できることを、できる範囲で。「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」
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2025.12.19
豊かな森に囲まれた三条市下田エリア。かつてあった「下田の森美術館」の名を引き継いだのが、 三条市の「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」です。店主の内山さんは、自ら山へ入りリースの素材となるツタを採取する、畑で育てた旬のものをタルトに使う、など、環境・身体・心が喜ぶことに取り組んでいます。その根底にあるのは、自分でできることを、できる範囲で実践したいという意識でした。
内山 珠美
Tamami Uchiyama(下田の森の美術館 リースとタルトのお店)
1984年三条市生まれ。高校・大学と建築を専攻し、卒業後は東京で店舗の内装を行う会社などで働く。その後新潟に戻り、1級建築士を目指しながらいくつかの企業で勤務。その間、父親が館長を務めていた「下田の森の美術館」のボランティアスタッフとしても活動。2024年に「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」をオープン。
自然豊かな「下田の森の美術館」で、
リースとタルトに出会う。
――内山さんは、長らく建築業界にいらしたそうですね。
内山さん:高校、大学と建築を学んで、東京では現場監督をしていました。当時は昼夜関係なく働いていたので、無理が生じて「もう身体がもたない」と新潟に戻ってきました。それから会社勤めをしながら、週末は父が館長を務めていた「下田の森の美術館」でも働いていたんです。自然豊かな場所にある美術館には、心身ともに癒されました。でもそこは残念ながら、2022年に閉館してしまって。私が名前を引き継ぎ、場所もスタイルも違いますが、「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」をはじめました。
――閉館してしまった「下田の森の美術館」は、どんな場所だったんですか?
内山さん:初代館長と2代目館長だった父、施設に深く関わったマネージャーなどが、私財を投じてはじめた美術館です。オープンは2007年で、館内の喫茶店を利用するお客さまが増えたことで、父に館長が交代するタイミングで、喫茶フロアを大きくしたんです。でもせっかく絵画を眺めながらお茶が楽しめるスペースに改装したというのに、ボランティアスタッフさんが忙しくて、ケーキを用意できなくなったんです。
――あら大変。喫茶店にケーキは欠かせないのに。
内山さん:ある日、白馬村からシェフがやってきて、タルトのオリジナルレシピを教えてくれる機会があったんですけど、私を含め全員がボランティアなので、積極的な習い手がいなかったんですよね。それでなんとなく「じゃあ、私がやりますね」みたいな感じで、私がタルト作り担当になったんです。
――リースを作りはじめたきっかけも美術館ですか?
内山さん:はい、その通りです(笑)。ホテルの装花などを手がけているおじいさんと美術館で仲良くなって、「山で採ってきたツルでいろんな作品が作れる」と教えてもらいました。もちろん私も、山に入り、ツルを採ってくるところから作業しています。

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美術館の名を引き継ぎ、
活動スタート。
――閉館後、内山さんはどうしてご自身のお店をはじめることに?
内山さん:10年間ボランティアスタッフとして美術館に関わっていたので、閉館が近づくにつれ寂しくなってしまって。それで、父とマネージャーに「下田の森美術館」という名前を引き継がせてほしいとお願いしたんです。
――そこに得意分野であるリースとタルトをプラスしたんですね。
内山さん:ところが、心機一転しようと決めた数ヶ月後に、本業を解雇されてしまって。でもそれでむしろ「今が行動に移すタイミングだ」って、勢いづいたんです(笑)。ここで店舗を構えるまでの数年間は、イベントに呼んでもらって「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」として活動していました。
――じゃあ最初は店舗を持とうとは思っていなかったんですか?
内山さん:カフェにするか、テイクアウトのお店にするか、アイディアはいくつかあったんですけど、お誘いいただいたところに出向くのでスケジュールがいっぱいになってしまって。でも会場で「商品はどこで買えるんですか?」と聞かれることが度々あったので、三条市内にタルトのテイクアウトとリース販売のお店を作ることにしました。電気工事技術者の父と、建築業で頑張っている同級生に協力してもらい、廃材を活用して作った店舗です。
――営業は日曜日と火曜日ですね。
内山さん:よく「他の日は何をしているんですか」と聞かれます。仕込みももちろんですが、山に入って、リースの素材となるツルを採ってくることもあります。ツルは木を傷めてしまう厄介者でもあって。木を守り、森を豊かにするためにも、ツルの採取をするんです。最終的には動物たちのすみかが整い、里に降りてくる必要がなくなる。大事な活動のひとつです。
――なるほど、循環の世界なんですね。
内山さん:秋にリースのツルを採取し、冬にかけてそれを煮て、長い期間をかけて干すんですよ。そして春には、今度は山菜を採りに山へ行きます。旬のものをタルトにして皆さんに召し上がっていただきたいので。畑も同じです。無農薬で自家栽培したさつまいも、じゃがいも、かぼちゃなどをタルトに使っています。旬のものから栄養を摂って身体を元気にするのがいちばんですし、生産者が誰で、どういう環境で作られたものかをちゃんとお伝えしたいと思っています。
――廃材を使って店舗を立てたり、ツルをリースの材料にしたり、資源の再生への意識を高く持っているのはどうしてでしょう?
内山さん:もともと、なんでも「もったいない」と思う性格なのかもしれないです。小さい頃からお店で売られているものを「自分で作れそう」と思っていました(笑)。大学で建築環境を専攻したことも影響しています。建物を建てることでどれだけの二酸化炭素が排出されるか、環境が崩れるかなども勉強したので。「今、自分ができる範囲のことを」という考えが、いろいろな活動の基本にあります。


