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創業時からのサンドパンが大人気の、阿賀野市「木村屋パン店」。

コッペパンにバタークリームを挟んだ素朴な味わいで、古くから愛され続けてきた「サンドパン」。創業当時の「サンドパン」を復刻させて人気を呼んでいるのが、阿賀野市にある「木村屋パン店」です。「木村屋」といえば、あんパンでおなじみの東京の老舗。何か関係があるのでしょうか。三代目店主の渡邉さんにお話を聞いてきました。

 

 

木村屋パン店

渡邉 均 Hitoshi Watanabe

1969年阿賀野市生まれ。ガソリンスタンド、左官業などを経て、新潟市北区のパン屋で修行をする。1992年に実家の「木村屋パン店」で働きはじめ、現在は3代目として店の味を守っている。高校時代からの矢沢永吉ファン。

 

「サンドパン」という商品名の意外な由来。

——まずお聞きしたいんですけど、「木村屋」っていう店名は、東京の有名なパン屋の「木村屋」さんとは関係があったりするんですか?

渡邉さん:俺のじいちゃんが銀座の「木村屋」さんで修行していたんです。それで、たぶん暖簾分けというかたちで独立したんだと思うんだけど、池袋駅の真ん前で「木村屋」っていう名前でパン屋を開業したんですよ。ところが当時は戦時中で、店をはじめた矢先に東京大空襲にあって、すっかり焼かれてしまったんです。当時子どもだったうちの親父は、屋根すれすれに飛んでいく戦闘爆撃機B29を眼の前で見たって言ってましたね。

 

——それは大変でしたね……。

渡邉さん:戦争が終わってからじいちゃん達は新潟にきて、昭和30年にこの場所で「木村屋パン店」をはじめました。最初のうちは戦後の物資不足で小麦粉が手に入らなかったので、米で作った飴を売ったりしていたそうです。

 

 

——戦後の物資不足の中でお店をやるのは大変だったんでしょうね。

渡邉さん:そうだと思います。しばらくして、ようやくコッペパンを作れるようになったものの、コッペパンだけじゃ味がないわけですよね。バタークリームを塗りたいんだけど手に入らないから、固形植物油のショートニングに砂糖を混ぜて塗っていたんです。それが初期の頃の「サンドパン」なんですよ。バタークリームが手に入るようになってからは、そういう作り方はしなくなりましたけどね(笑)

 

——いろいろな工夫をしていたんですね。

渡邉さん:当時は砂糖がジャリジャリする食感から「ジャリパン」とも呼ばれていたんですよ。「サンドパン」っていうのは、コッペパンで具材を挟むからそういう名前なのかと思いがちなんですけど、砂糖が砂みたいにジャリジャリするから「サンドパン」っていうらしいんですよね。

 

——えっ、挟む方じゃなくて、砂の方の「サンド」だったんですか?

渡邉さん:そういう説もあるんですよね(笑)。以前ローカルテレビ局のバラエティ番組から取材を受けたときにその話をしたら、ぜひ番組内で昔のサンドパンを再現してみてくれと言われたんです。そのときに作った復刻版のサンドパンが、「幻のサンドパン」です。おかげで人気が出て、今ではスーパーや産直市場からご注文をいただいて卸売りしています。

 

「なんぎ」かった3代目としての代変わり。

——渡邉さんは昔から「木村屋パン店」を継ごうと思っていたんですか?

渡邉さん:保育園の卒園文集なんか見てみると「将来はパン屋になる」みたいなことが書いてあるんですよ。親父が店をやっていた頃は、学校給食のパンも作っていて忙しかったから、俺も小学校から帰ると手伝いをさせられていたんです。そんな感じで、小さいときからパン屋の仕事が身近にあったんですよね。俺が高校を卒業する頃には、兄貴も姉貴も家から出て行っていたから、残っているのは俺だけだったんです(笑)

 

——じゃあ必然的に渡邉さんが店を継ぐことになったわけですね。

渡邉さん:そうですね(笑)。ただパン屋になる前に好きなこともやりたかったから、スタンドマンや左官屋をやっていました。でも、ある日突然「俺はやっぱりパン屋になる人間なんだ」って思って、新潟市北区のパン屋さんで修行させてもらうことになったんです。

 

 

——それはまた突然ですね(笑)。パン屋さんでの修行はいかがでしたか?

渡邉さん:おかげさまで俺はとっても可愛がってもらったんですよ。当時は景気も良かったから社長が乗っていたランボルギーニ・カウンタックに乗せてもらったり、古町へ飲みに連れて行ってもらったりしました。いずれ実家の店を継ぐ俺のために、他の店でいらなくなった機械をもらってきてくれたりもしたんです。本当にありがたいと思っています。

 

——そこまで可愛がってもらえたのは、渡邉さんの人柄のおかげもあったんでしょうね。

渡邉さん:いやぁ、どうなんでしょうね。23歳からは「木村屋パン店」で親父を手伝いはじめて、親父が病気で倒れた後は俺が店を継ぎました。それまで親父がやっていたことを、全部自分でやらなければならなくなって、代変わりのときは「なんぎ」かったですね。パンを作るだけじゃなくて、仕入先や銀行とのやり取りまで、こなさなければならなくなったんですから。

 

——確かに、いろいろなことをひとりでやるのは大変ですよね。

渡邉さん:でもうちのパンを待っていてくれるお客様のことを考えると、頑張らなきゃって思いますね。今では妻が経理をやってくれているので助かっています。

 

求められていることには応えていきたい。

——「サンドパン」の他にもおすすめはあるんですよね。

渡邉さん:昔からずっと続いてきたのは「カステラパン」と「揚げあんパン」ですね。

 

 

——レトロ感のあるパッケージですね。

渡邉さん:昔からほとんどデザインが変わっていないんですよ。もちろん味もですけど(笑)。マリトッツォやフルーツサンドのような今どきのパンにも挑戦したいっていう気持ちはあるんですが、なかなか手が回らなくて……。

 

 

——それだけ「サンドパン」や「カステラパン」の需要が多いんですね。

渡邉さん:そうですね。「木村屋パン店」に来てくださるお客様の多くは、昔ながらのパンが食べたくて来てくれるわけだから、求めていただけることには応えたいと思っています。

 

——では、これからも昔ながらのパンを作り続けていくわけですね。

渡邉さん:はい。3代にわたって続いてきた味を、ずっと守り続けていきたいと思います。地元の人たちにも支えていただいてきたので、これからも地元の人たちに喜んでいただけるようにお店を続けていけたらと思っていますね。

 

 

素朴で懐かしい味わいの「サンドパン」や「カステラパン」を求めて、多くのお客さんが「木村屋パン店」を訪れます。阿賀野市周辺のスーパーでも売っていることがあるので、見かけたらぜひカゴに入れてみてはいかがでしょうか。忘れていた優しい味に出会えるかもしれませんよ。

 

 

木村屋パン店

阿賀野市笹岡1096-1

0250-62-3477

9:00-19:00

木曜休

 

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