New Eyes Niigata #03 樋口笑美

New Eyes Niigata

2025.12.25

目に映るもの、出会う人、そして日々の生活……海外から新潟にやってきた人たちは、今、この街でどんなことを思い、感じているのでしょう。新シリーズ『New Eyes Niigata』では、海外出身の皆さんが歩んできたこれまでの人生の物語を振り返りながら、彼らが「新潟」という新しい環境で見つけた、小さな発見や気づきをお伝えしていきます。

 

第3回目は、台湾・高雄出身の樋口笑美さんです。30年前に十日町へ移住し、旅行代理店でのキャリアを経て、故郷の高雄で新潟の物産販売をはじめました。現在は、新潟のお米で作ったおにぎりや日本酒などを販売し、両地域の架け橋となる活動もされています。大好きなふたつの故郷をつなぐために活動する樋口さんの、熱い思いやこれまでの道のりについて、お話を聞いてきました。

 

 

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu

 

30年ぶりの故郷で挑む、新潟の物産販売。

――はじめに、高雄(タカオ)について教えてください。

樋口さん:台湾の南部にある港湾都市です。世界トップクラスの大きな港があって、昔から貿易が活発です。新鮮な魚やフルーツもたくさん取れます。採れたての生のマンゴーって食べたことありますか? ぜひ一度食べてみてほしいです。甘さも瑞々しさも全然違うから(笑)

 

――それは気になりますね(笑)

樋口さん:本当はライチも食べてほしいんだけど、収穫してから鮮度が落ちるまで早いんです。日本にあるライチの大半は冷凍していて皮の色が茶色ですが、本来は皮が赤くて、すごく甘くて瑞々しいんですよ。

 

 

樋口さん:今日は本場のライチからつくられた蜂蜜を用意しました。もうひとつは龍眼(リュウガン)という果物からつくった蜂蜜です。龍眼の食感はライチと似ていて、漢方薬でも使われる果物です。どちらもパンやヨーグルトにかけても美味しいので、お土産に持って帰ってください。

 

――ありがとうございます。龍眼は日本で見かけない果物ですね。

樋口さん:暑い地域で作られる果物なんです。台湾は年中、朝から30℃あって、昼間に38℃くらいになります。

 

――じゃあ樋口さんが十日町ではじめて冬を体験したときは、すごく寒く感じたんじゃないですか。

樋口さん:そうですね(笑)。でも、台湾にいたら絶対に感じることはなかったので、とても感動しました。

 

――そもそも、どんな経緯があって十日町で暮らすことになったんですか?

樋口さん:ここへ来る前は東京で働いていたんですが、結婚をした半年後に、夫が会社から九州へ転勤に行くよう言われたんです。でも私たちは九州に行く気はなかったので、夫の故郷である十日町へ戻ることにしました。

 

――十日町へ来たときの最初の印象って覚えていますか。

樋口さん:すごく田舎だなって思いました(笑)。高雄では20時からみんな外へ出かけるのに、十日町だともう静まり返っていて。ただ、空気は本当によい場所だなって思いました。中国語に「世外桃源(俗界を離れた仙郷)」という言葉があるんですが、本当に神様が住んでいそうな場所みたいだなと思ったんです。

 

――こちらへ来てからはどんなお仕事をされていましたか?

樋口さん:夫は東京での仕事を個人ではじめて、私はJTBの代理店に就職しました。最初は事務や経理の仕事をしていましたが、だんだん日本語も上達して、ツアーの案内もするようになりました。その中で、地理や歴史の勉強もたくさんして、「旅行管理者」という企画から現場管理までを行う旅程管理の資格も取りました。

 

――仕事を通じて新潟や十日町について深く知ってくわけですね。現在は、高雄で新潟のお米を使ったおにぎりを販売されていると聞きました。

樋口さん:旅行代理店に30年ほど勤めた頃、コロナ禍で、旅行の窓口が閉鎖されてしまったんです。経理の仕事に戻ったものの自分の性に合わず、退職を決めました。その後、観光協会の方に「自分で会社を設立してみたら?」と背中を押されて。夫と話し合い、台湾で十日町の物産を販売してみようということになったんです。物産に興味を持ってもらえれば、「新潟に行ってみたい」という人たちが現れて、観光ツアーもできるんじゃないかと。

 

――そこから高雄での商いがはじまるんですね。

樋口さん:最初は台北(タイペイ/台湾の首都)で市場調査をしたんですが、すでに日本の企業が溢れていて、すぐに埋もれてしまうと思いました。その後も調査を続けて、最終的に高雄にたどり着きました。

 

――高雄は樋口さんの地元ですよね。他の街に比べてやりやすさはありましたか?

樋口さん:それが、高雄を離れてから30年以上経っていたので、いろんなものが変わっていました。頼る人もいなかったので、日本台湾交流協会へ行って、「所長と話をさせてください!」と飛び込みでお願いしました。そしたら所長が新潟出身の方で、私たちの話を親身に聞いてくれて。そのとき、富裕層の多い美術館の周辺を勧めてもらって、2021年にお店をスタートしました。

 

大好きなふたつの故郷をつなぐ、樋口さんの挑戦。

――いまはお店も大繁盛しているそうですね。最初から順調でしたか?

