大正生まれの職人が活躍する「柄沢ヤスリ」。

400工場から3工場に。なんとか現代まで残してきたヤスリの技術。

金属洋食器の産地として名高い燕市。しかしその歴史は実は戦後からはじまったことをご存じですか? 戦前の燕には洋食器よりも盛んな産業がありました。それがヤスリ。明治40年頃には400軒ものヤスリ工場がこの地に並んでいました。しかし紆余曲折あって、町は「洋食器の町」へと変貌。ヤスリ工場は今や3軒にまで減りました。今回、ヤスリ製造の現場を見学させてもらった「柄沢ヤスリ」も、伝統産業を守る3軒の工場のうちのひとつ。製造の現場で使われる「工業やすり」から女性消費者をターゲットに考えられた「爪ヤスリ」まで、その製造現場に迫ります。

 

柄沢ヤスリ

1939年創業。組やすりを中心とする工業用やすりの製造を続けて80年。時代のニーズに合わせ、柄厚薄平ヤスリ、極細ヤスリ、プラスチックヤスリ、爪ヤスリなど、高い技術とオリジナリティを掛け合わせた製品を展開。

 

現代のニーズに合わせて。独自の技術を生かした「ヤスリ」とは。

「柄沢ヤスリ」の主力製品は、工作物の仕上げ作業に用いられる「組やすり」をはじめとした「工業用やすり」です。鉄を中心とする比較的小さな金属の細工に適したこの製品は、「平」「甲丸」「丸」「角」「三角」といった形状に合わせ、「荒目」「中目」「細目」「油目」といった目の種類があります。その他にも、工業用やすりと同じくらいの歴史をもっている製品が「爪ヤスリ」です。数年前までは、爪切りの付属品やペット用、ホビー用としての注文しかなく、自社ブランドとして販売をしたことはなかったものの、利用者の反応をリサーチしたところ爪の曲線に沿って付けられた特有のカーブがとても好評で、作り手が思っている以上に技術や品質に対しての信頼が高いことが判明しました。

 

 

このカーブの技術をさらに進化させ、もっと高品質な製品を作りたいと考えたのが社長の柄沢良子さん。先代社長の他界を機に、家業存続のため高校教諭から経営者へと転身。燕市の補助金制度「平成24年度新商品新技術開発支援事業」に応募することから制作がスタートした「シャイニーシリーズ」爪ヤスリは、大きな注目を集めることとなりました。

 

96歳の現役職人、岡部キンさんの技術。

ヤスリの出来栄えを左右するのが、「目立て」。これはヤスリの表面に溝を刻んでいく工程のことをいいます。ミシンのような機械を操り、1本1本の溝が手作業で刻まれていく作業は、まさに職人技。全自動とは違い、すべてを自らの意思で決めなければならないアナログ機械での作業です。見た目ではわからないものの、目の深さはマイクロスコープで覗くと不揃いになっていて、その差異が手作業ならではの引っかかりを生み出し、「柄沢ヤスリ」特有の削りやすさに繋がっているのだそうです。

 

 

「柄沢ヤスリ」には、現在、5人の目立て職人がいます。その中でも最高齢なのが、96歳の岡部キンさん。「シャイニーシリーズ」の爪ヤスリの目立ては、岡部さんが専属ですべてを手掛けています。爪ヤスリは斜めに交差している下目2本、平行に入っている上目1本の計3本からなるのが特徴。下目は別名・捨て目ともいわれ、爪を削るのではなく横滑りを防いだり、切り粉を排出する働きをしています。つまり、爪ヤスリの命は上目なんです。その上目の荒さ、深さ、下目とのかみ合わせのすべてを試行錯誤しながら決めるのもベテラン職人の岡部さんの仕事。

 

昔からヤスリ職人の業界では「ヤスリの技術は盗んで覚えるもの」というのが慣例。基本だけを教えられ、自分で覚えていくしかない環境に、職人によっては他の工場まで出向き学ばせてももらうことも珍しくはなかったそうです。岡部さんもそう。「他の職人と競い合いながら、どうしたら上手く行くのかを夜な夜な考え、朝が来るのが待ち遠しいほどにヤスリに魅せられていた」。とはいえ、職人不足で工場の閉鎖が続くのが現状。「盗んで覚えろ」と若い世代に言っている余裕はありません。これまでの技術を絶やすまいと、今では岡部さんが先陣を切って今まで培ってきた熟練のノウハウを惜しげなく若い職人に伝えています。

 

素晴らしい職人と働いていたと気づかされたマスコミのチカラ。

さて、岡部さんの職人技で誕生した「シャイニーシリーズ」の爪ヤスリ。協力会社からのアドバイスでは、プレスリリースを出すべきだとありましたが、完成当時、柄沢社長は乗り気ではなかったそうです。渋々プレスリリースを出してみたところ、掲載されていた岡部さんの写真に注目が集まり、テレビ局や新聞社からの取材依頼が次々に舞い込んできました。

 

「こんな零細企業なんて相手にされるわけないって思っていました。すると90代の職人がいることに注目が集まって、とにかく驚きました。だって、何年も一緒に働いているから岡部さんは私たちにとってはいるのが当たり前なんです。それに、96歳とは思えない若々しさでしょ?39度の高熱があっても、納期があるからと手を休めないんですよ」と柄沢社長。

 

 

さまざまなメディアで紹介され、全国区でも有名となった「柄沢ヤスリ」。ベテラン職人の岡部さんもそう。初詣など大勢の人たちが集まる場に出向くと、見知らぬ人から握手を求められることもあるんだとか。さらには全国から「岡部さん会いたい」と工場を訪れる人も続出。ヤスリの技術の価値が再発見され、高く評価されたのです。とはいえ、今なお職人不足の問題は解決されてはいません。「柄沢ヤスリ」でも人手不足解消のために一部を機械化するなどして対応しているのが実情です。

 

素晴らしい技術があるからこそ、人々のさまざまな暮らしが成り立っています。ヤスリという素晴らしい伝統技術を後世に残すべく、金属加工をはじめ、鍛冶や木工などの技術が集まるモノづくりの町・燕三条で開催されているイベント「燕三条 工場の祭典」に、「柄沢ヤスリ」は今年も参加するそうです。目で見て、肌で感じて、ヤスリづくりの技術を目に焼き付け、何かを感じ取ってもらえたらと思います。

 

 

柄沢ヤスリ

新潟県燕市燕598-5

0256-63-4766

HP


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