オリジナルZINEが活動の原動力。
移動本屋「いと本」
カルチャー
2025.12.14
新潟県内外のイベントへ出向き、本を販売する「移動本屋いと本(いとぽん)」。店主のいとぽんさんは、古本市への参加をきっかけに本屋になることを目指し、新発田での店舗営業を経て、現在のスタイルにたどり着きました。一期一会を大切にしてきた10年以上の歩みを聞いてきました。
店主・いとぽん
(いと本)
1987年新潟県生まれ。東京の大学を卒業後、県内企業へ就職。古本市への参加をきっかけに書店開業を目指し、2012年から2年間新発田市の商店街で「古本いと本」、2015年からは「移動本屋いと本」を営む。ワニワニパニックをこよなく愛し、全国から情報を集めるため、ZINE「ワニを探しに行く」を制作。ご主人は長岡市与板で一軒貸しの古民家宿「NEMARU」を運営している。
本屋への一歩は古本市。
新発田の商店街で店舗を構える。
――いとぽんさんには、本屋を目指すきっかけとなった古本市があるそうですね。
いとぽんさん:以前、段ボールひと箱分の本を持ち寄って、誰でも自由に販売できる「一箱古本市」というイベントに参加しました。そこで、広島から来た出版業界のベテランのおじさまや、内野の本屋さんとの、思いがけない出会いがたくさんあって。後日、実際に内野の本屋さんを訪ねてみたらとっても素敵だったんです。それで「私もこんな本屋さんをやりたい」と思いました。
――本がお好きなんですね。
いとぽんさん:図書館が好きで司書の資格を持っています。でも当時は会社員だったんです。けっこうハードに働いていたので、「休みの日は好きなことをしたい」と「一箱古本市」に参加しました。
――そして実際に書店をオープンしちゃうんだから、お見事です。
いとぽんさん:本屋営業を学びたくて、内野の本屋さんでお手伝いをさせてもらっていました。でも、その先のことはまったく決まっていなくって。それでも「本屋をはじめたい」と口にしていたのがよかったのか、新発田市の商店街でカフェを開くという人から「本屋をやりたがっていると聞いたんだけど、一緒にどう?」と声をかけてもらえたんです。
――新発田市では「古本いと本」という店名で営業をされていました。
いとぽんさん:本屋の仕組み、商いの仕方、まったくわかっていなかったので、正直あまり売れ行きはよくなかったです。それより、人と話すことの楽しさに気づいたんですよね。地元の中学生の悩みとか、おじいちゃんおばあちゃんの世間話とか、たくさん聞かせてもらいました。「こういう関わりが好きで本屋をはじめようと思ったんだな」と改めて感じることができて。店舗営業は2年間だけでしたけど、その間にいろいろな人と出会いました。いまだに気にかけてくれる人もいて、ほんと、ありがたいです。
――当時は、どんな本をセレクトしていたんですか?
いとぽんさん:私、ビジネス書も好きなんですよね。そんな好みが垣間見えるようなラインナップでした。夢を応援するものとか、自己啓発的な本とか。絵本、エッセイ、詩集も置いていましたけど、全体としては「夢を後押ししたい」みたいな感じで、ちょっと暑苦しい選書だったかもしれないです(笑)。当時の写真を見返すと、恥ずかしくなっちゃいます。

