僕らの工場。#3 桐箪笥の現在地「野本桐凾製作所」

加茂の桐箪笥の新しい挑戦。「野本桐凾製作所」の過去・現在・未来。

新潟県を代表する名産品・加茂の桐箪笥(たんす)。経済産業大臣指定 伝統的工芸品のひとつであり、その歴史は220年前までさかのぼります。婚礼家具、高級家具として知られ、現在でも全国シェアの約70%を誇るそうです。今回は「加茂桐箪笥」を作っている「有限会社野本桐凾(きりはこ)製作所」さんの工房を見学して、これまでのものづくりや取り組みについてお聞きしてきました。

 

有限会社野本桐凾製作所

野本剛 Tsuyoshi Nomoto

代表取締役。1956年生まれ。職人として一流の技術を持ちながらも、時代の流れや仕組みに臨機応変に対応し新しいことへの挑戦をしつづける3代目。

 

超高級品の桐箪笥を、量産仕様の規格商品に。

有限会社野本桐凾製作所は、1947年に桐箱屋として創業しました。「私たちは桐箪笥ではなく、最初は桐箱屋職人集団だったんです」と野本剛さん。当時、燕や三条では茶道具、器物が有名で、その商品の入れ物として桐箱の需要がありました。

 

ところが時代の変遷とともに器の入れ物は海外生産のものが使われるようになり、次第に受注は減っていきます。平成がはじまった頃、当時は珍しかった通信販売系の企業から、「桐箪笥を手頃な価格で作れませんか?」というオファーが舞い込みます。この話に乗る決断をしたのが、当時3代目になったばかりの剛さんでした。

 

 

しかし、桐箪笥といえばそもそも超高級品。婚礼用家具が中心の完全フルオーダーメイドで、規格商品という概念がありませんでした。そこで剛さんは、桐箪笥の研究をはじめます。桐箪笥としての特徴を残しながらも量産できる仕様を前提とし、価格を抑えながら規格商品として完成させていくのです。

 

商品のヒット、組合への加入、技術力の向上。しかし…

そして、いよいよ販売開始へ。東北六県を中心に販売を開始されたその商品は、売り出した途端に想像以上の反響を得て、大ヒット。大手百貨店からも声がかかるようになります。それからの10年は順調に販路を拡大し、売上を伸ばすことに成功します。

 

ところが時代はやはり変わっていくもの。生活様式の変化や海外製品の参入によって業界全体が縮小傾向に。野本桐凾制作所の受注も減少し、苦しい状況に追い込まれていきました。

 

 

とはいえ、そんな中でも職人的な技術力は着実に磨き上げられていきました。平成17年、会社は「加茂箪笥組合」に加入します。「桐箪笥を通販で販売していた当時は、正直、箪笥組合からは良く思われていなかった。やっぱりそこには、桐箪笥の知識も勉強もしてないのに…というふうに認識されていたんだと思います。だから組合にも入れなかった。でもタイミングもあって正式に組合に参加することになりました。」と剛さん。実績を積み重ねた結果としての組合への参加となり、これにより有限会社野本桐凾製作所は晴れて「経済産業大臣指定 伝統的工芸品『加茂桐箪笥』製造工場」となります。

 

そして平成23年、剛さんの右腕である野本光男さんが、卓越した技術と知識・経験を持つ職人の称号である「伝統工芸士」を取得します。ミリ単位の正確さが求められる超難関試験に見事合格。実はこの資格、加茂市でも現在16人しか持っていない凄い称号なのです。業界でも認められ、伝統的な技術力も加わり実力派の桐箪笥製造工場となった、有限会社野本桐凾製作所。しかしながら、業界全体の不景気、そして過当競争が変わることはありませんでした。

