「酷暑で野菜の育ちが悪い」「台風直撃で農作物に被害が及んだ」など、毎年のようにニュースで耳にします。それに加えて、昨年からの「令和の米騒動」。農業にまつわるいろいろな報道を見聞きする一方で、直接農家さんのお話を聞く機会は多くありません。そんなことを思って取材をお願いしたのは、西区「ひだか農園」の斎藤さん。農業に興味を持ったきっかけや、今でも忘れられない苦労など、新規就農者のエピソードをいろいろと聞いてきました。
ひだか農園
斎藤 日高 Hidaka Saito
1983年新潟市生まれ。東京農業大学卒業後に、スーパーマーケットに就職。高崎市と新潟市で農業を学び、2014年に独立。「ひだか農園」を立ち上げる。農業にも働きやすい職場が必要との考えから、就業時間を定め従業員とともに働いている。
――斎藤さんが農業をはじめるまでのことを教えてください。
斎藤さん:大学時代、長期休みを利用して農家さんのところにホームステイする部活動があったんです。仲間に連れられてなんとなく参加したのが最初だったんですが、農業生活が性に合ったんですね、4年間どっぷり部活動に励みました。
――面白い部活動ですね。
斎藤さん:仲間と賑やかにご飯を食べて、なんだか長い修学旅行みたいな感じでした。当時の農業って、暗いニュースが多かったんです。業界はいわゆる3K、きつい、汚い、危険と、とにかく大変というイメージが強くて。でも部活動で会う人、会う人、みんなが、私にはものすごく輝いて見えました。
――ほぉ。農業の先輩たちは生き生きしていらしたんですね。
斎藤さん:夕飯時に農家さんと、親とも話したことがないような話をするわけです。繁忙期に手伝いに行っているぐらいのものなので、年間を通してガチで農業をするってわけではなかったんですけど、それでも農業に魅せられました。「農業をやりたい」という意思は、大学時代に固まっていました。
――でも大学卒業後は、別業種へ進まれましたよね。
斎藤さん:5年間スーパーマーケットに勤めました。というのは、部活で会った農業の先輩たちが口を揃えて「何が売れるかわかった上で農業に参入してこい」とアドバイスをしてくれたからです。売れる品目を把握してから「農業ができる地域に行け」と。
――それでスーパーへ就職したんですね。確かに農業とは違う視点で、農作物を見ることができそう。
斎藤さん:もし農業を「継ぐ」場合は、ありがたいことに設備などがあるわけだから、それをどう生かすかという話になるんですけど、私たちのようなケースは何もない「ゼロ」の状態です。でも新規就農者のメリットは、地域を選べることにあります。その地域で何を生産するのか。「作りたい」ではなくて、「生計を立てていけるものを選ぶ」ことにあると、先輩方に教えていただきました。
――なるほど。
斎藤さん:たまに農業を「生き方」みたいに捉えている方がいますが、やっぱり仕事なのでお金にならないと意味がないんです。
――その後スーパーを退職して、いよいよ農業の道へ進まれますよね。
斎藤さん:その頃は、多品種生産した野菜を直売所へ持ち込んで勝負しようと考えていました。都市に近いところで農業をする「都市農業」です。それで知り合いがいる高崎市へ移り住みました。1年の研修を終えてから福島へ行こうとしたんですが、東日本大震災の影響で予定が狂ってしまって。それで、新潟に行ってみることにしたんです。
――新潟に戻ってこられたのは、そういった流れだったんですね。
斎藤さん:赤塚の研修先でいろいろと教えてもらいました。そちらの計らいで、今「ひだか農園」のある五十嵐のあたりの農地を紹介してもらいました。私は、研修先にとても恵まれて。尊敬できる師匠に巡り会えたこともすごく大きかったんです。農地の選定だけでなく、出荷先などの面倒も見てもらいました。
――「ひだか農園」さんでは、どんなものを生産されているんでしょう?
