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「部屋と人。#105 勉悠」

部屋とは、そこで暮らす人の暮らしぶりや趣味嗜好、人柄までもが現れる唯一無二の場所。似ている部屋はあっても、おそらくこの世に全く同じ部屋はひとつも存在しません。「この人ってどんな人なんだろう、どんなものが好きなんだろう」。その答えがきっと部屋にはあります。Thingsの新シリーズ『部屋と人。』では、私たちと同じ新潟に暮らす人たちの、こだわりの詰まった「自分の部屋」をご紹介します。

 

第5回は、南魚沼にある「槻岡寺」で住職を務めている勉悠さんのお茶室です。塩沢駅から車で10分、山の麓にあるお寺の一室を昨年リノベーションしたこのお茶室は、勉悠さんが定期的にお茶会を開いている場所でもあるんだとか。お茶室と聞いて思い出したのは千利休が作ったとされる茶室「待庵」。今回はきっと和室だろうと思いながら部屋へ案内をしてもらうと、そこには従来のお茶室のイメージを覆してくれるような意外な空間が広がっていました。

 

 

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu

 

――今日は、昨年10月にできたお茶室を紹介してもらえるということで楽しみにして来ました。ここではお茶会もやっているということですが、実際どんなことをしているんですか?

「もともと茶道というのはお茶を飲むだけではなく、その場にいる人たちで美術を楽しむという目的もあります。お茶会によっては、庭を通るところからはじまるなど少し内容は変わりますが、ここではまず部屋に入っていただき、炭を直してからお湯を沸かします。そのあいだ『沈香』と呼ばれるお香を焚いたり、食事をお出ししたりしてお客さまをもてなします。その後お客さまには休憩室へ移動していただき、亭主が部屋に飾ってある掛け軸を別のものに変えてから、みなさまをもう一度お呼びして全員でお茶を飲むという流れになっています」

 

――茶道で美術を楽しむというのは鑑賞をするだけじゃなくて、お茶を飲むまでの過程一つひとつを楽しむという意味があるんですね。お茶会で食事が出ることも知りませんでした。

「そうですね。うちでは掛け軸を外したあと花を置くことが多いのですが、部屋の印象が180° 転回するくらいの変化があります。それと、お茶では使用する道具類もすべて美術品となります。食べ物やお茶が入っている器、茶会で使われるお道具を見ていただくのも非常に面白いかと思います」

 

――ところで勉悠さんはもともとインテリアに興味があったんですか?

「趣味は多いほうで、若いころからインテリアも好きでした。出家をしてから日本文化について深く学ぶようになり、暮らしそのものにも興味を持つようになったんですね。それから生活の歴史や建築に関する本をいくつか読みましたが、谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』という本を読んでからは、暮らしから感じ取れる芸術と美術について自分でも考えるようになりました」

 

――今回はどうしてお茶室を作ろうと思ったんですか?

「出家をしてお茶に触れるようになってから『現代家屋のなかでどんなふうにお茶室を表現できるだろうか』と考えるようになったんです。実はお茶室にはいくつかの決まりごとがあって、現代の住宅や建築のなかでそれらを実現することは構造上難しいんですね。もし仮に作ろうとしてもかなりの費用がかかってしまいます。そういった事情を踏まえて考えてみた結果、『机を使ったお茶室』を作ろうということになりました」

 

 

――お茶は畳のうえで行っているイメージがありますが、どうして「机を使ったお茶室」という答えになったんでしょうか。

「一般のどんなご家庭でもお茶ができるようになれば良いなと思ったんです。住職になる前の修業期間中、千利休に関する書物を読むことがあったんですね。それによると千利休は本来『誰でもお茶を楽しめるように』という志を持ってお茶に向き合っていたそうです。その志を学ばせてもらって、どんな生活スタイルの人でもお茶が楽しめるような方法を考えてみたところ、『机を使う』というアイディアに行きつきました」

 

――じゃあこのお茶室は勉悠さんの理想が具現化された場所なわけですね。この部屋になにかコンセプトとかはありますか?

「ひと言で表すと『光が視える茶室』というのがこの部屋のコンセプトになります。もともとは白い壁紙の一般的な家屋だったのですが、ある日お茶を点てていて『陰影が少なく全てのものが見え過ぎている』と感じたんですね。それならばいっそのことすべて黒く染めてみてはどうかと考えたんです。以前と比べて部屋に入ってくる光がどこまで伸びているのかよく見えるようになり、陰影がより一層際立つようになりました」

 

――そういえば、この部屋には照明がありませんね。

「はい、自然光を最大限活かした部屋作りをしたかったのですべてなくしました。窓から入ってくる光量によって、お茶碗や壁に飾ってある絵、部屋全体がいろんな表情を見せるんです。ここでは黒を基調として、時間ごとにものが変化していく様子を表現できたらなと考えています」

 

――お茶室を作るにあたって参考にした空間とかってありましたか?