樋口さん:全然(笑)。最初は日本のおにぎりと言っても、誰からも反応してもらえませんでした。そこで夫が毎日、朝から晩まで店の前に立って看板を持ちはじめたんです。表には「美味しい日本のおにぎり」、裏には「たくさんの味があるよ」と書いて。はじめは「おかしい人だな」と通り過ぎられていたんですが、夫はめげずに看板のメッセージを変えていきました。

 

――たとえば、どんなふうに?

樋口さん:月曜日の朝、みんな仕事や学校に行きたくなさそうな顔をしているのを見て、「がんばれ仕事」「がんばれ授業」と書いたんです。すると、みんなが興味を持って話かけてくれるようになって。

 

――コミュニケーションのきっかけになったんですね。

樋口さん:大きな変化があったのは、2024年に大きな台風が来て、街中に被害があったときでした。私たちも大変でしたが、もっと辛い思いをしている人たちのために「高雄がんばれ」「みんながんばれ」という看板を出しました。それを見た人が涙を流すほど感動してくれて。その評判を聞いたテレビ局やブロガーさんが紹介してくれたおかげで、お店に行列ができるようになったんです。

 

――樋口さんご夫婦の「高雄の人たちの力になりたい」という思いが届いたんですね。現地の方はおにぎりを食べてどんな反応をされますか?

樋口さん:「美味しい」とみんな言ってくれます。秘訣は、「水」なんです。高雄の水は硬水ですが、うちで使っている新潟の水は軟水なんですね。販売しているおにぎりの値段は現地のコンビニの倍くらいしますが、「子どもには美味しいものを食べさせたい」という親御さんたちがたくさん来てくれます。

 

――お店では、他にどんなものを販売しているんですか?

樋口さん:いろいろありますが、日本酒も人気です。特に「山田錦」と「五百万石」をかけ合わせてつくった「越淡麗」について説明をすると、「新潟に行って飲んでみたい」って、たくさんの人が興味を持ってくれるんです。

 

――ストーリーを伝えると、お客さんの反応も変わりますね。

樋口さん:私は新潟の職人さんたちの「ものづくりへの姿勢」にいつも感動しているんです。みなさん、お金のためだけじゃなくて、「いいものをつくりたい」というプライドと愛情を持っていますよね。その姿を見ると、「この素晴らしいものを絶やしたくない」と強く思うんです。

 

――今日は、樋口さんが大切にしている台湾のものもお持ちいただいたんですよね。

樋口さん:はい。これは台湾の原住民の方の工芸品であるブレスレットです。この柄には「勇気」という意味が込められています。

 

 

樋口さん:学生時代、夏休みになると友人と一緒に、原住民の子どもたちに勉強を教えるボランティアをしていたんです。私たちが教えに行くと、目をキラキラさせて喜んでくれて。その頃の気持ちを忘れないように、今も持っています。

 

――素敵なエピソードですね。

樋口さん:スタッフの中にも原住民の血を引く子がいて、最初は自信がなくて誰とも喋らなかったんです。でも、私が「よくできたね」と伝えているうちに、少しずつ自信がついてきて、今ではみんなと笑顔で話せるようになりました。スタッフが自信を持って社会に出られるようにサポートするのも、自分の役目だと思っています。

 

――こちらにある、虎の置物は?

樋口さん:寅年のときにもらった商売繁盛の貯金箱です。台湾では、干支の置物や縁起の良いものを玄関に飾る習慣があるんです。沖縄のシーサーと似ているかもしれません。

 

 

――ちなみに、新潟と台湾で似ているなと感じるところはありますか?

樋口さん:うーん、ないですね(笑)。新潟の人は、慎重派で「石橋を叩いて渡る」タイプが多い気がします。でも台湾の人は、楽観的で「思いついたらすぐやろう!」という人が多いんです。どちらにもよいところがあって、私はその両方をミックスしたいんです。

 

――両方のよさを知っている樋口さんだからこそ、できることがあるのかもしれませんね。最後に、これからの目標や展望を教えてください。

樋口さん:ありがたいことに、いまは台湾のさまざまなところから「出店しませんか」というオファーをいただいています。でも、まだそのときじゃないと思っているんです。急いで広げると、いちばん大切な「品質」と「サービス」が落ちてしまうから。せっかく夫が毎日看板を持って作り上げてきた信頼を、簡単に壊したくないんです。まずは、いまのスタッフたちが一人前になって、彼らが独立して店を持てるようになるまで育てていきたいです。

 

 

――人を育てることが、結果としてお店や味を守ることに繋がるんですね。

樋口さん:最終的な目標は、お店を増やすことじゃなくて、ここを「観光の拠点」にすることなんです。高雄のお店で新潟の文化に触れて、「新潟に行ってみたい」と思って、実際に新潟へ来てもらう。そうやって、私の大好きなふたつの故郷を、たくさんの人の往来でつなぐことが、私の夢ですね。

 

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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