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元プロボクサーが運営する、アットホームなスポーツジム「不死鳥道場」。

以前取材させていただいた方から、キックボクシングをメインにしたスポーツジムを紹介していただきました。ジムの名前は「不死鳥道場(ふしちょうどうじょう)」で、運営しているのは元キックボクサー……。めちゃめちゃ厳ついイメージを抱きながら、代表の塚野さんを訪ねて新潟校の門を叩くと、気さくな男性がとびきり優しい笑顔で迎えてくれました。

 

 

不死鳥道場

塚野 真一 Shinichi Tsukano

1983年五泉市生まれ。18歳からキックボクシングをはじめ、自動車整備工場で働きながらアマチュアボクサーとして無敗の試合を重ねる。21歳でプロデビューし、33歳で引退するまでプロのキックボクサーとして日本チャンピオンを目指す。23歳で五泉市に「不死鳥道場 五泉校」を立ち上げ、続けて新潟校、佐渡校を開設。昨年からは地域サッカークラブ「不死鳥FC」もスタートする。趣味は釣りとサッカーで、ポメラニアン、猫、うさぎと楽しく暮らしている。

 

網膜剥離で引退するも、不死鳥のように復活する。

——あの……代表の塚野さんはおいででしょうか?

塚野さん:僕です。こんにちはー!

 

 

——あ、失礼しました。「不死鳥道場」なんて名前だから、どんなに厳つい人がやっているのかと思っていたんですけど、めっちゃフレンドリーな……

塚野さん:ありがとうございまーす(笑)

 

——失礼ですけど、塚野さんは本当にプロのキックボクサーだったんでしょうか?

塚野さん:そこまで疑います(笑)? あそこに掛けてあるのが、プロボクサーだったときの写真です。

 

——あ、本当だ。大変失礼しました(笑)。塚野さんがキックボクシングをはじめたきっかけを教えてください。

塚野さん:中学高校時代はずっとサッカーをやっていたんです。ある日、テレビで「K-1 WORLD MAX」の試合を観て、魔裟斗選手に憧れたのがきっかけですね。高校3年生でサッカー部を引退してからは、五泉にあるキックボクシング道場に通いはじめて、3カ月後に開催された高校生大会で優勝したんです。それで勘違いしちゃったんですね(笑)

 

——3カ月だけトレーニングして初出場した大会で優勝って、勘違いじゃなくすごいですよね。

塚野さん:そんなことないですよ。でもアマチュア時代は一度も負けたことがなかったので、ますます勘違いしちゃって21歳でプロデビューをしました。それから33歳で引退するまでの12年間は、プロとしてキックボクシングをやってきましたね。

 

 

——ずいぶん長い間プロキックボクサーを続けていたんですね。やっぱり減量ってするんでしょうね。

塚野さん:一度引退してから復帰したときは、ひと月で23kg減量しました。脂分と塩分は減らしますけど、トレーニングで使うだけのエネルギーは必要なので、ご飯やパンのような炭水化物はたくさん摂るようにします。朝昼晩と10kmずつ走り込んで激しいトレーニングを続け、終わってからは肉や野菜を摂取してリカバリーをするんです。

 

——「リカバリー」って何ですか?

塚野さん:トレーニングをすると激しい運動で筋組織が損傷して、それが修復される際に損傷前よりも筋組織が太くなることで筋肉が成長していくんです。そのとき修復するために必要な栄養を摂ることが「リカバリー」です。

 

——へぇ〜、食べなければいいってもんじゃないんですね。減量は辛かったですか?

塚野さん:がむしゃらに日本チャンピオンを目指していたから、辛さも楽しく感じていましたね。

 

——さっき「一度引退した」と言ってましたよね?

塚野さん:じつは二度引退しているんです。24歳のときに目の網膜が剥がれる網膜剥離になって、治療のために一度引退したんです。あと一歩で夢に手が届きそうなタイミングだっただけに、とても悔しかったんですよ。そこでトレーニングや減量に励んで、もう一度プロボクサーに復帰しましたが、26歳でまた網膜剥離になってしまって引退後にふたたび復帰をしたんです。

 

——二度も復帰しているなんて……。まさに「不死鳥」ですね。

塚野さん:ところが手術後は目の感覚が変わってしまうんです。遠近感がつかめなくてこっちのパンチは当たらないし、相手のパンチはもらっちゃうしで負け続けでした。勝てなくなってからは、応援してくれる多くのファンにも申し訳なく思っていましたね。最後にタイトルマッチをしたんですが負けてしまい、それで引退を決意したんです。

 

みんなで楽しく辛いことを乗り越えるスポーツジム。

——キックボクサーを引退してから「不死鳥道場」をはじめたんでしょうか?

