「ABALLI」加藤さんが山北から生み出す、お洒落かつ便利なレザーアイテム。
ものづくり
2020.06.13
国内アワードも2度受賞。海沿いの集落から世界へ挑戦。
県北の景勝地・笹川流れにほど近い、碁石海水浴場。黒い玉石の混じったこの美しい砂浜から歩いてすぐ、のどかな波音の聞こえる場所に工房とショールームを構えている革職人さんがいます。自ブランド『ABALLI』(アバッリ)を手掛ける加藤光也さんです。2012年にジャパン・レザー・アワードを受賞した巻貝型のキーケース「キーコロネ」をはじめ、使いやすさとお洒落を両立させた皮革製品を提案しています。加藤さんに、今般の新型コロナウイルスの影響から、職人になるまでの紆余曲折、職人としての矜持、地方でやることの意義、今後の展望などについて話を訊いてきました。


ABALLI
加藤 光也 Mitsuya Kato
1972年村上市生まれ。2006年、当時住んでいた皮革の街・埼玉県草加市の「草加皮革大賞」にバッグを出品しアマチュアとしては初のグランプリを獲得し、本格的に革職人の道へ。プラダなど一流ブランドから注文を受けるイタリア・フィレンツェの工房「Nieri Argenti」での修業を経て2010年、自ブランド「ABALLI」を東京で立ち上げる。2012年には「キーコロネ」、2014年には「にじいろバニティ」で、「ジャパン・レザー・アワード」を受賞。2015年には拠点を地元の村上市山北地区に移した。長年続けている趣味の自転車は、夫人との出会いのきっかけにも。現在は地元の活性化活動「かえろう山北」プロジェクト(https://www.sanpoku.jp/)も中心的に展開中。

書き入れどきに新型コロナウイルス直撃も、焦らず次の段階へ。
――本日はよろしくお願いします。いきなり恐縮ですが、新型コロナウイルスの影響は?
加藤さん:すごくありますよ…。皮革製品ってプレゼント需要が大きいんですけど、クリスマスと並んで1年で最も売れる3~4月の入学・就職祝いの時期に直撃しました。私も毎年この時期は百貨店や駅ビルなどで出張販売していて、今年も東京駅の地下街に出店していたんですが、まぁ本当に人が少ない(苦笑)。結局、都下に緊急事態宣言が発令された4月7日までいたのですが、あれほど人がいない東京駅は初めての経験でしたね。以後、4~5月の出店予定も全部中止になりました。
――そうですか…ネットでも販売をされていますが、そちらは?
加藤さん:それも3月に入ったあたりから、パタリと注文がなくなりました。これから何があるか分からない非常事態下だと、皮革製品のような生活必需品でないものは購入がためらわれるのでしょう。
――かなり痛手ですね。
加藤さん:今年は、10年前のブランド設立時から念頭にあり、以前から準備を進めていた海外展開へ本格的に乗り出すつもりでもありました。その矢先に…。昨年秋に出展したイタリアの展示会ではかなり手ごたえというか勝算を得られたので、状況が落ち着くまでは焦らず、今回のことをブレーキとは考えずに新たな段階へ進む準備期間と捉えて、今後に活かしていきたいですね。


世界展開の切り札は、ブランドの基本コンセプトを体現した新作。
――前向きで何よりです。今月には新作もリリースするんですよね。
加藤さん:そうです。海外展開でも主軸作品のひとつとして考えていました。このメガネケースです。自分としては「キーコロネ」以来のブランドの看板商品、代名詞のひとつにもなり得ると思っています。

――確かに、他では見ないデザイン。ユニークなメガネの収め方をするケースですね。
加藤さん:メガネケースって大きいとかさばるし、かといって薄いと潰れないか不安じゃないですか? この作品はコンパクトさと安全性を両立させました。小さくできる極限までコンパクトにし、メガネをくるむと三角構造になって潰れにくく、メガネを取り出せば平たく折りたためるので胸ポケットなどに入れてもかさばりません。もちろん皮革なので末永く愛用してもらえますし、これはブランドのコンセプトのひとつでもあるのですが、普段使っていて気分が上がる、ワクワクするような道具のひとつになると思います。

――ブランドのコンセプトについてもう少し詳しく教えて下さい。
加藤さん:端的に表現するなら、「使い勝手とデザイン性の両立」です。いくら見た目が面白くても使い勝手が悪ければ使わなくなっちゃうし、逆にいくら使い勝手がよくてもありきたりなデザインでは気分が上がらない。皮革製品って決して安い買い物ではなく、一度自分のものになったらそれこそ何十年も使っていくものになるので、その相反する要素を両立させる必要があると思っています。
――なるほど。
加藤さん:また新進のブランドとして、今までにない新しい感覚のデザインやアイデアを提示できなければ、埋もれてしまいます。海外展開するなら、特にそうかもしれません。
――商品のアイデアはどうやって思いつくんですか?
加藤さん:私の場合、机やパソコンに向かうよりも、外に出て歩き回って考えるタイプですね。出張先でもなるべくその街に出て、センスのいいお店や施設へ行って感性を研ぎ澄ますことが多いです。このメガネケースも、昨年展示会でイタリアに行った際にパリまで足を伸ばして散策し、帰国後に浜松の百貨店で出張販売をしていたとき、急にアイデアが降ってきて、慌てて手近にあった包装紙を切り抜いて型紙を作りました(笑)

