日本一まずい…? 戦後から続く新潟の老舗中華料理店「東華楼」。
食べる
2019.11.22
新オーナーに聞く「東華楼」の今までとこれから。
「日本一まずい。だまされたつもりで是非一度。」そんなインパクト大のキャッチコピーを掲げて、戦後間もなくからずっと営業を続けてきた老舗中華料理店「中華料理 東華楼」。昭和50年代には誰もが気軽に入りやすい、ファミリーレストラン的な中華料理店を展開し人気を博しました。今回は「東華楼」を受け継いだ若きオーナー・吉さんにお店の歴史や今後の展望を聞いてきました。


中華料理 東華楼
吉 宏宇 Yoshi Kouu
1981年中国遼寧省瀋陽市(りょうねいしょうしんようし)生まれ。「中華料理 東華楼」オーナー。23歳から中国で料理人を始める。2008年に来日し愛知県名古屋市にある叔母の店の手伝いを経て、新潟で「千滋百味(せんじひゃくみ) 新大前店」をオープンする。その後、新潟県内でさまざまな店を経営し、2015年に「中華料理 東華楼」の経営を引き継ぐ。趣味はクルマで愛車はSUV。
「日本一まずい」のキャッチコピー誕生秘話。
——今日はよろしくお願いします。まずは「東華楼」の歴史について教えてもらえますか?
吉さん:前社長からいろいろと聞いています。「東華楼」は終戦後の昭和21年に、先々代の社長が新潟市の西堀6番館ビルあたりで始めたそうです。みんなが食べることに飢えていた時代だったので、食べ物を商売にしようと思って中華料理店を選んだらしいんですね。オープンのときは物珍しさもあって大繁盛したんですが、ただ、だんだん落ち着いてくるとお客さんが減ってきたそうなんです。
——最初はいいけど、だんだん…って、よくある話ですね。
吉さん:それで有名なキャッチコピー「日本一まずい。だまされたつもりで是非一度。」が生まれたんです。最初は「日本一うまい。」というコピーにするつもりだったらしいんですが、それじゃ当たり前すぎるということで「日本一まずい。」にしてみたそうなんですよ。とりあえず店の外に看板を作って出したものの、先々代の社長は心配になって、看板を見た人の反応を外で見ていたそうですよ。
——反応はどうだったんでしょうね?
吉さん:最初に通りがかった男の人が看板に書かれたキャッチコピーを見て、ニヤッと笑って店に入って行ったそうです。それを見て「これはイケる!」と確信して、コピーをマッチに印刷して配ったりしたそうなんです。でも、中には素直に文面を信じちゃう人もいますよね。以前、店に入ろうとした高校生が看板のキャッチコピーを見て、入らずに帰って行ったこともあったそうですから(笑)

大被害を受けた新潟大火からの復活。
——「中華料理 東華楼」の人気は、キャッチコピーが当たったからなんですか?
吉さん:当時、新潟の中華料理店では、鶏ガラのスープが主流だったそうなんです。そんな新潟ではじめて「東華楼」がトンコツのスープを出したんです。これが新鮮だったのか大ヒットして。本店の他に、営所通、古町十字路に支店が3店舗できていったんです。
——とても順調だったんですね。
吉さん:それがそうでもないんですよ。昭和30年に新潟大火が起こって、3店舗とも焼けてしまったんです。当時まだ子どもだった2代目の社長は、自宅のあったどっぺり坂の上から、火が空に弧を描いて虹みたいに燃え移るのを目の当たりにして驚いたそうです。
——こわいですね…。お店は火災保険に入っていたんですか?
吉さん:入っていたんですが、運悪く保険期限が切れたばかりだったそうです。それで銀行に相談したものの、飲食業って当時はなかなかお金を貸してもらえない業種だったらしいんですよ。結局お金を借りることはできなかったそうです。
——大ピンチじゃないですか。
吉さん:でも、仲間たちがお金を貸してくれて。10日ごとに1店舗ずつ再建していったんです。復興支援のボランティアで来ていた人たちが、食事しようにも火事で焼けて他にお店がなかったので、再建していた「東華楼」3店舗は大繁盛したそうなんです。運がいいのか悪いのかわからない話ですね。
——ほんとにそうですね。その後は順調に店舗を増やしていくんですね?
吉さん:昭和55年には新和店を始めとした、中華レストランスタイルの店が5店舗できたんですね。本格的中華料理店よりもカジュアルでアットホームな雰囲気のお店でした。当時は「ロイヤルホスト」「デニーズ」といったファミリーレストランが流行り始めていたので、社長は見学に行ってお店づくりの参考にしたんだそうです。この頃から日本全国にレストランチェーンを展開したいという夢を抱いていたそうです。

