与板に移住したデザイナー夫婦がチャレンジする米作り「稲作まる山」。
その他
2022.06.27
長岡市与板町にデザイナーでもあり農家でもあるご夫婦がいると聞いて、取材に行ってきました。「デザインと農業はものづくりという面で共通している」という丸山さんご夫婦。そんなおふたりに農業をはじめたきっかけや、仕事に対する考えなどいろいろとお話を聞いてきました。

稲作まる山
丸山 昌幸 Masayuki Maruyama
1983年長岡市(与板町)生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、木工製品や伝統工芸のものづくりに関わる。2018年に東京から長岡市へUターン。移住したタイミングでデザイナーとして独立し、同時に実家の米作りをはじめる。愛猫は、嵐くん。

稲作まる山
丸山 永 Haruka Maruyama
1982年東京都生まれ。武蔵野美術大学を卒業後、インハウスデザイナー(企業内デザイナー)として働く。2018年長岡市への移住を機に独立。飲みに出かけることが好き。

デザイナーとしてキャリアを積んだ夫婦が、旧与板町に移住を決断。
——「稲作まる山」さんって、いったいどんなことをされているんですか?
昌幸さん:コシヒカリの生産と販売、それとTシャツなどオリジナルグッズの販売もしています。僕の父が米作りを50年以上やっているベテランなんです。僕たちは、その父に教わりながら農業をやっています。
——作っているお米の特徴も教えてください。
昌幸さん:作っているのは「従来型のコシヒカリ」と呼ばれる、特別栽培米です。うちでは7ヘクタールちょっとの田んぼがあるんですが、その中でも「この辺りは土と水が良く、うまい米ができる」という場所があるんです。そこで丁寧に育てたお米のみを直販しています。
——農業に携わる前はどんなお仕事をされていたんですか?
昌幸さん:木工関係の仕事をして、それから伝統工芸品を作る会社に勤めていました。企画や商品開発、特注品の設計、販売と幅広く業務を担当させてもらいましたね。
永さん:私は都内の鞄の会社で、インハウスデザイナーとして働いていました。旧与板町に移住したタイミングで独立して、今は夫とともにデザイナーとしての仕事も続けながら、米作りをしています。
——ということは、今は兼業農家さん?
永さん:そうですね。わかりやすく言うと「デザイナーの兼業農家」です。

——農業をはじめたのはどうして?
昌幸さん:長岡に戻ってくると決めたとき、転職先としてどんな会社があるのかいろいろ調べたんです。でも、せっかくなら自分たちらしい、自分たちにしかできない豊かな暮らしをしたい、と思ったんですよね。
永さん:東京に居た頃、お義父さんが作ったお米を友人にプレゼントしたら、「すごく美味しい」と喜んでもらったことがあったんです。それで、こんなに美味しいお米を作れるんだったら、お義父さんがずっとやってきた農業に携わりつつ、私たちが学ばせてもらった「デザイナーとしてものをつくる仕事」を組み合わせて働くことはできないだろうか、と考えたんです。それで、よちよち歩きですが夫婦で農業をはじめることにしました。
——そもそも長岡に移住することにしたのは、なぜなんでしょう?
永さん:いずれは夫の実家で暮らすつもりでいたんです。それで、長男が小学校へ入学するタイミングで長岡へ移住することに決めました。
昌幸さん:当時、僕たちは30代半ばだったから、次のステップに進むにはちょうどいい頃だったんですよね。転職するのか、独立するのか判断する時期でもありました。
——家を継ぐから家の田んぼもやる、というわけではなかったんでしょうか?
永さん:お義父さんから田んぼのことをお願いされたわけじゃないんですよ。最初の頃は、「お米を作ってみたい」と言っても渋い反応でした(笑)。でも、うちのコシヒカリを食べた友人たちの反応を父に伝えたら、だんだん意欲的になってくれました。
昌幸さん:しかも「長岡うまい米コンテスト2020」に出してみたら、嬉しいことに一品種が「金匠」を受賞したんです。それで父にも自信がついたのか、どんどん僕たちに教えてくれるようになったんですよね。

デザインと、農業。「ものをつくる」面では共通の思いが。
——おふたりは、これまでそれぞれ企業に勤めていたわけですよね。ご一緒に仕事をすることはどんな感じでしたか?
昌幸さん:デザイナーが農業をやるって、ちょっと変わっていると思いますけど、「ものづくり」という面では通じている部分があります。それに「食べるものをつくる」って、いちばんの基本で、何より大事なことだと思うんです。だから、それを作れるってすごく強いことだよね、っていう考え方は夫婦共通の思いです。
永さん:主人とは趣味は違うけど、「考え方の芯」は同じだし、向かっている方向は一緒だから、すんなり新しい仕事に馴染めましたよ。
——これまでのキャリアを手放して地方に移住するって、なかなか勇気がいることだと思うのですが。
昌幸さん:いずれ新潟に戻るつもりだったとはいえ、今までの生活や仕事を手放すことには迷いと不安がありましたね。
永さん:でも私たち、家族で納屋だった建物をDIYで作り変えたんですよ。それがある意味での転機になったんです。「自分たちで手を動かして家を作った」ことで、「仕事に就かなくちゃ」じゃなくって、「自分たちで何かを作って、それを発信すればいいんだ」っていう思考に切り替わったんですよね。

お米を通じて人とつながる「コメニティ」をつくる。
——おふたりはデザイナー、農家、それぞれどんな感覚でお仕事をされているのでしょうか。
昌幸さん:クライアントと「農地を耕すように仕事をしている」と思うことはありますね。一気にゴールにたどり着く特効薬を差し出すんじゃなくて、じんわりとより良い方向に進んでいく、みたいな感覚があるというか。チームになって、みんなで一緒に育つイメージを持ってお仕事をさせてもらっています。
永さん:もしかしてその感覚って、今までもずっと持っていたものかもしれないよね。それが農業を経験することによって、お米作りとリンクしてきたのかも。
昌幸さん:確かにそうかもしれない。お客さまだったり、社会全体だったり、みんながだんだんと育って行くって感じは稲作と近いと思うなぁ。
——なるほど。
昌幸さん:僕たち、テーマとして「コメニティ」という言葉を掲げているんですよ。お米は、「稲作まる山」がお客さまとつながっていく媒体として考えているんです。お米を通じて人とつながって、互いに成長していけたらいいですね。
永さん:消費者さんが「顔が見える生産者から農作物を買いたい」と思うのと同じく、私たちも「顔が見えるお客さまにお米を届けたい」と思うんです。この人のためにお米を作っている、っていう感覚になれるコミュニティを持ちたいですね。それが「コメニティ」です。
——他にもこれからチャレンジしたいことはありますか?
昌幸さん:藁や米ぬか、もみ殻っていう米作りの副産物でオリジナルの商品を作りたいと計画中です。最終的には土に戻る、循環型の製品を生み出したいですね。
永さん:製品となる材料を自分たちで作れることが強みですよね。それをさらにモノに落とし込むんだから、私たちができることはまだまだ無限にあると思っています。

稲作まる山
長岡市与板町本与板3299
inasaku.maruyama@gmail.com
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