芸術に関わりたい人を支える、
加茂市の「アトリエ現場」
カルチャー
2025.12.17
加茂市の商店街の一角にある「アトリエ現場」。ここではアート作品の制作が行われるだけではなく、絵画教室やフリースクールも開かれています。この場所をつくった長澤さんは、東京や京都で演劇に携わってきた中で、「文化芸術の拠点になる場所を新潟にも」と感じたのだとか。その思いに至ったきっかけや、アトリエのことなど、いろいろお話を聞いてきました。
長澤 慶太
Keita Nagasawa(アトリエ現場)
1988年新潟市出身。高校卒業後、京都の劇場で事務や企画など制作の仕事に携わる。芸術大学の職員としても働き、雑誌の企画や編集、研究の補助も行う。その傍ら演出家の補佐としても活動するなど、長く芸術活動に関わる。新潟に戻り、2023年に「アトリエ現場」を立ち上げる。アトリエにいる時間は、本を読むことが多いそう。
本が好きで、演劇が好き。
長く演劇に関わってきた、これまで。
――長澤さんは高校卒業後、県外にお住まいだったんですね。どんなことをされていたのか、教えてください。
長澤さん:高校卒業後、1年間かけてお金を貯めてから東京に行きました。古本屋がたくさんある神保町に住みたかったんです。フリーターをしながら、好きな本を読むという生活をしていたんですが、ちょうどそのとき東日本大震災があって。「大人としてぶらぶらしてたらダメだ」と思い直し、劇場が運営している養成所のようなところに通いはじめたんです。
――それには、どんな理由が?
長澤さん:以前からNHKの番組で演劇作品をよく見ていたのもあって、演劇はすごく好きだったんです。本でシェイクスピアやベケットの作品も読んでいました。どんなかたちであれ、とりあえず演劇に関わろうと思って養成所のようなところに行ったんです。すぐにやめちゃったんですけどね。
――その後、京都でお仕事をはじめられたんですね。
長澤さん:京都にある「アトリエ劇研」という、 長い歴史のあった民間の劇場で働きはじめました。ここでは制作の仕事をしていました。公演の企画を立てたり、広報物をつくったり、スケジュールを作成したり……っていう、大まかにいうと事務的な裏方の仕事ですね。
――京都では、芸術大学の職員としても働かれていたことがあるんだとか。
長澤さん:京都芸術大学の「舞台芸術研究センター」で、研究の補助をしていました。ここでは演劇の研究に関わる事業の企画とか、雑誌の企画や編集、原稿作成とかをしていました。京都にいる間は、演出家である村川拓也さんの演出補佐など、作品の創作の現場に携わることも多かったですね。今でも年に数回は、京都での仕事に関わったりしています。
――そもそもですが……、どうして京都に行ったのでしょうか?
長澤さん:京都はもともと劇場文化が盛んな場所なので、演劇に関わるには良い街だと思ったんです。京都にいたときは、年間で100作品くらい鑑賞した年もありました。もちろん府外の作品も含めての数ですけど、そのくらいの量を観ることができるくらい、劇場で演劇が上演される機会は多かったです。
――それだけ、作品をつくる人と劇場が多いんですね。
長澤さん:演劇の公演って、どうしても東京や横浜、京都などの都市部に集中しやすくて。京都でつくった作品を、東京で再び上演するという機会は少なくないのですが、それ以外の地域でとなると、けっこう選択肢は限られます。ただ、そういう選択肢が日本の中でもう少し増えたら豊かだろうと考えていて、すぐには難しいですが、いつかそんな場所がつくりたいと思ったんです。