「ふたつあって、ひとつ目は千利休の2畳のお茶室『待庵』です。無駄を省いた、狭いけれど不思議と広くも感じる待庵の空間を取り込みたく参考にしました。ふたつ目は現代アーティストのジェームズ・タレル、十日町の『大地の芸術祭』にある『光の館』の制作者ですが、以前に安藤忠雄が設計した『地中美術館』に展示されたタレルの作品を見て光の扱い方に衝撃を受けました。どちらも私が目指すお茶室を作るうえで大きな影響を与えてくれました」

 

――それではお茶室にあるこだわりのものについても教えてください。

「まずは壁に掛けられているこちらの絵画です。絵の内容は季節やいらっしゃるお客様によって変えていますが、本日はイタリア在住の日本人の方が描かれた現代画を選びました。実は茶道の在り方というのは、江戸時代の中期から後期のあいだでスタイルがほぼ定まっているんですね。スタイルが完成していることはすごいことですが、新しいモノを受け入れる余地がないともいえます。私は現代のものを取り入れないのは勿体ないと思っているので、古今問わず自分の良いと思った絵を飾るようにしています」

 

 

「次はこのお茶室に不可欠な机です。こちらは以前から親交のある長岡在住の方に作っていただきました。お茶室はとことん無駄を省いた内装というのが特徴のひとつとなりますので、机のデザインもシンプルで無駄のない形で要望を出しました。それと茶道では大切なものを扱うことが多いですから、道具類が傷つかないよう柔らかい木材である杉を使っています」

 

 

――ちなみに、最初のお話しで出てきたお客さまが移動される休憩室ってどんな部屋になっているんですか?

「実は、いま休憩室として使っているこの部屋で以前はお茶会を開いていたんですよ。中央にある机はDIYで作りました。壁に掛けられている掛け軸は先ほどの絵画と一緒で部屋の顔となります。移動されてきたお客さまが目にするものですし、今日はどんなお茶会になっていくのか想像する暗示でもあるので内容の選び方はとても重要となります」

 

 

「休憩室でもなるべく自然光のみで過ごしていただいていますが、夜に行うお茶会『夜咄(よばなし)』を開くときは蝋燭や間接照明を使って明かりを灯すようにしています。この電球は『エジソン電球』と呼ばれるもので、愛知県にある明治村へ行ったときに一目惚れして愛用しています」

 

 

――日本文化に触れていくなかで、勉悠さんのなかで変化したことはありますか?

「実は出家をする前はバンドを組んでいたこともあって、その頃は『Nirvana』とかゴリゴリのハードロックを演奏していたんですよ。演奏しているときの状態というのは、ハイになりますし楽しいですよね。ですが、外へ向けてずっとエネルギーを発せられるかというと難しいんです。うちは曹洞宗という宗派で日々よく座禅を行うのですが、自分が静かになることで周りのものがよく見えるようになり、音もよく聞こえてくるようになることを知りました。人は生活のなかで自然と外へ注意が向いてしまいます。しかし、静寂のなかに身を置くと、自分の内側に意識を向けられるようになって、それまで気がつかなかった新たな発見をすることにも繋がるんだなと学びましたね」

 

――最後に、今後こんな部屋にしていきたい、作ってみたいという展望があれば教えてください。

「お茶室を黒にしたので、将来的にはいま休憩室として使っている部屋を白いデザインへ変えてみようかなと考えています。内装を黒くすることで道具類がより立体的に見えるようになりましたが、白く明るい部屋ではフォルムより質感が際立ってきます。双方の良さを知っているからこそ、相対する部屋を作ってこれからも表現の幅を広げていきたいなと思っています」

取材をしているあいだにも、日の入り方によって部屋全体の印象が変わっていくのがよくわかりました。なかでも絵画と花の表情の変化は「こんなにも変わるのか」と見ていて楽しく、それはどこか、時間やタイミングによって感じ方が変わる音楽と似ている気がしました。情報社会の今と千利休のいた時代では、生活スタイルや過ごし方はかなり違います。ですが、忙しない生活に慣れた現代人にこそ、時間の移り変わりを楽しめるような空間が必要なんじゃないかな、そんなことを考えた取材でした。(byキタザワリョウ)

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