漆の美しさを若い世代にも。世界に一つだけを提供する「漆工房じえむ」
ものづくり
2020.01.11
城下町・村上の伝統的工芸品「村上木彫堆朱」に新たな息吹を。
村上市の誇る伝統的工芸品の漆器「村上木彫堆朱」。精巧な彫刻を施した木の器に、漆を美しく塗り重ねて完成させる、一生モノの逸品です。約600年もの歴史と伝統を持つこの奥深い世界で近年、何人もの女性作家が活躍しています。城下町の風情を色濃く残す市中心街の大町に「漆工房じえむ」を構える彫師・鈴木都さんはその一人。漆器店に生まれ父親は塗師、幼い頃から漆文化が身近にある環境で育ってきた“サラブレッド”ともいえる鈴木さんですが、決してすんなり職人の道を選んだわけではないそうです。これまでの経緯や職人としてのモットー、お店のコンセプトなどについて伺いました。

漆工房じえむ
鈴木 都 Miyako Suzuki
1977年村上市生まれ。実家は村上木彫堆朱を製造・販売する「川村庚堂漆器店」。長岡造形大学で建築デザインを学び、卒業後は東京都心の画廊に就職。帰郷後、結婚をきっかけに一念発起して村上木彫堆朱の彫りの世界へ。出産・子育てによるブランクを経て復帰し、地元の彫師・岩佐忠さんに弟子入り。2016年2月に工房と店舗・ギャラリーを兼ねた「漆工房じえむ」を村上市中心街に開業。現在も師匠のもとで腕を磨いている。プライベートでの趣味も本業に近い木工のDIYで、現在は「子どもの学習机の手作り」を計画中。

工房と店舗が一体。コンセプトは「漆の美を身近に」。
――本日はよろしくお願いします。工房と店舗がいっしょで、作業しながら店番もされているんですね。失礼かもしれませんが、気が散ったりはしないんですか?
鈴木さん:そんなことはありませんよ(笑)。むしろ、お客さんと会話することで、商品に関して様々なヒントがもらえます。また、オーダーメイドの依頼もこの場で相談しながら承ることができるので、注文につながることも多いかもしれません。例えば、村上大祭で町内ごとに羽織る法被の柄を彫ったピアスは、お客さんとの会話をきっかけに生まれた人気商品のひとつです。村上はお祭り好きの方が老若男女問わず多いので。
――なるほど。店名の「じえむ」とは?
鈴木さん:英語で宝石や逸品を意味する「gem」から採りました。自分だけの宝物を選ぶように、村上木彫堆主や漆芸品を手にとってもらいたい、というのが基本コンセプトです。特に若い方、女性の方に、漆の美しさをもっと身近に感じてもらえるようなお店になればと思っています。
――では、ラインナップはアクセサリーを中心に?
鈴木さん:現在はそうですが、いずれはお盆や茶箱などもっと「大物」のラインナップもさらに充実していきたいですね。アクセサリーを入り口に、奥深い漆の美の世界に入り込んでもらえれば。先から奥まで、各段階の作品を取り揃えられるようになるのが理想です。また作家として、小さい作品では表現しきれないものにもっと挑戦したい、という気持ちもあります。

職人一家の出身ながら、紆余曲折を経て彫師に。
――職人を目指したきっかけについて伺いたいのですが、そもそもご実家が漆器店ですよね?
鈴木さん:そうです。父が2代目の塗師で、4つ上の兄も塗師として家業に入っています。母も私たちの子育てが落ち着いてから職業訓練校に通って彫刻技術を身に付け、彫師をやっていますね。私も小さい頃から手を動かして何かを作るのは好きでしたが、大学では工芸ではなく建築を学び、卒業後は東京に出て画廊の営業をしていました。
――そこから、なぜご自身も漆芸の世界に?
鈴木さん:24歳で帰郷して、しばらくは温泉旅館や市役所で働いたりしていたんですけど、地元で暮らす中で「このままいけば将来いつか、自分が幼い頃から慣れ親しんできた村上木彫堆朱の文化がなくなってしまうのかな」という漠然とした不安を感じていました。そんな折、市役所で働いていた時に偶然、祖父の手掛けた作品に感銘を受けたという方からの問い合わせを実家に取り次いだことがあって。それが「人は亡くなっても作品は残り、誰かの心を動かすことができるんだ」とすごく感動したこともきっかけのひとつとなり、29歳の時、結婚を機に「自分がやれることをやろう」と一念発起して職業訓練校に通い始め、彫師を志しました。ただ、それからしばらくしてまた少し中断して。

――というのは?
鈴木さん:出産と子育てです。子育ては修業と並行していたんですけど、ある日、子どもが彫刻刀を握ってケガをさせちゃって。「これではいけない」と思って、しばらくは育児に専念しました。
――それからお店を出すまでに至った経緯を教えて下さい。
鈴木さん:いろんなことのタイミングが合った、という感じですね。修業を再開し、小さなお店でも出せないかな、と考えていたところ、ちょうどこの物件の入っている建物をリフォームする計画があって。当初の計画では通り沿いにお団子屋さんを出すだけだったみたいなんですけど、「あなたがお店を出すなら、ついでにこっちもリフォームしてあげるよ」って言っていただいて。ありがたかったです。それで「店を構えるからにはヘタな品は出せない」と、現在のお師匠さんのもとに弟子入りし、さらに本格的に彫りを学ぶことにしました。

ほんの数ミリで膨らみや奥行きを。手彫りならではの魅力を大切に
――塗りでなく彫りを選んだのは?
鈴木さん:図案を考えるのが好きだからですね。図案をどうするかは彫師の方にイニシアチブがあるんです。もちろん塗れない図案を彫るわけにもいかないのですが(笑)。当初は、図案のデザイン面で若い世代により訴える斬新なものができれば、もっと広く知られ使ってもらえるようになるのでは、と考えていました。

――今は違うのですか?
鈴木さん:そういうわけではないのですが、彫りを究めていくと、昔ながらの伝統的な図柄は、漆の美しさを表現する上でとても理にかなったものだということを実感するんですよ。何でも現代風にアレンジすれば良いというものでないんです。それこそ一生ずっと持つことが前提のものですから。アレンジするにしても、これまでの歴史の積み重ねを踏まえた上でする方がより良いものになると思います。
――一口に伝統的な図柄といっても、様々なものがありますものね。
鈴木さん:そうですね。今は植物柄の彫りを探求していますが、本当に難しいです(苦笑)。ほんの数ミリで膨らみや奥行きを出す世界ですから。これがさらに、「目」がある物、つまり生き物となったら、さらに難しい。でもこの難しさが、レーザーには出せない、手彫りならではの良さにつながると思うので、職人としてやりがいがあります。お師匠からは「塗った後をちゃんとイメージして彫れ」とよく言われます。悩みながら、少しずつではありますが、進歩していければいいと思っています。

暖簾をくぐってお店に入ると、大小さまざまな作品に囲まれる中、目の前で彫り作業に励む鈴木さんが迎えてくれます。インタビュー本文にある通り、その場で職人の鈴木さん本人と相談しながらオリジナルのオーダーメイド商品を注文できます。また、彫り体験のワークショップを開講することもあり、記念日に名前入りで贈るプレゼントとしても好評とか。村上にお立ち寄りの際は、鈴木さんのお店で「世界に一つだけの逸品」を見付けたり作ったりしてみてはいかがでしょうか。


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