人生を賭けて出品したコンテストでグランプリを獲得し、職人の道へ。
――そもそも、革職人になった経緯やきっかけは?
加藤さん:もともと子どもの頃からモノづくりというか、手を動かして何かを作るのが好きで、得意でもありました。学校では図工や美術の時間が待ち遠しかったですね。高校を出ると上京してインテリアデザインを学ぶ専門学校に入って、自分で言うのも何ですがそこでも成績は良かったんです。そのまま就職しようと思えばできたんですけど、なんかつまんないというか、「ひとつの会社にいるよりも、もっと色んなことを学びたい」と思っちゃって、就職しないまま卒業して、フリーターとして様々な仕事を経験しました。
――例えばどんな?
加藤さん:建築模型の製作、パンの販売、工事の現場監督、築地市場での夜勤など、色々です。とあるバイト先で、カメラを渡されて街なかの標柱を撮影してくる仕事をしたんですけど、それがきっかけで写真にハマりまして。それで写真の現像所で働くようになり、後に正社員になって結局そこには10年ほどお世話になりました。
――そこからまた何か転機があったんですか?
加藤さん:社員になって数年が経ったころ、当時住んでいた埼玉県の草加市で「草加皮革大賞」の第1回があるというので興味を惹かれて見に行ってみたんです。草加市ってせんべいが有名ですけど、皮革産業がさかんな「皮革の街」でもあるんです。会場に足を踏み入れると、皮革のバッグやウェア、小物などの作品が並んでいて。直感的に「あ、これやりたい」と思ったんです。しばらく眠っていたモノづくりへの気持ちが再燃したというか。そして審査員の中にたまたま自分の知っている方がいたので、控え室に押しかけていってその方に「自分もこれ始めたいんですけど」って(苦笑)。幸いとてもいい方で、「じゃあ、一度うちにいらっしゃい」って。後日実際に伺うと、基本中の基本、針に糸をどう通してどう革を縫うかを丁寧に教えてくれて。それからは、人から不要なバッグを譲ってもらって分解したりしながら独学で勉強し、趣味としてどんどんのめり込んでいって、コンテストに出品したりするようになりました。
――一度火がつくと止まらないんですね。
加藤さん:そうかもしれません。やっていくうちに、だんだんとこれを仕事にしたいという気持ちが芽生えてきました。ちょうど、当時働いていた現像所がデジカメの普及で曲がり角を迎えていて、自分の会社員としての将来に不安を抱いていた時期でもあったので。それで思い切って、例の「草加皮革大賞」に人生を賭けてみることにしたんです。
――というと?
加藤さん:出品してグランプリが獲れたら、会社を辞めて皮革の道に進もう、って。2006年、30代半ばでした。人生賭けたわけですから、それはもう必死で作りました。結果的にはめでたく、「チワワキャリー」という鞄の作品でアマチュアとしては初のグランプリを獲得することができました。

――すごい! それで本格的に皮革の道へ。
加藤さん:そうですね。それから2年くらいかけて準備して、2009年にイタリアへ修業に行きました。現地の専門学校に入って、そこからインターンで製造工場に入る形です。私が行ったのはフィレンツェで、プラダ出身の社長の机の横で、新作の型紙起こしや試作品づくりを任されました。
――それで帰国後、自ブランドを立ち上げたわけですね。『ABALLI』の由来は?
加藤さん:うちは父親が漁師なんですけど、自分は継がず、親も引退しました。なのでせめて漁師らしさを何らかの形で残そうと、ブランド名を付けるにあたり漁師と皮革の共通点について考えたんです。それで、自分が修業したイタリアを含むラテン語圏の苗字「ABALLI」と、漁師の必需品「網針(あばり)」を掛けて、この名前にしました。革も針を使って縫いますしね。現在使っているこの工房も、元は実家の網置き小屋です。


ローカルからグローバルへ。カギは使い勝手とデザイン性の両立。
――そうなんですか。そういえばどことなく…(笑)。ブランド立ち上げ後、ジャパン・レザー・アワードを2回も受賞されるなど順風満帆のようにも思える中、拠点を東京から地元へ移したのは?
加藤さん:様々な理由が重なった結果ですね。首都圏ではランニングコストが高くつくのと、そのころ結婚した妻が田舎暮らしをしたがっていたのに加えて、実家の母の体調があまりよくなかったこともあり、Uターンすることにしました。
――首都圏という巨大なマーケットから遠ざかることや刺激の面などで地方のハンデを感じたりはしませんか?
加藤さん:そうですねぇ、どうしても実物を見て選びたいので材料の仕入れは確かに大変になりましたが、ハンデといえばそれくらいですかね。ブランドイメージの面では、むしろ地方発の方が他と差別化できてメリットの方が大きいかもしれません。刺激の面でも、いつもいるよりたまに行った方が面白いのでこっちの方がいいですよ(笑)。
――今後の展望を教えて下さい。
加藤さん:先にも言った通り、海外展開は近いうちにやっていこうと思っています。また、現在のラインナップは小物が中心ですが、自分の革職人としてのルーツであるバッグはもっと本格的に展開していきたいですね。自転車を趣味にしていることもあって、特にメッセンジャーバッグはいつか絶対にいいものを作ろうと思っています。その前段というわけではありませんが、光を反射する「反射革」というものも開発しました。道路などで使われている反射インクを刷り込みつつ、革の質感や風合いも維持したもので、反射材の野暮ったさを回避しながら夜道での安全性も確保できます。今後も、使い勝手とデザイン性を両立させ、持っていると気分が上がるような品を作っていきたいですね。
――本日はありがとうございました。

<出張販売情報>
6/10-23、新潟伊勢丹1階「NIIGATA越品」コーナーに出店。土・日は加藤さん自身による実演・名入れ刻印も。
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