普段あまり意識することは少ないですが、私たちの身の回りには「デザイン」があふれています。建物や電化製品、家具といった大きなものから、衣服、チラシ、包装パッケージの類、またあなたがいま見ているこのようなウェブサイトまで、日常生活で目や手にする人工物は、ほぼ誰か手によって何らかのメッセージがこめられた「デザイン」が介在しているといっても言い過ぎではありません。2020年に村上市で開業したばかりの「デザイン&Web のこのこワークス」は、地元の施設や企業、個人から依頼を受け、看板や印刷物、ウェブサイトなどのデザインを手掛けています。元美術教員というデザイナーの野田さんに、仕事にこめる思いや教員を辞めてからデザイナーとして開業するまでの紆余曲折、地方の一都市で独立してデザイン業をやっていくために乗り越えるべき課題など、いろいろとお話を伺ってきました。
デザイン&Web のこのこワークス
野田 佳予子 Kayoko Noda
1984年生まれ。「デザイン&Web のこのこワークス」代表。上越教育大、同大学院で美術を修め、中学校教員、フリーター、地元・村上のデザイン会社勤務を経て2020年に独立。村上市内外の企業や施設、イベント関連のグラフィックデザインやウェブサイトの制作・運用を手掛けている。ぬいぐるみとB’zが大好き。
――本日はよろしくお願いします。「のこのこ」って、やっぱりご自分のお名前から採ったんですか?
野田さん:それもあります。あと、のこのこ歩くペンギンに私が自分を重ね合わせていることもあります。私は陸の上、日常生活はかなり不器用なタイプなんですけど(苦笑)、水の中、クリエイティブな面では縦横無尽にスイスイ泳いでみなさんのお役に立てる、そんなイメージで名付けました。ペンギンはうちのイメージキャラクターでもあります。
――アイコンの自画像もすごく特徴を捉えていると思います。イラストもご自分で描いているんですよね?
野田さん:ありがとうございます(笑)、そうです。イラストは私の強みのひとつかもしれません。もともと何かを描いたり作ったりするのが好きだったのと、小さいころは教師に憧れていたこともあり、教育系の大学と大学院で美術を学んだんです。
――ということは教員免許も?
野田さん:はい、今や持て余していますが幼小中高とひと通り持っています(苦笑)。大学院修了後に実際に三重で中学校の教員になったんですけど、いろいろと考えや事情が変わったこともあって、1年で退職しました。
――そうなんですか。なんでまた?
野田さん:勉強は好きだし、人に教えるのも得意といえば得意なんですけど、やっぱり自分で作ったり考えたりしたいな、と。それに勉強を教えることはともかく、自分のような人間が果たして子どもたちへの指導を担っていいのかという思いもあって。
――なるほど。その後は?…お仕事について聞くべきなのにいきなり半生から聞いてしまってすみません。
野田さん:いいですよ(笑)。退職後は地元の村上に戻ってフリーターになりました。デザインの仕事がしたいという漠然とした気持ちはあったんですけど、それまで学校の外に出たことがなかったこともあり、世間知らずというか、どうすればそういう仕事ができるのか、当時は全然わからなくて。ホテルの給仕や家庭教師など、デザインとは遠いアルバイトをしてました。心のどこかで、「デザイナーを仕事にできるなんて才能のあるひと握りの人だけだ」って思ってたかもしれません。
――アートの素養があるだけに、もどかしかったでしょうね。
野田さん:美術についての専門教育は受けてきましたが、ソフトの使い方など実務の方面はからっきしで。まずはそれを何とかしようと、ハローワークの職業訓練でグラフィックやウェブサイトを制作する実務スキルを半年ほど学びました。とはいえいざ就職となると、中途なので「実務経験者」「即戦力」の壁があって、やっぱりなかなか難しい。それでもめげずに、アルバイトしながら独学でコツコツと実務の腕を磨いていきました。
――それが身を結んだのは?
