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「部屋と人。#204 駒形宏伸」

部屋とは、そこで暮らす人の暮らしぶりや趣味嗜好、人柄までもが現れる唯一無二の場所。似ている部屋はあっても、おそらくこの世に全く同じ部屋はひとつも存在しません。「この人ってどんな人なんだろう、どんなものが好きなんだろう」。その答えがきっと部屋にはあります。シリーズ『部屋と人。』では、私たちと同じ新潟に暮らす人たちの、こだわりの詰まった「自分の部屋」をご紹介します。

 

第10回は、「こまがた農園」の代表を務めている、駒形宏伸さんです。南魚沼で240年以上の歴史を持つ農家の10代目であり、お米のコンテストで日本一に輝いたことのある駒形さん。過去にDJの世界大会で優勝したこともあるという異色の経歴を持っています。そこで今回は自宅にあるDJ部屋と、昨年できたばかりの事務所へお邪魔して、それぞれの空間にどんなこだわりが詰まっているのかを聞いてきました。

 

 

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu

 

――まずは異色の経歴を持つ駒形さんの、DJとしてのキャリアを簡単に教えてください。

「大学生の頃にDJ CO-MAとして活動をはじめて、国内外問わずいろんな大会やイベントに参加してきました。とくにDJの世界一を決める大会『DMC WORLD DJ CHAMPIONSHIPS 2006』で優勝してからは、自分にスポンサーが付いたり、それまで以上にいろんな仕事をさせてもらったりしました」

 

――「こまがた農園」さんは、先祖代々続く大きな農家だと聞きました。DJとの両立ってすごく大変だったんじゃないですか?

「昔から家の手伝いはしていたんですけど、当時は『農家なんて絶対に継がない。俺は音楽でやっていく』といって、時間の大半をDJに割いていました(笑)。でもあるとき、自分のなかの熱が冷めはじめていることに気がつく瞬間があったんです。2011年の大会を最後に農業へシフトしてからは、知り合いの企業さんや市から依頼された作曲をすることが増えましたね。いまでも毎日30分以上はDJプレーの練習をするようにしていて、日程が合うときはイベントに参加することもありますよ」

 

――いまはどんな部屋で作業を行っているんですか?

「いまは4畳の大きさの部屋で制作を行っています。以前は8畳ほどあったんですが、リノベーションをするタイミングで妻から『もうやらないんだから最低限にしなさい』といわれてしまいまして(笑)。先輩が経営している『米山工務店』さんに改装をお願いして、ひとり作業に特化した無駄のない部屋を作ってもらいました」

 

 

――DJ部屋って、防音にしたり壁を厚くしたり、いろいろ工夫する必要がありそうですよね。この部屋の壁はどんな作りになっているんですか?

「この部屋は防音よりも吸音を重視した部屋作りになっています。制作を行う場合は、音の輪郭を感じ取りやすい吸音の方が全体的なバランスや構成を考えやすいんですよ」

 

――機材のあるデスクやレコード棚にも、なにかこだわりはあったりしますか?

「限られたスペースのなかでも機材が収められるように机は収納式にしてもらいました。引き出しにはキーボードが入っていて、必要なときに取り出せるようになっているんです。レコード棚には『自分の選抜』だけを置くようにしていて、区画ごとに、DJをはじめた頃に買ったモノ、憧れの人からもらったモノ、いまいちばん気に入っているモノというふうに分けてありますね」

 

 

――ちなみに、いま特に気に入っているレコードってどれですか?

「1枚目はmabanuaというアーティストの『Only the Facts』です。『Ovall』というバンドで活動していたときからのファンなんですけど、このソロアルバムはいつ聴いてもカッコ良いですね。高かったので買うかどうかも悩んだんですけど、欲しいと思ったものはやっぱり手元に置きたくなっちゃいますね」

 

 

「2枚目はTajima Halの『Isolated Planet』ですね。これは手術したときのリハビリ期間に、散歩に合う曲を探していたときに知ったアルバムです。ジャケットのアートワークに惹かれて聴いてみたんですが、内容もすごく良いんですよ。でも国内では取り扱いがなかったみたいで、海外から直接取り寄せました」

 

 

――駒形さんが考える、レコードならではの良さってどんなところでしょうか。

「アナログ特有の温かさがありますよね。大会に出ていた頃にも手軽なセラートとか、PCDJとかが流行っていた時期があったんです。たしかに便利だし音も良いんですけど、慣れてしまうと、みんな曲をちゃんと聴かなくなっていくんですよ。僕はレコードを流すときのひと手間と、針を乗せた瞬間の『ジュ』という音は不可欠だと思っていますね」

 

――ズバリ、駒形さんにとってこの部屋はどんな場所ですか?