新潟ではじめて餃子を売り出した「東華楼」。
——今残っているのは、こちらの新和店だけなんですか?
吉さん:時代の流れというのもあったと思いますし、いろいろなことに手を出し過ぎてしまったんでしょう。他の店舗は手放すことになったんです。
——新和店だけ残ったのは、どうしてなんでしょう?
吉さん:他の店舗ではスタッフがみんな辞めていってしまったらしいんですね。ところが新和店だけはスタッフがほとんど残ったんです。みんな、店に愛着を持っていたんでしょうね。
——そんな新和店の人気メニューを教えてください。
吉さん:少し前までは広東麺、四川麺が人気メニューだったんです。でも最近は湯麺がよく出てますね。その他の麺類では、あんかけ揚げそば、麻婆麺でしょうか。ご飯ものでは王道の炒飯、中華飯が人気ですね。

——こちらの中華飯は私も大好きです。ちなみに、おすすめメニューってありますか?
吉さん:石焼麻婆麺は一度食べてみてほしいですね。石窯で提供する麻婆麺で、いつまでも冷めずにアツアツのまま食べてもらうことができるんです。
——これからの寒い季節にぴったりのおすすめメニューですね。バナナ餃子っていうメニューもありますよね?
吉さん:昭和25年に、新潟で初めて餃子を売り出したのが「東華楼」なんです。その頃は、今ほど大きくなかったそうなんですが、インパクト狙いでどんどん大きくなって、今では長さ15cmで重さが105gもあり、レギュラーサイズの餃子の2.5倍もあります。調理に時間がかかってしまうので、30年ほどお休みしていたんですけど10年前から復活したんですよ。バナナ餃子という名前は形や大きさを表しているんです。でもバナナが入っている餃子だと勘違いするお客さんもいますね(笑)
——たしかにそう思う人もいるでしょうね(笑)。料理にはどんなこだわりがあるんでしょうか?
吉さん:できる限り既製品ではなく手作りしたいと思っています。材料にもこだわっていて、肉は国産の朝日豚を使ってます。それから中華スープは現在ガラでダシをとる店が多い中で、「東華楼」ではひき肉を使っています。本来、中華料理のスープというのはひき肉でダシをとるのが一般的なんです。日本では安く手に入るガラを使う店が多いんですよね。

「東華楼」を昔のように再び大きくしたいと語る新オーナー。
——今後、やってみたいメニューってありますか?
吉さん:カレーが流行っているので、最近キーマカレーを始めて好評です。今度はカレー焼きそばを考えてみたいと思ってます。
——それは楽しみですね。では最後に、これからの「東華楼」をどのように展開していきたいと思ってますか?
吉さん:前社長をお手本として、ふたたび新潟の老舗中華料理店「東華楼」の店舗を増やして大きくしていきたいですね。

終戦後間もない食糧難の時代に創業し、新潟大火の被害も経験してきた「東華楼」。新潟ではじめてとんこつスープを使ったスープを作ったり、はじめて餃子を売り出したりと先進的な感覚で人気を博しました。最盛期には40店舗以上になった「東華楼」ですが現在は新和店一軒のみになってしまいました。新オーナー・吉さんの元、新しい感覚で生まれ変わっていく「東華楼」を楽しみにしたいですね。
中華料理 東華楼
〒950-0972 新潟県新潟市中央区新和1-7-17
025-283-5566
11:00-14:30/17:00-21:00
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