斎藤さん:春はそら豆、ジャガイモ、ヤングコーン、夏にとうもろこし、秋はさつまいも、冬は人参、ブロッコリー、キャベツなどを生産しています。ビニールハウスなどではなく、屋外の畑で生産する露地野菜農家です。
――海の近くだから、かなりの砂地ですよね。
斎藤さん:私も最初、赤塚の研修先で「こんな砂みたいな土地で農業ができるのか」と思いました。こういう土のメリットは、土砂降りでも水はけが良いので畑に入って作業ができるところです。要するに、冠水しにくい。その反面、夏場はスプリンクラーをフル稼働させても野菜が枯れてしまう場合があります。水と同時に肥料も抜けてしまうので、肥料の選び方と与える量にもポイントがあります。
――土地の特性によって、生産方法も変わるわけですね。
斎藤さん:師匠は親身になって「ひだか農園」のことを考えてくれたんですね。「しっかり自立させてやりたい」と、誰でも経営が成り立つような優良な農地を与えてくれたと思っています。
――「ひだか農園」さんでは、カラフル野菜を生産されていると聞きました。
斎藤さん:白、赤、黄色、紫の「カラフル人参」ですね。これは、何十年も農業に従事している先輩方にはどうやっても勝てない、師匠たちの背中には、どう頑張っても届かないと思って考えたんです。同じ土俵で戦っても勝負は目に見えているわけなので、ちょっと変化球で変わり種の野菜を作ってみました。
――敬意があるからこその取り組みですね。
斎藤さん:「ひだか農園」は大量に生産した野菜を出荷するスタイルではありません。そういう農業をしたくてこの道に進んだわけではなくて、作りたいものを作って、それが欲しいと言ってくれる人に届けられれば良いなと思っています。
――就農されて、ご苦労があったと思います。
斎藤さん:初年度、もう明日にも収穫できるというところまで育ったキャベツが、突然の雹(ひょう)に降られて全滅したことがありました。当然ですけど、天候被害に補助金などはありません。今なら気持ちの切り替えができるんですが、当時は気持ちが沈んだままでした。
――ダメージが大きいですよね……。
斎藤さん:この業界に限ったことではないですが、肥料、農薬、人件費とすべて先行投資しているわけです。それらを回収する前に、肝心の作物が全滅しちゃって。ここ数年の猛暑もなかなか辛かったですけど、やっぱり1年目の出来事がいちばん記憶に残っています。
――やはり天候リスクは割けられないのでしょうか。
斎藤さん:いろいろなリスクを考えた上で、野菜農家を選んだんですよね。設備投資が比較的少なくて済むし、極端な話、ずっと同じ作物を生産し続ける必要もありません。「来年はこれを作ってみようかな」と考えるのは、野菜農家のおもしろさでもあります。一方、果物などの場合は、木を植えてから何年間も実がならない上に、収穫までかなりの期間を必要とします。「台風の影響で収穫直前のりんごが落ちてしまいました」なんてニュースを見ると、果物農家さんは並の精神力ではないなと感服します。
――農業に就いてよかったと思いますか?
斎藤さん:どうだろう(笑)。転生しても農業をするかと聞かれたら、違う道を選ぶかもしれないです。でもやりがいはものすごくあります。サラリーマンでいる方が楽だと思うこともありますが、この仕事をしているから出会えた人もたくさんいるので、後悔はしていません。
――農業に関心を持っている人がこの記事を読んでくれているとして、どんな言葉をかけますか?
斎藤さん:どの業界もそうだと思いますが、農業は決して甘い世界ではありません。あと意外に思われるのは、けっこう人と関わる場面が多いこと。農作業以外にも販路開拓もしなくちゃいけない。そういう意味で、持っているいろいろなスキルが試される仕事だと思います。それを踏まえてどんな声をかけるかというと……。「ぜひ農業をしましょう」とは気軽に言えないです。でも、できることであれば協力はしたいですよね。自分でよければ、力になってあげたいかな。
ひだか農園
新潟市西区五十嵐二の町9135-67