野田さん:地元の小売店さんにアルバイトで入って、販売サイトの運用をしたことがあったのですが、そのお店の社長がとてもよい方で、地元でデザイナーや印刷業をやっている知り合いの方を紹介してくれて。その方のひとりがちょこちょこ仕事を振ってくれるようになったんです。それでももちろんそれだけで自活できるほどの対価があるわけではないので、相変わらず独学しつつバイトの日々だったんですが、ある日「もうこんな生活やめよう。ダメでもいいからフリーランスで開業しよう」と決心したんです。すると、ちょうどそのタイミングで、その仕事を振ってくれていた方が「ウチに来ていっしょにやらないか」と声をかけてくれたんです。いわゆる一人親方のデザイン会社で、すぐに入りました。30を過ぎて、ようやくスタートラインに立てたような感じでしたね。
――その職場ではどんなことを学びましたか?
野田さん:残業も多く仕事は大変でしたが、四六時中デザインのことだけを考えていられるのでそれまでに比べれば断然幸せでした(笑)。私は割と完璧主義なところがあって、譲れないクオリティのラインが明確にあるのですが、次々と案件が来る中でそれを保つためには仕事のスピードを上げるしかありません。「それくらいにしといたら」ともよく言われましたけど、お客さんがせっかくお金を払って頼んでくれるのだから、私のできる最大限、効果の高いものを提供したいんです。この会社には3年半ほどお世話になりましたが、結果的にかなり鍛えられました。
――では、ようやく現在のお仕事についての話を(笑)。のこのこワークスさんの特徴を教えてください。
野田さん:先ほども少し述べましたが、お客様の熱量に全力で応えるのがモットーです。デザインを通してお客様の魅力をより広く伝えるのが私の役割なので、その魅力を知って、ベストのかたちで表現するために、お客様のことについてはめちゃくちゃ調べますし、もちろん現場にも何度もおじゃまします。そういう意味で、デザインすることは愛することだと思っています。
――……名言きました。
野田さん:(笑)。デザインって料理にも似ていて、間に合わせのもので十分な人もいれば、せっかくだからよいものを採り入れたい人もいます。私としては後者のデザインを提供できる、質のよいレストランのようなデザイナーでありたいと思っています。先ほどの繰り返しになりますが、わざわざお金を払ってデザインを依頼するからには、お客さんをもっと増やしたいとか、自社のことをもっと知ってほしいとか、明確な目的があるはずです。その目的に叶うよう、一つ一つの仕事に全力を尽くします。
――意地悪な質問ですいませんが、決してお客さんが多いとは言えない地方のマーケットで、デザインという仕事を続けていける勝算はあるのでしょうか。
野田さん:確かにこういう仕事の重要性が広く理解されているとはまだいえず、安くない対価を払ってまで作ってほしいと考える会社や個人は決して多くないのが現状かもしれません。デザインって実体のあるものではないですし。ただ、だからこそ逆に、潜在的な需要は少なくないと思います。ウェブにせよ印刷物にせよ、まずはどうすれば最も目的とする効果を得られるのかいっしょに考えることから始めさせてもらえればと思います。この仕事の重要性に気づいてもらうには、一にも二にも先ずは良い仕事をして結果を出すことです。独立したばかりだからといって、PRのために自分の仕事を安売りするつもりはなく、むしろあえて他の同業者さんができない、やりたがらないような面倒なことをやったりすることで差別化を図っていきたいと思っています。
――それは例えば?
野田さん:文章やコピーのライティングには需要があると見込んで、力を入れています。以前の職場では文章はお客様に用意してもらうのがもっぱらでしたが、困った顔をされる方が多く、私がかわりに書いたり、コピーを盛り込んだりして訴求力を高めていました。文字情報もデザインの重要な要素のひとつです。文章はもともと私の強みで、国語の教員免許も持ってますし。
――なるほど。後でこの記事が読まれるとなるとちょっと緊張します(笑)。最後に、今後の目標を教えてください。
野田さん:収入面では、今はまだ他の仕事と掛け持ちの状態なのですが、この仕事一本で食べていけるようになるのが当面の目標です。あとひと息なんですよ。仕事の面では、自分のデザインを通じてお客様の魅力が広く伝わることで、お客様はもとより、地域の方々にも喜んでもらえるようになれば。そのために、引き続き目の前の仕事に全力を挙げつつ、腕を磨いていきます。
デザイン&Web のこのこワークス
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