あの頃、街にあった喫茶店を再び。
「喫茶ニュー古町」

カフェ

2026.01.02

text by Etsuko Saito

東堀通9番町の「喫茶ニュー古町」。かつてラウンジだったというこちらの店舗は、エントランスからもフロアからも、エレガントな雰囲気が漂っています。お店のオーナーは、古町で40年近く飲食店を経営し、バブル、リーマンショック、コロナ禍、そのすべてを経験した久保さん。かつての古町の様子やこの喫茶店営業をはじめた理由など、いろいろとお話を聞いてきました。

Interview

久保 均

Hitoshi Kubo(喫茶ニュー古町)

1955年加茂市生まれ。父親が社長を務める製造メーカーで働く。1986年に副業で飲食業をはじめる。1992年に会社を辞め、本格的に飲食業の道へ進む。2025年に「喫茶ニュー古町」をオープン。

幼少期の記憶に残る、
飲食店の空気。

――久保さんは約40年、古町で飲食業に関わっていらしたそうですね。でも20代の頃は、お父さんの会社にお勤めだったとか。

久保さん:家電メーカーの下請け工場を父が経営していましたので、20歳のときから私もそこで働いていました。でも1986年、31歳のときに二足のわらじというかたちで古町で飲食店をはじめたんです。母方が、加茂市で大きなレストランを経営していて。どうやら私は、そちらの気質が強かったみたいですね。父親の会社にいながら「自分には向いていないかもな」と、つくづく思ったものです。

 

――久保さんは、会社を継ぐ立場でもあったんですね。

久保さん:病床の父から「下請けなんていくらでもあるんだから、困ったら会社を畳んでしまえ」と言われました。でも父が亡くなったあとに、会社がある部品の特許を取って大儲けして。それで浮かれて、31歳のときに新潟市に店を出し、その6年後に会社を辞めて飲食一筋になったんです。

 

――若いときに、大きなご決断をされたんですね。

久保さん:やっぱり母方の血が強いんですよ(笑)。「三つ子の魂百まで」とはよく言ったもので、小さい頃の思い出が強烈に残っているんですね。学校の帰り道、ちょうどお袋の実家を通るんですよ。昼間はサーモスタットと冷蔵庫のほんのわずかな音しか聞こえてこないのに、夜になったらどんちゃん騒ぎがはじまるわけです。子ども心に、その賑やかさが忘れられませんでした。

 

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絶頂期の古町!
あの頃のプレイバック。

――古町ではどんなお店をされていたんですか?

久保さん:パブ、クラブ、ラウンジなど20軒近くのお店を経営していました。もう業界の裏、いや裏の裏まで知っています(笑)。1986年に古町に出てきて、1990年にバブル崩壊ですからね。取引先に呼ばれて、「久保さんが古町で商売をしているのは知っています。でもこれからは非常に厳しくなるだろうから、加茂の会社と飲食業、どちらかを選択してはどうですか」と言われて。大きな会社さんからのご相談ですから、「店を選びます」とは言えず、古町の商売を整理して会社に戻ったときもありました。

 

――だけれども、1992年にいよいよ本格的に飲食の道へ進まれます。

久保さん:小さな店を1店舗残していたのがよくなかったですね(笑)。やっぱり、古町に帰ってきちゃった。

 

――その頃の古町は、さぞかし賑やかだったんだろうなと想像します。

久保さん:ラインタワー新潟、ビックナイトビル、Knotビル、EXCELビル、今ある大きい建物は何ひとつありませんでした。代わりに八百屋さん、化粧品やさん、文房具屋さんと、いわゆる商店が多かったんですね。でもバブルですから、皆さんビルに鞍替えしてね。だいたいの飲食店ビルが、あの10年の間にできたんじゃないかと思いますよ。あれよあれよ、という間に街の姿が変わりました。

 

――なんだか日本の話じゃないみたいです。

久保さん:私が最初にはじめたパブはそれほど大きな店じゃなくて、20坪弱くらいだったんですけど、入店待ちのお客さんで行列が絶えないときもありました。今は古町に山ほどお店がありますけど、当時は他に行く店がなかったんですよ。バブルが崩壊してからも、そういう雰囲気はしばらく続いていたと思いますよ。

 

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どこか懐かしい。
それが、新しい。

――今年になって「喫茶ニュー古町」をオープンされたのは、どうしてですか?