「う~ん(笑)。言葉にするのが難しいですけど、『NO MUSIC NO LIFE』を具現化した部屋ですかね。いまでも定期的にレコードを買うようにしているんですが、この歳になって『昔は苦手だったけど、いまはずっと聴いていられるな』という曲がたくさん見つかるんですよ。この部屋があるからこそ、自分をアップデートしつづけられていると思います。この先もずっと、ターンテーブルとレコードだけは側に置いておきたいですね」

 

――では次に、「こまがた農園」さんの事務所について紹介をお願いします。2023年に建てたばかりということですが、どんなこだわりが詰まっているんですか?

「うちは『超絶サスティナブル農家』を目指した農業を行っているので、そのコンセプトに合うような事務所を建てました。外壁は地場産の越後杉を使っていて、内装はすべて天然素材で作られています」

 

 

――見たところ、家具にもかなりこだわりがありそうですね。

「事務所にある照明は全部ルイスポールセンにしました。中央にあるものはとくにお気に入りで、デッドストックの限定カラーなんです。椅子はフリッツハンセンのセブンチェアを選びました。工務店の先輩には『事務所の家具にまでお金をかけなくても良いんじゃない?』といわれたんですが、家を建てたときに知ってから、他の家具じゃ満足できなくなっちゃって(笑)」

 

――農家の事務所と聞いて納屋のような内装をイメージしていたんですが、良い意味で想像と違いました(笑)。

「農家っぽさを感じる建物にはどうしてもしたくなかったんですよ。毎日ここで作業をするわけだし、せっかくならオシャレな空間にしたかったんです。壁は木毛板といって、藁や草をセメントで圧縮したモノを使っています。土に還すことができる素材なんですよ」

 

 

――妥協せず隅々までこだわろうとする駒形さんの姿勢が、きっとお米づくりにも表れているんでしょうね。

「全部周りの人たちのおかげなんです。両親と僕の3人で農園をやっていたときは、田んぼを管理するので精一杯で、他のことに時間を割く余裕なんてまったくなかったんですよ。だけどいまは、従業員や友人たちが力を貸してくれて、新たな目標にも向かっていけています」

 

――事務所が完成してから、周囲の変化や反響などはありましたか?

「かなり変わりましたね。ここを建てる前に、『今後どうやって売り上げを伸ばしていくか』について、従業員のみんなと話し合う機会があったんです。そこで、米袋やリーフレットのデザインだけじゃなくて、『こまがた農園』の見せ方や打ち出し方をブラッシュアップしていこう!ということになったんですね。それからは研究三昧だったんですが、周りの人たちの協力もあって、事務所の完成と同時期に、たくさんの問い合わせや仕事のお話をもらえるようになりました」

 

――それでは最後に、「こまがた農園」さんの今後の展望があれば教えてください。

「具体的なイメージはまだないんですが、サスティナブル農業をさらに発展させた、『こまがた農園ワールド』をいつか作ってみたいと思っています。いまは北欧に注目していて、話を聞いただけでも、有機栽培をもとにしたライフスタイルの充実度がかなり高くて、環境に配慮した街づくりも盛んみたいなんですよ。昔行ったときは音楽やアートばかりに興味が向いていたんですが、次に行ったときには、農家の観点から現地の食事や建築に触れてみたいですね」

 

かつて音楽で世界中を飛び回っていた駒形さん。その常にベストを追求する熱意が空間にも表れていました。事務所だけでなく、実は自宅もサスティナブルを意識した空間づくりになっているそうで、一貫してこだわる姿勢からモノづくりとは何かを学ばせていただきました。 農業へシフトしたばかりの頃は思うように結果が出せなかったという駒形さんですが、いつも真摯に物事に向き合い続けるからこそ、人が集まり、多方面で活躍できるんじゃないかと感じました。これからどんなふうに「こまがた農園ワールド」が展開されていくのか、いまから楽しみです。(byキタザワリョウ)

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