受け入れてもらえるまで大変ですよね。それでもめげずに売り続けたんですね。
田中さん:県外にも美味しいお酒はたくさんあるのに、それを知らずに「新潟では地酒が一番美味しい」という風潮に流されていると、井の中の蛙になってしまうんじゃないかっていう疑問があったようです。販売当初はまったく売れなかった県外酒ですけど、今では県外酒を探している人が訪れるお店になっています。
——「角打ち+81 カネセ商店」を始めたいきさつを教えてください。
田中さん:とにかく県外の日本酒の美味しさを知ってほしかったので、飲んでもらえる場所を作りたかったんです。長岡市内の飲食店にお願いしてもなかなか取り扱ってくれなかったので、自分たちで飲食店をオープンすることになりました。
——それで酒屋さん自らが経営することになったんですね。ちなみにどんなお酒や料理が楽しめるんですか?
田中さん:県外の日本酒はもちろん、日本酒や蔵元で作っているリキュールをベースにしたカクテルなんかも味わっていただけます。料理は、東京でイタリアンの修行を積んできたシェフが作っています。日本酒というと和食のイメージですけど、イタリアンベースの料理との意外なペアリングをお楽しみいただけると思います。
——田中さんはこのお店の店長として、どんなことを大事にしていきたいと思っていますか?
田中さん:お客様におすすめの日本酒を飲んでいただくことで、驚きや感動を与えられたらいいなって思っています。実は僕自身、そういう感動をした経験から日本酒にハマっちゃったんですよ。
——というと?
田中さん:もともと日本酒が苦手で飲めなかったんです。でもあるとき、県外で作られた日本酒で、めちゃめちゃメロンの味を感じるお酒に出会ったんです。メロン果汁でも入っているんじゃないかと思って店の女将さんに聞いたほど(笑)。日本酒の中にもこんなお酒があるんだって思って、地域によっていろいろな日本酒があることを知ったんですよ。その感動をお客様にも味わってほしいし、このお店はそういう感動を与えられる場所だと思っています。
——地酒しか飲んだことがないと、確かに世界が狭くなってしまうかもしれません。じゃあ、ここで田中さんのおすすめする日本酒を教えてください。
田中さん:僕がおすすめしたいのは、山形の「奥羽自慢」という蔵で作っている「サングロウ」っていう純米大吟醸酒です。このお店で飲んだ「吾有事(わがうじ)」っていう純米吟醸酒にまず感動したんですけど、残念ながらこれが近々販売を終了すると聞かされたんですよ。それで、「こんなに素晴らしい日本酒をこのまま終わらせてはいけない!」と思って、山形の酒屋さんと一緒に純米大吟醸として復活させたのがこの「サングロウ」なんです。「サングロウ」っていうのは「朝焼け」っていう意味で、新しい日本酒の夜明けをイメージしています。「サングロウ」を販売しているのは、うちと山形の酒屋の2軒しかないんです。
——これからのことについてもお聞きします。今後はどんなふうにお店を続けていきたいですか?
田中さん:「若者の日本酒離れ」といわれてますよね。日本酒には少し敷居が高いイメージがあるかもしれません。でももっとカジュアルに楽しんでもらえたらと思っていますし、新潟のお酒しか飲んだことがない方にも、県外のお酒の美味しさを知ってもらえたらうれしいですね。他の地域のお酒を知ることで、新潟のお酒の良さも再発見できたりするんじゃないかと思うんです。
——県外の日本酒って、そんなに新潟のお酒と違うものなんですか?
田中さん:地域によって好まれる味ってあるんですよ。新潟では淡麗辛口が好まれる反面、甘口や酸味のある日本酒が好まれないんですけど、県外には甘さを感じるお酒や酸味がしっかり出ているお酒も多いんです。
——それじゃ日本酒が苦手と思っている人にも試してみてほしいですね。
田中さん:はい、自分にあった日本酒と出会うことで、日本酒が好きになってもらえたり、日本酒の魅力を知ってもらえると思いますので、ぜひ一度おいでいただけたらと思っています。
無垢材と鉄を使って作られたお洒落なテーブルや椅子のインテリアが、まるでダイニングバーのような「角打ち+81 カネセ商店」。とても話し上手な店長の田中さんは、日本酒の話になるとより一層、熱く楽しいお話を聞かせてくれます。「日本酒のことはよくわからないけれどちょっと興味がある」「知らないお酒に出会いたい」そんな方はぜひ訪れてみてください。新しい世界の扉を開きましょう。
角打ち+81 カネセ商店
新潟県長岡市大手通1-4-9 メゾン大手1F
0258-37-3137
17:00-24:00/日曜祝日11:00-21:00
月曜休