下越地方を縦に貫く国道7号を北上すると、山形県境まであと数キロというあたりで、海側のロードサイドにぽつんと佇む小屋と白い球状のオブジェが目に飛び込んできます。この不思議な建物の正体は、地元の養鶏業「オークリッチ」さんが営んでいる卵の自動販売機です。こちらの卵、無人の小屋で購入できる気軽さとは裏腹に、実は国内で1%未満しか例がない「放し飼い」で生産され、県内外のホテルやレストラン、菓子店で食材として広く愛される、高品質で美味しい卵なのです。昨年出版された『ミシュランガイド新潟2020』でも、20以上の掲載店がこちらの卵を食材に使用しているのだとか。食のプロ・目利きたちも一目置き、昨今の「巣籠り消費」でも注目されるオークリッチさんの高級卵の秘密について、特別に鶏舎内を見学させてもらいながら、代表の富樫さんにお話をうかがってきました。
株式会社オークリッチ
富樫 直樹 Naoki Togashi
1961年村上市(旧山北町)生まれ。株式会社オークリッチ代表取締役。両親が廃業するつもりだった養鶏業を2006年、40代半ばで脱サラして承継。翌2007年には法人化し、先代の始めた放し飼いによる鶏卵の生産手法をさらに究めて品質に磨きをかけ、ネットによる販路開拓、新たな品種の導入、新商品の開発などにも積極的に取り組んでいる。また昨年、地元に立ち上がった「フードバンクさんぽく」では副代表も務める。
――本日はよろしくお願いいたします。まず鶏舎に入らせてもらって、畜産特有の悪臭がしないことにびっくりしたんですが。
富樫さん:そうですね。弊社の飼育方法である「放し飼い」もそのひとつですが、うちではとにかく「鶏にストレスをかけないこと」を徹底してやっています。卵ありきで鶏に無理な負荷をかけるのではなく、「鶏が本来持つ自然の力を最大限に引き出す」ことができれば、結果的に高品質な卵が産まれる、というのが基本的な考えです。臭気がないのは、餌を含めた飼育環境が良好で、鶏たちにストレスがない証拠なので、それに気づいていただけるのは嬉しいですね。
――鶏にストレスがないと臭いもない? どういうことですか?
富樫さん:臭いの元は鶏の排泄物、フンが主ですが、鶏はストレスがかかると消化不良、ゲリを起こし、それが鶏舎内で腐敗して臭いを発生させます。またそのような臭いフンがある環境下で暮らすことでまたストレスが溜まり、さらに腸内環境が不順になり……といった悪循環に陥ってしまいます。逆に、自由に動き回れる環境でストレスなく過ごし、適切な餌で腸内フローラを整えることによって、ほとんど臭いのないフンをするようになるんです。つまり臭いがないのは、鶏が健康な証拠ですね。もちろん、そういう健康な鶏が産む卵も、それだけ生臭さがなく「力」の強いものになります。うちでは餌は遺伝子組み換えでない穀物を使用し、また牡蠣殻や地元の発酵米糠、純米酒の酒粕などを独自配合したものを与え、腸内フローラの強化に努めています。また、放している区画に生えている草木の葉や野菜なども鶏たちにとってはごちそうになります。
――なるほど。こちらにはどんな鶏が何羽ほど飼われているのですか?
富樫さん:5棟で計2,500羽ほど飼育しています。うちの商品別でいうと、定番商品の「野芳卵」と、プロの料理人やパティシエの方にもご愛顧いただいている「素王卵」の生産を担当しているのが割とメジャーなボリスブラウンという鶏種で約2,000羽。限定商品の「渚おうはん」を産んでもらっているのが希少種の横斑プリマスロックで約500羽です。ボリスブラウンは適応能力が高くて育てやすく、横斑プリマスロックは割と神経質といえるかもしれません。
――「放し飼い」ということですが、具体的に鶏たちは普段どのように過ごしているんですか?
富樫さん:屋内の鶏舎には卵を産む巣箱があり、地面には地元の大工さんからいただくカンナ屑やおが屑を敷き詰め、いつでも摂取できるよう給餌器と井戸からくみあげている給水器を設えています。屋外は柵で囲い、日陰や目隠し、葉がおやつにもなる樹木を植えています。鶏たちは屋内外を自由に出入りし、日々気ままに暮らしていますよ。荒天時や降雪期は鶏舎にいてもらうことになりますが、餌を工夫したりして、できるだけストレスがかからないように努めています。
――素朴な疑問なんですが、放し飼いでもちゃんと自分から巣箱に入って卵を産むんですか?
富樫さん:それは最初に教えます。けっこう覚えてくれますよ。まぁ、なかなか覚えの悪い子も中にはいますが(笑)
――素朴な疑問その2ですが、もしかして、飼っているのは全羽メスなんですか?