久保さん:この場所で28年、なんとか踏ん張ってきました。以前はラウンジで、スタッフが10名ちょっといたんですね。それがコロナ禍で、営業ができたりできなかったりとなって。その間も残ってくれたスタッフがたくさんいたので、落ち着いてから「よし、頑張ろう」と営業を再開しました。すると、人の流れが大きく変わっていたんです。古町はサラリーマンの社交場だったのに、そうした皆さんの足がぱったりと遠のいてしまいました。

 

――なんとなく「外に出なくてもいいじゃない」という雰囲気になっているのは、私も感じています。

久保さん:それで去年の年末にラウンジを閉めて、「さて、どうしようか」と考えていたんです。そしたら、知人が「久保さん、そういえば喫茶店をやりたいって言っていましたよね。コックさんの知り合いがいるので、紹介しますよ」と言ってくれて。彼女のおかげで、喫茶店をはじめることができました。まさに引き合わせの神ですね(笑)

 

――モデルにした喫茶店があるそうですね。

久保さん:この商売をはじめる前、古町でとことん飲みました。会社の売上がいいから、湯水のように(笑)。その当時、東堀前通10番町に「リーフガーデン」という喫茶店があって、昼前から朝方まで営業していたんですよ。私たちのような飲みに出た人間も、そうでない人も、待ち合わせや腹ごしらえ、ちょっとした暇つぶしにと、なんだかんだで「リーフガーデン」を利用していたんですね。私は1日、5回も6回も寄っていましたから(笑)。お昼はお弁当、夜は海老フライやハンバーグのワンプレートがあって、窓からは東堀の向こうの方まで見渡せて。古町で働く人間にとっては必要不可欠な、とても素晴らしい喫茶店でした。

 

――「喫茶ニュー古町」のお食事メニューが充実している理由がわかった気がします。

久保さん:実は私、数年前に大病をして、なおさら古町に出る機会が減りました。頭の中には、5年前の記憶だけが残っていたんです。古町の夜のお店で働いている皆さんは、お店の営業が終わってから、飲み直したり食事したりするから、「リーフガーデン」みたいな喫茶店がちょうどいいんじゃないかな、と思ったんですよ。そしたら知り合いが「久保社長、今、アフターしている人なんてほとんどいませんよ」って。ほんとうに、その言葉の通りでした(苦笑)

 

――じゃあ、オープンされてからというのは。

久保さん:知り合いが一生懸命来てくれたりもしましたけど、7月にオープンしてからの3ヶ月は寂しかったですよ(苦笑)。それが10月から、どういうわけか嘘みたいにお客さんがやって来て。地方のメディアに取り上げてもらったからですかね。おかげさまで、徐々にお客さんが来てくれるようになったんですが、私が当初予想していたクラブ、スナック、バーにお勤めの方は、ほんのわずかです。私、長く古町にいるからわかるんですけどね、「きっと古町で飲み歩いてはいないだろうな」と思われる若い方、アベック、そういう皆さんがたくさん来てくださいます。この前は、学生さんが「発表会のために、お店を使わせてほしい」といらっしゃって。古い店なのにどうして、と不思議に思っていたら、学生さんは「私たちにとって、こういうお店が新しいんです」だって。照明から壁、絨毯、パーテーション、玄関、そうとうこだわって28年間大切にしてきた場所だから、喜んでもらえて嬉しいですよ。

 

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人が好きだから、縁がつながる。
古町とともに生きた経営者。

――久保さんが思う、古町の魅力はなんでしょう?

久保さん:アーケードがあるところ。雨風、雪をしのいで生活する新潟には、なくてはならないものだと思いますよ。

 

――この先は、どんな展開を考えていらっしゃいますか?

久保さん:上昇志向はあまりないですね。現状に満足できれば、それで十分。私は、人間が好きなもので。誰かとめぐり会って、お互いの感性が合えば、さらに人間関係が広がっていく。そうして商売を続けてきたので、お金を儲けようだとか、会社を広げようとかいう考えはないんです。稼いだお金は、ぜんぶ古町に使っちゃったしね(笑)。この仕事は業界問わずいろいろな人と縁を広げていけます。それが楽しくて、また明日につながる、という感じですね。

 

――言葉に重みがあります。

久保さん:そうだ、来年は「新潟ジャズストリート」の会場として使ってもらう予定でいます。昔は古町にたくさん喫茶店があったのに、どんどん少なくなってしまって。演奏したい人はたくさんいらっしゃると聞いているので、ぜひ会場として使っていただこうと思っています。私も昔バンドをやっていて、音楽はずっと大好きですから。

 

喫茶ニュー古町

新潟市中央区東堀通9番町1407-17

月~木 18:00~2:00(L.O. 1:30)

金・土 18:00~3:00(L.O. 2:30)

日曜・祝日定休

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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