五頭山の麓・村杉温泉の一角にある「川上とうふ」。昔ながらの手作りにこだわる豆腐店です。看板商品「おぼろとうふ」は新潟県内のスーパーをはじめ、飲食店でも見かける人気豆腐。創業以来、木綿豆腐しか扱っていなかった「川上とうふ」ですが、3代目社長・澁谷さんのチャレンジ精神によって「おぼろとうふ」「五頭のしずく」などのヒット商品が生まれていきます。今回は澁谷さんに、開発秘話や豆腐に対する思いをお聞きしました。
川上とうふ
澁谷 誠一 Seiichi Shibuya
川上とうふ3代目社長。タクシードライバーを18年間やっていたが、結婚相手が川上とうふの娘だったことから、跡を継ぐことに。元々ものづくりが好きだったこともあり、「おぼろとうふ」はじめ、いろいろな大豆を使った豆腐を開発する。趣味はバイクで、ハーレーダビッドソンでツーリングに出かけるアクティブなお父さん。
——今日はよろしくお願いします。いつもおいしくいただいています。早速ですが「川上とうふ」で作っている豆腐の特徴を教えてください。
澁谷さん:創業時から変わらない道具や製法で、昔ながらの手作りの味を大切にしてるんさ。あと、素材にもこだわってるよ。厳選丸大豆と天然にがりを100%使っているし、おいしい水も使っている。この辺りの五頭山麓は水にも恵まれているから、水道水でも十分おいしいんだ。大豆の風味を生かした、天然素材だけで作る豆腐本来の甘みが自慢なんさ。
——豆腐を作る際、どんなところにこだわっていますか?
澁谷さん:ボロボロ崩れたりしないで、箸でしっかり持てる豆腐を作っているんだ。あと、子どもがおいしく食べることのできる豆腐を作るようにしているよ。あんまり豆腐の好きな子どもっていないんだけど、子どもたちに豆腐を好きになってほしいんさ。そのことから生まれたのが「おぼろとうふ」なんだよね。
——「おぼろとうふ」は川上とうふの看板商品ですよね。どんな特徴があるんですか?
澁谷さん:そもそも「おぼろ」っていうのは、豆乳がふわふわと淡雪のように固まった豆腐のことなんさ。うちの「おぼろとうふ」は個性的なものにするために、普通の豆腐に使っている大豆の2.5倍〜3倍の量を使って豆乳濃度を高くしてるんだよ。煮る時に使う水の量も極力少なくして、濃厚で甘みの強い「おぼろとうふ」に仕上げてるんさ。完成までには試行錯誤したけどね。
——「おぼろとうふ」は創業時から作っていたわけではないんですね。
澁谷さん:「川上とうふ」は昭和4年に村杉温泉の源泉近くで、おばあちゃんが始めたお店なんだけど、その頃は「もめんとうふ」だけしか作っていなかったんさ。2日間で20丁くらいしか売ってなかったんだよね。「おぼろとうふ」を始めたのは、俺が店を継いでから。
——「おぼろとうふ」を作り始めたいきさつを教えてください。
澁谷さん:豆腐を食べない子どもって多いような気がするけど、うちの子どももあんまり食べなかった。でも、子どもがおいしいと思うものは、誰が食べてもおいしいと思うんさ。それで、なんとか子どもに豆腐を食べさせたいって思って、いろんな豆腐を研究し始めたんだよ。それで行き当たったのが「おぼろとうふ」。
——豆腐の研究というのは、どんなことをしたんですか?
澁谷さん:俺の代になる前の「川上とうふ」は「もめんとうふ」一本でやってきたから、他の豆腐を作ったことがないわけさ。作り方を教えてくれる人もいない。とりあえず評判の高い店の豆腐を買って来ては食べてみて、自分の作る豆腐とどこが違うのか考えて試してみるんだよね。新潟だけじゃなく、富山、山形、岩手、秋田、福島、豆腐を探してあちこち出かけたよ。
——「おぼろとうふ」は完成までにどのくらい時間がかかったんでしょうか?