富樫さん:そうです。うちで生産している卵はすべて無精卵になります。有精卵の方が栄養豊富なイメージがあるかもしれませんが、まったくそんなことはないですよ。……ちなみにですがメス社会の舎内には、「大奥」が形成されています(笑)。種としての生存本能といえるかもしれませんが、タカやキツネなどの外敵に襲われることを想定して、優秀な固体は安全な場所で周囲を取り囲まれながら、そうでない固体はより危険な端の方で眠ります。端の固体は最悪襲われても、優秀なグループが逃げる時間を確保するための生きる知恵なんです。そうやって人間よりも長い間地球上に存在してきたんですよ。
――そうなんですか……鶏もいろいろ大変なのですね(苦笑)。ところで先ほどからちょくちょく、カンナ屑など地元の別業種から出た廃棄物を再利用している様子ですが。
富樫さん:鶏舎の敷材として活用したカンナ屑には、最終的に鶏糞が大量に混じるので、地元の農家さんに肥料として無償で提供しています。すると農家さんは、そこで採れた野菜を鶏の餌として持ってきてくれたりもします。弊社なりに地域で循環型社会を実現する一翼を担えればと思って取り組んでいます。
――ちなみに商品ラインナップにある「初卵」というのは何ですか?
富樫さん:その名の通り、鶏が初めて生んだ卵です。うちでは14カ月程度で鶏舎の鶏を全羽入れ換えているのですが、そのときに鶏舎に入ってきて成長した鶏が初めて産んだものになります。他の農産物でいうと「新米」や「新茶」に当たりますかね。初卵は産みなれた後のものに比べると小ぶりでプリプリしていて、割とあっさりした味です。初卵ファンの方もけっこういらっしゃいますよ。
――そもそも放し飼いを始めたのはどういういきさつがあったのでしょう。
富樫さん:放し飼いを始めたのは先代の両親で、平成に入ったころからケージ飼いから順次切り替えていったのですが、ごく簡単に言うと、ケージ飼いで他と同じような卵を生産するのに限界を感じたのだと思います。いくら高い飼料を与えても、鶏に高い負荷がかかる環境で飼っている限り、質の高い卵は産まれません。卵価は低迷し、卵のコレステロールやアレルギーにも社会の厳しい視線が注がれつつあった中、画一的な商品を生産しているだけではジリ貧になるのは目に見えていたのでしょう。そこで両親は、それまでの経験も活かしつつ、「放し飼い」によるオリジナル鶏卵の生産に舵を切りました。またその数年後には、卸売から小売への転換も図るべくネット販売にも先駆的に乗り出しました。
――前職は公務員だったそうですが、富樫さん自身が安定した職を投げ打って家業に転身したのは?
富樫さん:両親から、加齢による体力の衰えで養鶏業を廃業すると聞かされたんです。やっぱり生き物相手の商売なので、体力勝負なところは少なからずありますからね。年齢を重ねるとどうしてもキツくなるのは仕方ない。とはいえ、せっかく苦労して確立してきた放し飼い養鶏のノウハウが廃れるのはもったいない。ならば自分が引き継ごうと決心し、退職して後を継ぎました。小さなところでもニッチな市場で輝ける可能性も感じていましたし。
――なるほど。実際にやってみていかがですか。
富樫さん:自分のやったことに対する結果がハッキリ返ってくるので、やりがいはすごく感じます。例えば鶏舎に入れる鶏の数ひとつをとっても、多過ぎても少な過ぎてもダメで、生産性や品質に直結します。ありがたいことに、多くの方々から「オークリッチの卵じゃないとダメ」と言っていただけるようになってきたので、飼育はもちろん、商品開発や販路開拓なども含め、今後も試行錯誤を積み重ねていくつもりです。
――最後に、今後の展望を教えてください。
富樫さん:まだ構想段階なので具体的なことは何とも言えないのですが、せっかくこの辺りまで足を運んでくれた人たちが、うちの卵を気軽に食べられる施設があればいいな、とは考えています。少し走れば道の駅がありますが、このあたりって食堂がないんですよ。また飲食に限らず、このサイトでも紹介されていた加藤さんの皮革製品や大滝さんの羽越しな布など、山北地区には魅力的なモノがたくさんあります。それらを集約して発信できる拠点ができないかな、といろいろ考えを巡らせているところです。
――そうなんですね。楽しみにしています。本日はお忙しい中、鶏舎まで見学させていただいてありがとうございました!
自社のことだけでなく、地域のためになることも様々に取り組んでいるオークリッチさん。取材後、自販機で購入してきた卵を実際にオムレツや卵かけごはんで味わってみましたが、ただ美味しいだけでなく、山北が育んだ自然の力が体中に沁みわたるような「卵以上の卵」のように感じたのは、少し前に富樫さんのお話を聞きながら、親鶏たちと触れ合ったせいだけではないでしょう。
株式会社オークリッチ
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