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山の知恵をつなぎ、
フードロスに挑む。
――「下田の森の美術館 リースとタルトのお店」の店主さんとなって、生活や働き方にはどんな変化がありましたか?
内山さん:会社に勤めている方が、仕事と休みの切り替えをちゃんとできるもんなんだなって思いました。今は好きなことを、好きな時間に、好きなだけできています。いちばんの課題は、休日の取り方がわからないこと(笑)。でも活動をはじめたこの3年間は、とても充実していました。日々楽しく、出会いの輪がどんどん広がって。そして、ちょっと疲れたなと思ったら山へ行くんです。
――熊に気をつけてくださいよ。
内山さん:今年はきのこ採りに行くつもりだったんですけど、山の先生が「熊が出るかもしれないから、やめておこう」と判断されたんです。きのこや山菜採りをする方は高齢化しているので、獲れるスポットを引き継いでおかないと、いずれ天然ものが食べられなくなってしまいます。私にできることは、山の名人のノウハウを絶やさないようにすることだと思っています。
――確かにそうですね。今まで考えもしなかったです。
内山さん:林業に従事している方とお話すると、課題はおおむね同じなんですよね。でも、次世代へのバトンタッチについては、それぞれ少し違う考えを持っています。その違いが面白くって。私は、山仕事のどのジャンルにも所属していないんだけど、「サンドイッチの具」みたいに、違うもの同士をつなぐ役目をしているような気がして。タルトもリースも、はじめたきっかけは「楽しい」でした。そこから森を守る、フードロスの削減、旬の食材を生かす取り組みをするようになって。結局、誰かが「こうあったらいいよね」「これに困っているんだよね」ということに、「私だったら何ができるかな」と考えて今に至るんですね。きっとこれからも、このスタンスは変わりません。
――あの、フードロスの削減という言葉が出ましたが、そういう取り組みもしているんですか?
内山さん:数年前に、地元の桃農家さんがたくさんロスが出て困っていると知りました。実際に農家さんのもとを訪れてみたら、もったいない精神がまた現れちゃって(笑)。私個人で500kgレスキューしました。タルトに使うだけでは間に合わないので、事情をわかった上で協力してくれる人はいないかとSNSにあげてみたら、頼もしい反響がいくつもありました。一緒にフードロスに取り組んでくれるレスキュー隊の人数も増えて、今年は新しい果物農家さんからのご相談も受けました。きっと他の農家さんも同じ悩みを持っていると思うので、レスキューの輪をもっと広げたいと思っています。
――旧美術館でボランティアをしていた頃から「自分ができることをやろう」という姿勢でいらっしゃったのかなと、これまでのお話を聞いて思いました。
内山さん:喜ばれること、ありがとうと言われることって何より嬉しいじゃないですか。でもたまに、「タルト作りをよく続けているよな」って思うんですよ(笑)。お菓子作りをしたくてはじめたのでなく、やらざるを得なかったから、周りが困っていたから、手を挙げました。なぜ続いているのか不思議ですが、単純に自分の性格に合っているからなんでしょうね。ひと工夫して「美味しい」と言われると、今度はちょっと多めに作っちゃうところとか(笑)
――今後はどんなことをする予定ですか?
内山さん:来年やろうと思っていることは、おばんざいの提供です。山のもの、畑のものをおかずにして、皆さんに召し上がってもらうのが今のいちばんの夢です。

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