澁谷さん:1年はかかったね。「おぼろとうふ」を作ってみては、子どもに食べさせて感想を聞いたんだけど、何度作って食べさせても「うまい」っていわないんだよ。ところが、ある日とうとう「今までで一番うまい!これはヒットする!」っていったんさ。その後、地元の喫茶店でお客さんに「おぼろとうふ」を配ったり、知り合いの和食店の料理人たちに食べてもらって感想を聞いたんだけど、評判がよかったから発売することに決めたんだ。
——「おぼろとうふ」以外にもいろいろな種類の豆腐がありますね。
澁谷さん:お客さんからリクエストがあると、とりあえず挑戦してみるんだよ。「おぼろとうふ」の後には青豆の大豆を使った「五頭のしずく」を作ってみた。ところが青豆の豆腐がまた難しくて失敗が続いたんさ。青豆は値段が高いんだけど、失敗続きでどんどん豆代がかさんでいって、嫁さんから「もうやめてくれ」っていわれちゃった。それでも途中でやめるわけにもいかないし、なんとかがんばって完成させたよ。
——新商品開発には時間もお金もかかるんですね。でも、その後も新商品開発を続けるんですよね?
澁谷さん:次にやってみたのは黒豆の豆腐。黒豆は固まりにくい性質があって、豆腐にするのは難しいといわれたんだけど、失敗を重ねながらなんとか作り上げたんだ。黒豆も高級品だから完成までにかなりお金を使ったね。最初は売り物じゃなくて、店に来たお客さんへのサービス品として出してたんさ。ところが、おいしいから売ってくれというお客さんがいて、それから販売をするようになったんだよね。
——赤い豆腐までありますよね?
澁谷さん:だんだん作るのが面白くなってきてさ。白、青、黒と来たら赤い豆腐も作りたくて、山形の赤豆を見つけてきて作ってみたんさ。この豆腐は「越後のおとめちゃん」という名前で、土日だけの店舗限定販売をしているんだよね。
——昔ながらの手づくりで豆腐を作っているんですよね。どんな工程で作っているんですか?
澁谷さん:じゃあ「もめんとうふ」を作る工程を軽く教えようか。まず素材の大豆を一晩水に浸し、3倍くらいに膨らんだ大豆を水と一緒に機械で挽くんさ。つぶれてドロドロになった大豆を煮てから豆乳とおからに分け、細かい布袋でこした豆乳ににがりを打っていくんだよ。固まってきて水や豆乳が分離したら、うわ水をすくい取って豆腐を型箱に入れ、布で覆った上から押し蓋を乗せて圧をかけ余分な水分を抜いていくんだ。余分な水分が抜けたら型から出し、丁寧に切り分けて冷水にさらす。こうして川上とうふの「もめんとうふ」が完成するんさ。
——豆腐作りの中で一番むずかしいのはどの工程でしょうか?
澁谷さん:豆乳ににがりを打つ作業だね。大きな寸胴の中の豆乳に、刀みたいな形の棒を使ってにがりを打っていくんだよ。その日の天候、気温、湿度によって、豆腐の固まり具合がちがってくるので、豆乳のタンパク質が固まってくるのを確かめながら打つのが大事。豆乳の温度と、かき混ぜる力加減がポイントになってくるんさ。それから、にがりを隅々までまんべんなくかき混ぜるのも重要。微妙な加減で柔らかくも固くもなるから、同じ固さや味を作り続けるのは、職人の腕の見せ所だね。
——なるほど。では豆腐作りの楽しさってどんなことですか?
澁谷さん:大豆とにがりと水だけで作れるのに、ちょっとしたことで味が変わる。それが面白いんだよね。お客さんから「こんな豆腐を食べてみたい」という要望があって挑戦してみるわけだけど、与えられたことには挑戦してみるべきだと思うんさ。苦労した時ほど成功の喜びは大きいからね。
——最後に今後の夢をお聞かせください。
澁谷さん:なんでも機械で作るんじゃなくて、人間が食べるものは、人間の手で作るべきだと思ってるんだよ。豆腐っていうのは、天然素材を使って手づくりされた昔ながらの食品だよね。そんな豆腐をずっと残していきたいと思ってるんさ。だから、豆腐作りを息子に託したわけ。あとは息子の手で、おいしい豆腐を残していってもらえればいいと思ってるんだ。
いろんな大豆を使って、新しい豆腐に挑戦してきた澁谷さん。ものづくりに取り組む職人としての姿勢が垣間見えた気がします。人間の食べるものは人間の手で作るべきだという澁谷さんが最後にいった「ものづくりは人づくり」という言葉が印象に残りました。これからも息子さんに受け継がれた川上とうふを楽しみにしていきたいです。