パリの見本市でのショッキングな光景。

組合に参加して3年目。剛さんの「職人観」が変わる出来事が起こります。それは、パリの世界最高峰のインテリアデザイン関連見本市「メゾン・エ・オブジェ」に参加したときのこと。「このときの私たちは散々な結果でした(笑)。ヨーロッパを中心に各国からバイヤーさんが来るんですが、彼らは文化として服を棚に片付ける風習がなかったんですね。でも最も『これじゃダメだな~』と思ったことは別にあって、ちょうど目の前のブースがインドネシアだったんですけど、そこの見せ方が、『機械でガンガン作って大量生産しています!だから安い!』という打ち出し方で、一方のこちら側は職人を全面に押し出した見せ方、『だから高いんです!』って。結果、インドネシアの方はバンバン売っていて、こちらはガラガラという感じでした。そのときは、やっぱりそういうことなんだろうな、と強く感じましたね。」(剛さん)

 

職人技術を活かしながらも、効率的にできる仕組みづくりへの挑戦。

ただ職人がひたすら作るだけでは太刀打ちできない…そんな失意の中、剛さんは「NC複合加工機」を購入する決断をします。「伝統工芸の生産を機械化する、という考えでこの機械を購入するための助成金の申請をしました。もちろん職人技術をなくそうということではなくて、やはり細かい部分や桐の特性を知っている職人でなければできないことも多いのですが、すべて手作業ではなく、機械を使って効率的にできる部分は機械の力を借りようと。実際に8/1の効率で作業が進めることができるようになって、いままで実現できなかった形や商品にも対応できるようになりました。」(剛さん)

 

 

そのタイミングで転機が訪れます。コーヒー総合機器メーカーの「Kalita」から、桐を使ったコーヒーミルの商品開発を相談されたのです。「これは、まさにこの複合加工機がなければ実現できなかった商品ですね。まず、とにかく計算された構造に対応しなければいけない商品でした。たとえば、コーヒー豆を粉砕する際の基準が非常に厳しくて、私たちはその土台となる桐箱の部分を制作しているのですが、数えきれないくらい試作を重ねて、寸法が決まっていくんです。その寸法が少しでも違えば商品として成り立たなくなるので、手仕事でも可能なのですが、とても現実的な生産量にはならない。ただ、この複合加工機で、寸分の狂いなく切り抜き加工ができることで、量産体制が実現できました。」そして誕生したkalitaの「桐モダンシリーズ」。桐箱の技術や箪笥特有のディティールがデザインとして組み込まれたこのコーヒーミルは、kalitaの人気商品となります。

 

時代の要求に応えていくことの大切さと、職人としての誇りを胸に。

機械を導入し効率化に成功したことで生まれた時間を活用し、剛さんは自社製品の開発に挑戦していきます。「補助金制度の中に、フォローアップ事業の専門家派遣っていうものがあって、『自社商品を作ってみませんか?』って言われたんです。でも、私たちは形にできても、考えるのが苦手で。そこで、デザイナーさんを紹介してもらってできたのが『想ひ凾』という商品です。」この「想ひ凾」は、昔から桐箱が持っている「大切なものを入れておく」というイメージをそのままに、飾り棚の要素を追加したもの。この箱の特徴であれる流線的にカットされた開口部分は、まさに複合加工機械が実現したものでした。2018年、この商品が「ニイガタIDSデザインコンペティション」で審査員賞を受賞。メディアに掲載されたり、SNSなどでの口コミが拡がり、多くの人に商品や技術力が認められることになります。

 

今後の展開について剛さんはこう語ります。「やっぱり、みんなに知ってもらえなければ始まらないということを実感しました。この『想ひ凾』の企画からPRまで、本当に多くの方に助けられ、関わっくれた皆さんが一生懸命、一緒になって考えてくれたことに感謝しています。今後の展開としては、やっぱり桐職人としての技術大切にしながら、時代の要求に臨機応変に対応していきたいですし、自社商品の開発も進めていきたいと考えています。実際、製造機を導入し技術をPRしたことで『こんなことも出来るんですか?』って今までお付き合いがなかったような業界の方からお声を頂き、桐以外の製造まで依頼を頂戴しています。そこには、職人としての経験や勘、製造機による量産体制があって実現できたことなので、その両方を大切にこれからも挑戦し続けていきたいですね。」

 

有限会社野本桐凾製作所

加茂市青海町2-14-7

0256-52-1513

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