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思いをのせたパフォーマンスで観客を笑顔にする「聖籠太鼓 響」。

聖籠町を拠点に活動中の「聖籠太鼓 響sato-oto(さとおと)」。メンバーそれぞれが学業や仕事などの本業を持つ中、年間30公演を行うなど、プロ顔負けの真剣な取り組みをしています。3月24日(日)には2年に1度の「太鼓フェスティバル」を控えているそう。大舞台を控え、緊張感が漂う練習会場にお邪魔し、代表の田中さんにお話を伺ってきました。

 

聖籠太鼓 響

田中 貴央 Takao Tanaka

1974年千葉県生まれ、新潟県育ち。新潟市を拠点にバンドマンとして活動。15年ほど前に聖籠町に転居。「響」のパフォーマンスに感動し、13年前に加入。2019年より3代目代表を務める。バンドではギターボーカルを担当。「BOØWY」ファン。

 

太鼓、笛、舞踊。さまざまなバリエーションの舞台。

——「響」さんには、幅広い年齢層のメンバーがいらっしゃるそうですね。

田中さん:小学生から70代まで、30名弱のメンバーがいます。小学2年生までは親御さんに付き添っていただきます。3年生以上は僕たちでも面倒が見られますので「お子さんだけで来ていただいて大丈夫です」というルールにしています。

 

——メンバーはみなさん聖籠の方ですか?

田中さん:聖籠町を拠点に活動しているので「聖籠太鼓」とうたっていますけど、新潟市、阿賀野市、新発田市から来られている方もいます。住まいは関係なく、どこからでも参加していただけます。

 

——太鼓を教える先生がいらっしゃるんでしょうか。

田中さん:太鼓の先生はいないです。僕たちは初代のメンバーから教わって、そして今度は僕たちが教えています。そういう意味では我々アダルトチームが先生みたいな役割ですかね。「響」が発足した当初は、「鼓童」の方が教えに来てくださったこともあったみたいですよ。今でもたまに「鼓童」さんをお招きして、ワークショップをしてます。

 

——YouTubeを拝見したら、太鼓だけでなく、笛を吹く方、舞を踊られる方もいました。

田中さん:笛も舞踊もメンバーが担当しています。ちなみに僕は笛のパフォーマーです。太鼓だけの演奏もあれば、太鼓と笛、舞踊を組み合わせた演奏もあるし、さまざまなバリエーションでパフォーマンスをします。努力して臨機応変にいろいろこなせたら、舞台にもたくさん出演できます。

 

 

——今月は「響」さんの大事な公演があるそうで。

田中さん:2年に1度開催する僕たちのメイン公演、「響 太鼓フェスティバル」を3月24日(日)に控えています。今はもう気合いがすごいですよ。ピリピリムードです。この公演が終わると、いったんグダっとなります(笑)

 

——そんなときにお邪魔しちゃってすみません。でも、みなさんすごく張り合いがある生活を送っているんだなって羨ましく思いました。

田中さん:仕事が終わって、ご飯を食べて、お風呂に入って、酒を飲んで寝る。で、また次の日に仕事に行く。この繰り返しの間に、僕たちには「響」の存在があるんですよね。すごく充実しているなって感じます。

 

聖籠町と創設メンバーが培った、県内随一の恵まれた環境。

——田中さんが「響」に加入したきっかけは?

田中さん:実は、小学生の頃から触りたくもないくらい管楽器と打楽器が苦手でした(苦笑)。でも「響」を初めて見たとき、太鼓の振動音が身体に「ドン」って突き刺さったんですよね。もう感動してしまって。それで「響」に加入したんです。

 

——「響」で和太鼓を初めて触るっていうメンバーが多いのでは?