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新潟で、作品をつくる環境を。
大切にしているのは、公共性。
――新潟に戻ってつくったのは、劇場ではなくアトリエなんですね。
長澤さん:作品を見てもらう場所の前に、まずは作品をつくる人が集まる環境が大事だと思ったんです。文化芸術に関わる中で、いちばん楽しい瞬間は、作品をつくっている途中だとも思います。その瞬間に関わりたいとも思ったし、作品づくりのことをじっくり考えることのできる場所は大事だろうと思って、まずはアトリエを構えました。
――そんな「アトリエ現場」を拠点に活動しているのが、はらななかさんです。
長澤さん:はらさんは、専門的な芸術の高等教育を受けていないのですが、もともとすごく絵が描ける人でした。でも新潟には作品の発表の場が少なく、さらに彼女は統合失調症と診断されていて自分で発表の機会をつくることも難しいんです。彼女の活動を手助けするようなことを、このアトリエでして、今年は新潟と京都で巡回展をしました。来年も京都で個展を開く予定です。
──こちらでは、絵画教室やフリースクールもされているんですね。
長澤さん:はらさんは以前、適応指導教室の先生に、かなり熱心に絵画のことを教わったことがあるんです。画材の使い方も丁寧に教わったので、ここでは絵画教室の先生をしてもらってます。ここの絵画教室は、美大受験のために通う教室とは違って、絵を描くことを楽しむための教室です。あとは、学校の代わりに勉強できる場所として、フリースクールもやっています。
――実際、どんな人がここに来ているんでしょう。
長澤さん:今は学校に行きづらい子、あとは作品をつくっている若い人が多いですが、どんな人でも使ってほしいって思うんです。ニューヨーク公共図書館ってご存知ですか? 本を読めるだけではなく、音楽が聞けるホールがあったり、ホームレスの方が、面接を受けるためのスーツやネクタイを貸し出したりしています。そこまでのことはできませんが、どんな人でも分け隔てなく利用してもらえる、という意味での公共性のある場所にしていきたいんです。
――なるほど。そういえば、こちらでは本も販売されていると聞きました。
長澤さん:アトリエやフリースクールだけでは、ここに来るハードルが高いかなと思って、私の本を販売しています。本を売っていたら、ここに来てくれる人も増えて、地元の大学生がふらっと来てくれたり、近所の方が本を持ってきてくれたりするようになりました。


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新潟で文化芸術に関わりたい人が、
その才能を活かせるように。
――いろんな顔を持っている「アトリエ現場」ですが、もし、この場所をひとことで表すとしたら?
長澤さん:良い意味で、結果を出さなくていい場所、だと思っています。アトリエで創作をしていても、フリースクールで勉強していても、上手くいってる時間よりも失敗している時間の方が長いんです。失敗ができる余裕、というか、無理して成果を出そうとしないで、悩んでいてもいい場所なんじゃないかな、と思います。
――芸術って、そういう環境が必要なんだと、しみじみ感じます。
長澤さん:環境はいろいろな意味で大事ですね。新潟には総合的な芸術大学がありませんが、芸術大学があると、プロデューサーや作家みたいな、第一線で活動する人が先生として大学に集まります。そこに芸術を学びたい若い人も集まってくると、若い人が気軽に作品を発表したり、経験を積んだりできる小規模な場所とかが、なんとなく活気づいてきます。逆に芸術大学がないと、専門の人も集まらないし、若い人の活気も生まれづらいと思います。
――大学のあるなしが、そこまで大きく関わっているんですね。
長澤さん:もちろん、いろいろな要因はありますが、芸術に関わる若い人が集まれば、そういう人が活動するための小さな場所も活気づきます。そこでの経験を踏まえて、少しずつ発表の規模を大きくしていく人が数年後に現れたりすると、さらに活気が生まれます。逆に、ただ大きい場所だけがあっても、若い人は使いづらいし、使うためのノウハウや経験を積むための場所もない。そんな意味で新潟には、文化芸術を続けるにあたっての、環境的な課題が少なくないと感じています。
――その環境を変えるためには、いろんな人が動いていく必要がありそうです。
長澤さん:新潟で芸術を仕事として続けることは、すごく難しいと思っています。今のままであれば、文化や芸術を仕事にしたい人は新潟から離れたほうがよいとすら思います。ただ、はらさんのように新潟から離れられない事情を抱えている人がいるのも事実で。そんな人たちが健康的に作品をつくって、観てもらえる環境をつくろうとしている最中です。
――健康的に、というと?
長澤さん:やりたくないことはしない、安売りしない、内輪にこもらず社会に開いていく、などです。はらさんは、絵の具と水と紙の関係だけを心から楽しむことができるし、自分が描きたいものに対して、愛着を持って関わることができるという、作品をつくる人の才能を持っています。その才能が国内外で評価されるために、私は今仕事をしています。
――はらさんの個展が来年の1月から開催されますね。
長澤さん:なんと、元旦から個展を開く予定です(笑)。初詣の帰りにでも立ち寄ってもらえたら嬉しいですね。こんな感じで、新潟で文化芸術に関われる選択肢を増やしていければいいかな、と思います。今、新潟で関わりたいけど、どこか違和感やモヤモヤしている人がいたら、ここに来てもらえたら嬉しいですね。


はらななか作品展『動物画集』
2026年1月1日(祝)〜2月15日(日)
上記会期中の金・日・祝
アトリエ利用のない平日(適宜変動)
月曜〜金曜 16:00-19:00
日曜・祝日 11:00-18:00
土曜 個展のみ閉館
※週によって変動あり・詳細はWEB掲載のカレンダーにて
※1月1日〜1月4日のみ 12:00-17:00
会場:アトリエ現場
料金:無料(予約不要)
アトリエ現場
新潟県加茂市駅前4-14 1F
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