村上市坂町にある和食料理店「旬菜懐石 拓(たく)」。Thingsでご紹介した「天ぷら斉藤」さんが「同じ坂町にすごく美味しい和食店がある」と教えてくれたお店です。店主の川崎さんが独立したのは26歳。その後、お店をリニューアルし、現在はコース料理のみ(要予約)というスタイルで営業しています。その理由や献立を組み立てるときの考え方など、いろいろとお話を聞いてきました。
旬菜懐石 拓
川崎 拓海 Takumi Kawasaki
1980年村上市生まれ。東京の料亭「新ばし金田中」などで修行し、23歳のときに地元に戻る。胎内市の和食店「竹膳」、村上市の「旬の閃き 柳庵」で経験を積み、26歳で独立。「旬菜懐石 拓」をオープン。2022年に店舗をリニューアル。2020年度ミシュランビブグルマン獲得、2023年度新潟ガストロノミーアワード特別優秀賞受賞。
――川崎さんが、これまでどんなふうにキャリアを積んでこられたのか教えてください。
川崎さん:高校生の頃は陸上をやっていました。大学では箱根を走りたくて、山梨学院大学に進学するつもりでした。でも怪我をしてしまって。それでこの業界に入ったんです。
——かなり優秀なランナーだったんですね。どうしてお料理の世界を選んだんですか?
川崎さん:アパレルの勉強をしようかなとも思ったんですけど、専門学校の募集期間が終わっていたんですよ。身内の紹介で千葉のホテルに料理人として就職したのが、この業界のスタートです。
——そのときは、どうやって気持ちを切り替えたんですか?
川崎さん:それほど気にしていませんでしたよ。陸上がダメなら別の道を極めればいいかなって。
——その向上心、さすがスポーツ選手です。
川崎さん:とはいえ最初から熱意に溢れていたわけじゃないですよ。日本三大料亭のひとつ「新ばし金田中」でこの世界の奥深さに触れ、だんだんと料理がおもしろくなったんです。「新ばし金田中」は食材から使う道具、器、設え、何から何まで日本の最高峰のお店です。修業した3年間は、いい経験になりました。当時の影響もあって、「拓」では器や道具、設えにもすごく力を入れています。でも新人だった頃は、親方がいろいろ教えてくれても右から左でしたね(笑)。運転手として毎日、親方と一緒に築地を訪ねていた頃が懐かしいな。
――新潟に戻ってからはどうされたんですか?
川崎さん:胎内市の「竹膳」さん、村上市の「旬の閃き 柳庵」さんにお世話になりました。独立したのは26歳のときです。今思うと、雇ってくれた親方たちの人柄に感謝ですよね。皆さんからすごく可愛がってもらいました。料理人の修業時代は「厳しい」ってイメージがあると思いますけど、私はあまり怒られた記憶がないですもん。
——教える風土があるいい環境にいらしたんですね。それにしても26歳で独立とは、お若いときに決断したんですね。
川崎さん:「自分の店をやるんだ」って、ずっと心に決めていましたから。今の店舗は、2年前に改装したんですよ。
——入店してあまりの優雅さにびっくりしました。厳かな印象も受けました。
川崎さん:そう感じてもらえたのならよかったです。2020年度のミシュランビブグルマンを獲得したんですが、以前の店舗形態ではそれが手一杯だなと思いまして。それで改装に踏み切ったんです。お店を新しくして、コース料理一本に絞って勝負しようと思ったんですよ。これまではお料理のアラカルト注文もお受けしていましたけど、もっと料亭のようなお店にしようって。
——ミシュランを獲得したのに、満足されなかったんですか。
川崎さん:むしろ「屈辱的な悔しさ」でしたね。知っているお店で星を獲得しているところもありましたから。僕は負けず嫌いなんですよ(笑)
——それにしても改装するなんて、思い切ったご判断だったのではないですか。リニューアルしたのは2022年だから、コロナ禍の影響があったと思うんです。
川崎さん:考える時間がありましたから、「逆にチャンスかな」と思ったんですよね。もっと突き詰めたものをやりたいという気持ちが拭えなくて。守りに入るのは簡単ですけど、攻めるってなかなか大変じゃないですか。「攻め続けたい」と、今でも思っています。リニューアル後は、お客さまの8割が県外からいらっしゃる方、もしくは海外の方です。
——コース料理はどんなふうに組み立てているんですか?
川崎さん:季節や物語を考えて組み立てます。旬の素材って、時期によって呼び名が変わるんですよ。市場に出回りはじめたばかりの食材を「走り」、それから「盛り」、「名残」と言います。ある食材の「走り」と別の食材の「名残」を器に盛って、季節をつなげるように表現したり、料理の「強さ」のバランスを整えたりしますかね。食材を手に入れるために自分で山に入るときもあれば、漁師さん、生産者さんのもとを訪ねることもしています。県外の方が多くいらっしゃるので、なるべく地元の食材を使うようにしています。9割は村上のものです。
――だいたいどれくらい先の献立まで決めるものですか?
川崎さん:入ってくるもの、獲れたものによって変えるので、毎日、もしくは2日にいっぺんくらいでしょうか。固定のメニューはひとつもなくて、仕立ては日々変えています。
――2023年には新潟ガストロノミーアワードで受賞をされました。
川崎さん:「今まで差をつけられてきた皆さんに並べたな」っていうところまで辿り着いた実感がありました。すごく嬉しかったです。
――どういう思いでお料理に向き合ってこられたんでしょう。
川崎さん:常に真剣勝負、常に真摯に向き合う気持ちでやってきました。でもこう思えるようになったのは、30代後半くらいからかな。それまでは「ただがむしゃらに頑張ろう」って気持ちでした。料理を突き詰めて、もっとしっかりやっていきたいなって思えたのは、ある程度年齢を重ねてからですね。
――ご自身の表現したいものが、お料理に反映されている実感はありますか?
川崎さん:今は、そうできていますね。でも僕らだけではなく、生産者さんがいなければ成立しないと思っています。
――ひとつの目標であったお料理の賞で認められました。今は何を目標に掲げていますか?
川崎さん:新潟を売りにして、全国的に勝負できるお店を作りたいと思っています。目指しているのは、村上のものを全国の皆さんに知ってもらったり、発信したりできるお店です。
旬菜懐石 拓
村上市坂町1773-2
TEL/0254-62-7478
※ランチ、ディナーいずれもコース料理のみのご案内(要予約)