田中さん:ほとんどのメンバーが初心者からのスタートです。最近加わったメンバーであっても、全員で演奏する曲は「これだけまず覚えてくれ」ってひたすら練習してもらいます。

 

——「響」さんが発足した経緯を知りたいです。

田中さん:スタートしたのは2000年です。聖籠町として「文化的な取り組みをしたい」というところから「和太鼓はどうだろう」という流れになったようですね。そこから募集をかけて、和太鼓集団が作られました。スタート当時は大変だったと思いますよ。当たり前ですけど、ひとつ何十万、何百万もする太鼓を買えずに、最初は何もなかったわけですから。何年もダンボールとかタイヤとかで練習していたんだそうです。「いつか人前で演奏できるようになったら『聖籠町文化会館』で演奏したいね」って話していたって。

 

 

——そうして見事に「聖籠町文化会館」をホームグラウンドにされるに至ったと。

田中さん:そんな下積み時代があるので、僕たちは先輩方をすごく尊敬しています。今はここに来れば当たり前に太鼓があるわけですから。それを揃えてくださったのは、聖籠町と「響」で活動されていた皆さんです。創設メンバーが一生懸命に取り組んでくれたお陰で、今の僕たちの環境があります。

 

——これだけ設備が整った和太鼓集団って、他にないのでは。

田中さん:いいブランドの太鼓がたくさん揃っていて、こんな立派な場所で練習できてね。こんなに恵まれているのは、県内で僕たちと「鼓童」さんくらいだと思います。

 

本気で取り組んでいるからこそ伝えられること。

——皆さんの活動の目的というか、ゴールみたいなものはなんでしょう?

田中さん:「鼓童」さんと違って我々はプロじゃないですし、それぞれに本職がある中、月に何回かの練習を重ねています。でもお客さまはお金を払って公演に来てくださるので、「素人だから」って目では見てくれません。なので、僕らは本気で取り組んでいます。何のために頑張るかって、やっぱり「お客さんが笑顔になってくれればいいな」って気持ちでしょうかね。楽しく演奏したいし、楽しんで見て欲しいと思っています。

 

——定期的に舞台があるんですか?

田中さん:定期公演もありますよ。大きいところ、小さいところ関係なく、年に30回くらい舞台に立ちます。それもボランティアではありません。プロじゃないけど、見てくださる皆さんからはお金をいただているので、全員が覚悟を持って舞台に立っています。

 

——それが伝わっているので、「響」の活動を皆さんの「趣味」と呼んでいいのだろうかとずっと判断がつかずにいました。

田中さん:僕も仕事と「響」、どちらが本職なのかわからなくなるときがあります(笑)。仕事中にずっと笛のことばかり考えちゃうとか、そういうときもあります。

 

——皆さん、本腰を入れていらっしゃるんですね。

田中さん:参加したばかりのメンバーが僕たちの熱量に圧倒されて「ちょっと無理だな」と辞退する場合もあるし、メンバー内でも取り組みの温度には違いがあります。「少しでも太鼓が叩けたらいいや」という方も「舞台に出るからには完璧に演奏したい」という方もいます。でも「楽しくやれたらいいよね」って和気あいあいとやっています。

 

 

——田中さんは13年間「響」に関わっていらっしゃいますよね。その間に変化を感じたことってあります?

田中さん:太鼓の演奏会を見に行くと、たまに「『響』の人だ」って声を掛けられるんですよ。聖籠の「さぶーん」で子どもたちに「あ、笛の人だ」って言われたりもします。お客さまは見てくださっているんだなって、嬉しいですよ。

 

——これまでの失敗談を聞いてもいいでしょうか?

田中さん:失敗ですか……毎回何かしら失敗しているんじゃないかな(笑)。演奏のミスもあれば、マイクが入りっぱなしだと気づかずに、演奏中のお喋りがぜんぶお客さんに聞こえていたなんてこともありました。

 

——大きな公演のあとは、打ち上げするんですか?

田中さん:打ち上げはもちろんやりますよ。年齢のギャップなしに大盛り上がりします。厳しいのはステージの上だけで、他ではみんな、おちゃらけています(笑)

 

——忘れられないステージについても教えてください。

田中さん:忘れられないステージはいっぱいありますけど、いちばん思い出に残るのはステージから見えるお客さんの表情ですね。それが楽しみでこんなに苦労して続けているんだと思います。拍手ももちろん嬉しいし、泣いてくださる方もいるんですよ。もう、こちらも泣きそうになっちゃって。「『響』をやっていてよかった」「ちゃんと伝わっているんだな」ってグッときます。

 

 

 

聖籠太鼓 響sato-oto

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