県内の自治体でも意外と多い、夏の成人式。成人式といえば、特に女性にとっては振袖を着られる貴重な機会ですが、高温多湿の夏に式がある市町村では、フル装備の振袖は敬遠されがちで、洋装がもっぱらなのが現状です。そんな自治体のひとつ、村上市に店舗を構える「武者呉服店」ではこのほど、夏の成人式でも着用できる振袖を開発しました。しかもその振袖、成人式で役割を終えた後はなんと浴衣として活用できる「2way」仕様だとか。開発者である同店のイケメン若旦那・武者さんに詳しく話を伺ってきました。
武者呉服店
武者 将由 Masayoshi Musya
1988年村上市(旧神林村)生まれ。武者呉服店の店長で、次代・3代目にあたる若旦那。大学を卒業後、ショッピングモールなどでテナント展開する大手チェーンの呉服店で修業。イオンレイクタウン(埼玉県越谷市)の店舗など関東や東北の店舗で店長として経験を積み、2014年に帰郷し家業に入る。趣味は学生時代から続けているバスケットボールと釣り。
――本日はよろしくお願いします。さっそくですが今回リリースされた振袖、浴衣との「2way」仕様とのことですが、どういうことなんでしょう?
武者さん:この商品は、成人式で振袖として着用した後、浴衣としてお直しし、夏祭りや花火などに着ていくことができるんです。暑い時期に着用することを想定した「夏振袖」という商品ジャンルは既にあるのですが、振袖から浴衣にフォームチェンジするものは、これまで業界でも「ありそうでなかった」ものだと思います。浴衣からまた振袖に戻すことはできませんが、現実的に多くの場合で振袖が成人式の1回きりの着用であることを考えれば、その後も「第2の人生」として浴衣に生まれ変わって末永く活躍できることは、着物にとっても良いことだと思っています。
――……すっごい素人質問で恐縮なんですが(苦笑)、振袖と浴衣って、具体的に何が違うんですか? 重厚で艶やかなのが振袖、軽快で楚々としたのが浴衣、ってのは何となくわかっているつもりなんですが。
武者さん:そもそも振袖は若い女性が儀式のときなどに着用する正装であるのに対し、浴衣は現代でいうパジャマがルーツの普段着です。つくりとして具体的に異なるのは袖(の下部)の長さですね。振袖は膝下から足首くらいまで袖があるのに対し、浴衣はその半分以下、腰下くらいの丈です。素材も、振袖はフォーマルに絹が基本ですが、浴衣はよりカジュアルな木綿や麻が主です。また帯の合わせ方も異なります。
――なるほど。何も知らなくてすみません(苦笑)。考案のきっかけは何だったのでしょう?
武者さん:修業時代に働いていた関東圏では、カレンダー通り1月の成人式が一般的で、店舗にいらっしゃるお客さまはその日のためにとっておきの振袖、また帯や小物を含めたコーディネートを選ぶのを心から楽しんでいました。一生に一回きりの晴れの日ですからね。一方、地元の村上市では、夏に成人式をするので洋装がもっぱらです。修業を終えて帰郷してから、それを改めて目の当たりにして、男とはいえ和装を商う者として、女性にあの「選ぶ楽しみ」「着る喜び」を味わってもらうことができないのは残念だな、と強く感じたんです。アンケート調査もやったんですが、実際に「本当は振袖が着たかったけど、夏だし……」という声も多くありました。それで開発に乗り出しました。
――そうなんですね。それから7年、商品化までの経緯は?
武者さん:夏なので浴衣の生地で振袖を、という考えは当初からあったのですが、既存の浴衣の生地は素材感や色味が淡く涼しげなものが多くて、振袖の魅力である華やかさやゴージャス感はいまひとつなものがほとんどなんですよね。本来夏に着るものなので当たり前ですが。夏らしい軽快感や楚々とした雰囲気がありながら、振袖らしい品格や艶やかさもある生地はないものかと探していたところ、静岡県の浜松市でまさにその理想の反物を取り扱っている業者の方と出会い、一気に話が進みました。
――ほうほう。具体的にはどういった?
武者さん:見ていただくのが一番ですが、木綿と麻の混紡で通気性が良く、清涼感がありながら生地に適度な張り・光沢があり、高級感も備えています。また柄もパッと見すごく華やかで、レトロモダンな雰囲気も湛え品格もあります。振袖と浴衣、どちらで着ても素敵に映えると思いますよ。木綿と麻なので、自宅で洗えるという利点もあります。
――で、気になるのはお値段なのですが。……なんか通販番組みたいですけど。
武者さん:(笑)。絹ではないこともあり、振袖としては破格の10万円以下に抑えました。髪飾りや小物類、振袖用と浴衣用の各帯なども含め、セミオーダーのフルセットで8万8千円からです。最初はもうちょっと高くてもいいかなと思ったんですが、ぜひひとりでも多くの新成人の方に選択肢のひとつとして考えてもらいたいのと、当店としても新たな挑戦なので縁起よく末広がりの数字にしました。
――すごい! ……って、ホントに通販番組みたい(笑)。地元をはじめ夏の成人式でこれが主流になれば嬉しいですね。
武者さん:そうなってくれるとありがたいですね。この地域でも成人式に一生の思い出として振袖を着ることが定着していけば……。会場も一段と華やかになると思いますよ。またうちだけでなく、美容室をはじめ地元の経済がさらに活性化するきっかけにもなればなぁと思います。
――武者さんご自身のことも少し教えてください。これまでお話を聞き、大変失礼な言い方かもしれませんが、お若いにもかかわらず着物文化への強い愛着が伝わってきます。家業であること以外に、それはどうやって育んできたのですか?
武者さん:そうですね……確かに、私も修業に入った当初は「仕事は仕事」としか思っていませんでした。「売ればいいんでしょ」みたいな(苦笑)。それが変わったのは、他でもない東日本大震災がきっかけですね。
――というと?
武者さん:当時はちょうど、宮城の店舗で働いていたんです。お店も少なからず被害を受けましたが、そんな中でも、津波による浸水や住居の倒壊による被害を受けた着物を、自身が被災者でもある方が「なんとか元通りにできないか」と持ち込んでくるんです。それで方々手を尽くして再生させ、お戻しすると、そのお客さまが涙を流して喜んでくれるんですよ。「大事な着物を、ありがとう」って。着物って、ただその人が着るだけでなく、その家全体のものというか、先祖代々の思い出が詰まった大切なものなんだ、ってことを実感させられました。それ以来、背筋が伸びたというか、人が心から大切にするものに関わらせてもらうことの責任感、やりがいを強く持つようになりました。
――なるほど……。
武者さん:こちらに帰ってきてからも、ただ商品を売るだけではなく、大切にされている着物を末永く残していってもらうことにとことんこだわり、訪問整理にも力を入れてきています。着物の状態を見て適切な処置方法を見極め、ご相談しながら、汚れ落としから染め替え、仕立て直し、リペア、リフォームまで、あらゆるご要望に応じています。
――そうなんですね。その気持ちの延長線上に、今回の振袖もあると。
武者さん:そうですね。せっかく自分の人生の節目に袖を通した着物ですから、形を替えてもずっと着ていってほしいです。アフターフォローも責任を持って対応させていただきますので、まずはお気軽に相談していただければと思います。
――普及を期待します。本日はありがとうございました!