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「書店で待つ」から、
「出向いた先で本を届ける」にシフト。
――2年間の店舗営業を終えてから、移動本屋にシフトされました。
いとぽんさん:おそらく生き残っている書店のほとんどは、ネット販売を上手に活用しているお店だと思います。でも当時はそういう戦略もあまり考えていなかったですし、そもそも数字への意識が足りなかったんですね。「店頭でお客さまを待っているだけじゃダメだ」と「古本いと本」時代に思い知りました。一方でその頃から、出店していたイベントでは順調に本が売れるんです。もしかして、本を求めている人がいる場所に自分が出向く方がいいのかも、という予感がして。今の私には、自分の生活を維持できるくらいの「人を呼ぶ引力」はきっとない、もう店舗営業はやめようと思いました。
――でも移動本屋って、あまり馴染みがないような気もするんですが。
いとぽんさん:「移動本屋にしよう」と思ったのには、本を販売しながら全国を旅している「放浪書房」さんの存在も影響しています。そのお店が新潟に出店したとき、「なんだこの面白い本屋は!」って、とても衝撃を受けました。偶然目の前を通っただけの人でも、本を買いたくなっちゃう工夫がたくさん施されていて。とにかくみんなが楽しそうだったんですよね。あの姿は私の理想です。
――店舗営業と移動本屋、どんな違いがあると感じました?
いとぽんさん:イベントには本好きな人が集まるので、そもそもの熱量が違います。古本市はそれほど頻繁に開催されるものではないので、そこに足を運ばれる人は、「会場にはどんな本があるだろうか」と、とても楽しみにしています。店主とお客さんは、きっともう会うことのない一期一会なんです。私はたくさんのお店の中から「いと本」に立ち寄ってくれた人とできるだけお話ししたくって、本の売り買いだけで終わらないように、その場のやり取りを意識するようになりました。
――選ぶ本にも変化がありました?
いとぽんさん:絶版本とかリユースショップでも買えない珍しい本を織り交ぜて持っていくようにしていました。目の肥えた人でも「何これ?」と喜んでくれます。
――そういう玄人さんがたくさん集まるイベントとなると、出店する側の独自性も必要じゃないかなと思うんです。「いとぽん」さんはどんな工夫をしているんですか?
いとぽんさん:私の場合、いちばん力になってくれるアイテムは商品よりも紙のチラシなんですよ。移動本屋をはじめた当初は、毎月個人的なトピックスや出店情報を書いたフリーペーパーを用意していました。購入者さんでなくても持ち帰ってもらえるもの、ぱっと目に留まるものを用意しようと思ったんです。

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立ち止まって気づく、
移動本屋としての喜び。
――「移動本屋」をもう10年以上続けていらっしゃいます。その間に変わったことなど、ありますか?
いとぽんさん:飽きちゃった時期はありましたね(笑)。移動本屋自体がマンネリ化したというか、運営の型が決まって「なんだか会社員みたいだな」と感じてきて。そんなときにコロナ禍の影響で、強制的に「いと本」の出番がなくなりました。それで感じたのは「移動本屋をしていないと、私、おしゃべりしないな。やっぱり本好き同士のお喋りが好きなんだ」でした。
――なるほど、そういう気づきのタイミングがあったんですね。
いとぽんさん:コロナ禍の間になにか新しいものを見つけようと、装丁が素敵な本を海外から輸入して、店頭に並べることにしました。「まだ知られていない本をお客さんの前に並べられる」「まだこんな本もあるんですよ」と紹介できるワクワク感がとても心地良いです。それと少し前に友人と一緒に「蔵ぽん」、そして自分のオリジナル「ワニを探しに行く」というZINEを制作できたことも大きな原動力になっています。「どこでも買えるものじゃないものが完成した」って、やる気が一気に湧いてきます。


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「いと本」を突き動かす、
ワニへの情熱。
――今後はどんな活動を目指していますか?
いとぽんさん:えぇっとですね、私「ワニワニパニック」にとてつもない情熱を持っているんです。現時点で、日本でいちばん私がワニワニパニックを好きだろうと思っているくらい(笑)。2時間くらい余裕で語れます。
――ワニワニパニック……、昔からゲームセンターにあるアレですよね。
いとぽんさん:はい(笑)。寂しいことにゲーセンからなくなりつつあるので、在処を把握しておきたくて。それで、ZINE「ワニを探しに行く」を制作したんです。ネタはまだまだありますので、続編も書けます。継続してワニ探しをするのが、今のいちばんのモチベーションです。
――あははは(笑)。その熱量、あっぱれです。
いとぽんさん:ネット検索しても、情報がほとんど出てこないんですよ。それで「自分で調べるしかない」とZINEを制作したら、読者さんからタレコミ情報がいっぱい届きました。
――なんと、すごい反応。
いとぽんさん:スマホゲームやガチャが流行っていますけど、ワニワニパニックみたいな体験型のゲームもちゃんと残ってほしいと思っています。皆さんもぜひプレイして、ワニワニパニックの存続に力を貸してください(笑)

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