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鯨波の海は素晴らしい。ステキを伝える「小竹屋旅館」。

シーカヤックにBBQ。海遊びは海水浴だけじゃない。

多くの世代が通ってきた名作ゲーム「ポケットモンスター」。その広報やマーケティング業務に携わってきた男性が、今、柏崎市鯨波にいます。「小竹屋旅館」のトチボリコウイチさん49歳。都内で華やかな仕事をしていたにも関わらず、どうして実家である旅館に戻ってきたのか。鯨波の海を愛する男の熱い想いを、たっぷりと語ってもらいました。

 

小竹屋旅館

トチボリコウイチ Koichi Tochibori

1970年新潟生まれ。大阪芸術大学卒業。東京のマーケティング会社、株式会社ポケモンでの実績を経て、2009年より「小竹屋旅館」にて家業に専念。鯨波の素晴らしさを伝える伝道師。

 

 

鯨波のビーチコンテンツに生かされた、東京での経験。

――「小竹屋旅館」は、トチボリさんのご実家なんですよね?

トチボリさん:高校卒業までこの場所で生活していました。生まれるちょっと前までは鯨波で浜茶屋をしていたんですが、今の場所に移住して「小竹屋旅館」をはじめたそうです。昭和20年代からあった旅館を買ったらしく。

 

――高校卒業後は、鯨波を離れたんですか?

トチボリさん:大阪芸術大学へ進学し、東京のマーケティング会社へ就職したんです。「麒麟麦酒(キリンビール)」の商品開発、営業戦略の手伝いをしたり、全国的に盛り上がったクラフトビール関係の仕事をしました。

 

――都市で生活していたんですね。東京の会社では、ビール関係の仕事が多かったんですか?

トチボリさん:はじめはそうでしたね。クラフトビールは工場やブランドの立ち上げをして。酒造免許の申請、ラベルデザイン、レストランメニューの開発など、フルパッケージで携わっていました。ただ、時代の流れなど諸々の事情でIT関連会社へと変わっていき…転職したんです。

 

 

――転職というと?

トチボリさん:「ポケットモンスター」ってご存じですよね?

 

――もちろんです。ドンピシャで世代のゲームです。もしかしてポケモンのゲームを作っていたとか?

トチボリさん:ポケモンに関わる会社は、ゲームを作り出す会社と広報やマーケティングを行う会社の2社があるんです。その広報などを行っていた「株式会社ポケモン」に入社しました。

 

――そうなんですね。ちなみに、ポケモンはどのシリーズの時ですか?

トチボリさん:ゲームボーイアドバンス用として発売された「ポケットモンスター ファイヤーレッド・リーフグリーン」の時代ですね。その後に発売されたニンテンドーDS用ソフト「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」が最も濃く関わりました。広報全般や、映画公開もありましたね。

 

――関係のない質問ばかりしてしまい、すみません。ポケモンに関わっていた人と知って…。

トチボリさん:全然関係ないことはないですよ。クラフトビールの立ち上げや、ポケモンの広報活動は、「小竹屋旅館」としての活動に繋がってきますから。

 

時代の流れで変わってしまった鯨波。10年もたないかもしれない。

――どうして鯨波に戻って来たのですか?

トチボリさん:いっぱい働いたから(笑)。一生分は働いたから、もうサラリーマンはいいかなって。あと、親もいい歳になってきたのでね。

 

――戻ってみてどうでしたか?

トチボリさん:鯨波は、とにかく人がいなくて事業者も少なくなっていましたね。昔は鯨波付近には民泊も含めて、「小竹屋旅館」のような宿泊施設が70軒ほどありました。それが、10軒ほどに。海水浴客も少なく、10年ももたないんじゃないかって危機感を覚えたんです。

 

 

――そんなに減ってしまったんですね。

トチボリさん:でも、ご覧の通り鯨波の海は最高のロケーションがあり、透明度も高く、海としての魅力はとても高いんです。ただ、そのことを知らない人が多いんだなって。

 

――新潟の海といえば笹川流れが有名になってしまい、他の海への認知は下がっているかもしれませんね。

トチボリさん:なので情報対応もしていかなければと考え、FacebookやTwitterがはじまったタイミングだったのでどんどん発信することからはじめました。ネットサービスがドンドン増えていく現代では、やる気があれば自力で情報発信はいくらでもできるんです。

 

――広告宣伝のノウハウは、東京で学んできましたもんね。

トチボリさん:なので、今までの経験を生かして、素敵な海に来る理由(コンテンツ)を増やそうと考えました。

 

今までの経験と繋がった、鯨波の海遊び。

――どのようなコンテンツをはじめたんですか?

トチボリさん:まずは、シーカヤックです。春から秋まで楽しめるので、夏以外にも人を呼ぶことができ、全国からシーカヤックを持った人が来るかなって思ったんですが…誤算でしたね(笑)

 

 

――おっと、誤算ですか(笑)

トチボリさん:シーカヤックなどの専門誌に広告を出したり、SNSで発信したりしたんですが、シーカヤックをしてみたいという人しか来ないんです。狙っていたのはシーカヤックをやっていて、シーカヤックを持って鯨波に来る人だったんですが。

 

――体験してみたい人たちが集まったんですね。あとはどんなコンテンツが?

トチボリさん:クラフトビールを立ち上げた経験を生かして、ご当地サイダー「鯨泉(げいせん)」を開発しました。

 

――アクティビティではないんですね。どうしてサイダーを?

トチボリさん:地元独自のお土産がほとんどないんです。せっかくならお土産も作りたいと思って。コンセプトを作って、図書館でいろいろと調べていたら…鯨波のある柏崎市は、日本海側の海水浴場発祥の地だったんです。それなら夏に来る人たちに飲んでもらえたらいいなって。

 

――鯨波の海とリンクしたサイダーなんですね。

トチボリさん:ちなみに2018年は、「日本海側初海水浴場開場130周年」だったんです。なので、夕日をモチーフに、オレンジ味の「鯨泉」も発売しました。

 

 

――日本海ならではのオレンジですね。

トチボリさん:これが好評で。あと、鯨波のロケーションをフルに楽しめるBBQもありますよ。

 

――海岸でBBQって禁止されますよね?

トチボリさん:海岸に隣接したエリアがあって、そこでBBQが楽しめるんです。一歩進めばビーチなのでほとんど海岸でBBQしているようなもんです。お肉を焼いて、ビールを飲んで、ダッシュして海に飛び込んで。理想の海BBQが楽しめるので、県外から遊びに来てくれる人が増えました。

 

これからの海遊びは無限大。最高のロケーションで遊びつくせ。

透き通った水、キレイな砂浜、絶好のロケーションと、鯨波には海を楽しむ理由がたくさんあります。これからの鯨波についてうかがうと「もうちょっと多様なサービスが必要。海から新しく、いろいろな角度で価値を創造していかないといけない」と、トチボリさん。今現在も海を優雅に散歩するシーカヤック、ビーチ間際で楽しめるBBQ、海水浴場と掛け合わせたご当地サイダー「鯨泉」をはじめとしたビーチコンテンツを発信しているのに、これからさらに、砂浜をスイスイ走れて水にも浮くビーチ専用の車椅子を使い、体の不自由な方にも鯨波を楽しんでもらおうとバリアフリービーチを計画しているそうです。留まることを知らないトチボリさんの発想。鯨波の海遊びは、まだまだ進化し続けていきますね。

 

 

小竹屋旅館

新潟県柏崎市鯨波2-3-6

0257-23-6450

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