塚野さん:23歳で立ち上げて、キックボクサーの傍ら続けてきました。最初は体育館のエレベーター前にあるわずかなスペースや、スイミングスクールのスタジオを空き時間にレンタルしてトレーニングをしていたんです。そのうち場所を確保することができたので「不死鳥道場 五泉校」を開設しました。

 

——五泉校だけじゃなくて、こちらの新潟校もあるし、佐渡校まであるんですよね。すごいじゃないですか。

塚野さん:道場以外でも、各地の公民館や体育館を借りてレッスンをやっていたんですよ。新潟市内のレッスンでもたくさんの方に参加していただいていたので、需要があるんだったら新潟校を開設してみようと思ったんです。佐渡校を開設したのは、佐渡に転勤したボクシングをやっている後輩のために、練習場所やコミュニティを作ってあげたかったのがきっかけなんですよ。でも佐渡には今までボクシングジムがなかったみたいで、地元の方々にはとても喜んでいただけています。

 

 

——なるほど。ところで「不死鳥道場」ってボクシングジムなんですよね?

塚野さん:実はプロ選手が4人いて、そのうちひとりは日本チャンピオンなんです。

 

——おおっ、すごいじゃないですか!

塚野さん:僕は彼らが努力するための場所を提供して、ちょっとアドバイスしているだけなので、間違いなく本人たちの努力の結果ですね。その子たちの努力する姿を見ながら成長して、背中を追う子たちも出てくるので、これからが楽しみなんですよ。

 

——へぇ〜。じゃあ会員はもちろん男性が多いんでしょうね。

塚野さん:ところが7割は女性会員なんですよ。キックボクシングはもちろん、フィットネスもやっていて、モットーは「みんな楽しく」なんです。ひとりだと運動できない人たちが集まって、お互いに楽しく支え合って運動できる場所になってほしいと思っています。

 

 

——ますます「不死鳥道場」っていう、厳つげな名前のイメージから離れていきますね(笑)

塚野さん:キックボクシングって「痛くて苦しくて辛い」イメージじゃないですか。でも、人間って楽しくなければ続けられないんですよ。だから「楽しくて辛くて楽しい」ものに変えて、楽しさのなかにちょっとだけ厳しさを挟んで、みんなで乗り越えることで成長につながってくれたらと思っているんです。

 

——「不死鳥道場」っていう名の由来をお聞きしていいですか?

塚野さん:「百折不撓(ひゃくせつふとう)」っていう言葉があるんです。「何度失敗しても、くじけない心」っていう意味で、僕のとっても好きな言葉なんです。頑張っているのに結果が出ない人もいると思うんですけど、僕は結果だけがすべてじゃないと思っています。頑張っている過程で学べることも多いし、そのおかげで仲間ができることもある。だから諦めずに何度も挑戦してほしいという思いを「不死鳥」という言葉に込めたんです。

 

 

——なるほど。そういう意味だったんですね。

塚野さん:僕自身、仲間に助けられて今までやってくることができたんです。だから僕も人の手助けをしていきたいと思っているんですよね。今後もキックボクシングだけじゃなく、運動嫌いでもできるような腰痛予防教室とか、学校の運動部活動に代わる地域のスポーツクラブ作りとかをやっていきたいんですよ。

 

——これからも、やりたいことがたくさんあるんですね。

塚野さん:そうですね。でも本当にやりたいのは、平和なカフェだったりするんです(笑)

 

——カフェをオープンしたら、また取材させてください(笑)

 

 

 

不死鳥道場 新潟道場

新潟市中央区下大川前通7ノ町2228

080-5057-1370

18:00-22:00

金日曜、祝日休

※掲載から期間が空いた店舗は移転、閉店している場合があります。ご了承ください。
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