新潟で活動するミュージシャンを紹介する[Things Music]。今回は、シンガーソングライターでありながら、ライブハウス「GOLDEN PIGS(ゴールデンピッグス)」のスタッフでもあるアーティストの「枝村究(えだむらきわむ)」の登場です。
枝村 究 Kiwamu Edamura
1989年長岡市生まれ。長岡向陵高等学校卒業後、国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校で音楽を学ぶ。現在はアーティスト活動をしながら「GOLDEN PIGS」で音響を担当。身長187㎝。学生時代はバレーボールに勤しみ、選抜チームとしても出場経験も。
――今日はよろしくお願いします。えっと……身長高いですね(笑)。何センチですか?
枝村さん:よく言われます(笑)。187㎝で、この身長は僕自身のアイコンであって、ウリでもあります。
―― 大きいですね、久しぶりに人を見上げましたよ(笑)。何かスポーツしていました?
枝村さん:父も180㎝オーバーで、高校バレーの監督をしていました。それもあって、ずっとバレーをしていましたね。選抜チームに選出された経験もあります。
――そんな経験があるって、相当なレベルですよね。どうして音楽をやっているんですか? 怪我したとか?
枝村さん:父はバレーだけじゃなくて、エンタメも好きで。それでギターをよく弾いていたんです。聞いた話だとラジオで弾き語りを披露したことがあるとか、ないとか(笑)。それでちょっと影響されたのもあるし、学生時代に「19(ジューク)」ってバンドが好きになってギターをはじめたんです。
――え、それでバレーをやめちゃったんですか?
枝村さん:バレーで大学の推薦も来ていました。でも、部活を引退してから、自分には何が残るのかを考えたんですよね。そしたら頭に浮かんできたのが音楽だったんです。辛かったときに助けてくれたのはギターだったなって。だから、高校最後の大会が終わってからギターを1本抱えて東京に行きました。1週間の路上ライブ生活をしようって。
――選手権まで出場しても、ギターの魅力が勝ったってことですね。周りの反応はどうでしたか? きっと驚きましたよね。
枝村さん:そうでね(笑)。父がバレー部の監督として名が知れていたこともあったから、息子もバレーの道に進むと思われていて、周りはかなり驚いていましたね。でも、「自分の人生だからいろいろやってみろ」と父が言ってくれていたから、堂々と音楽の道に進むことを決めて、古町にある「国際音楽・ダンス・エンタテイメント専門学校」に進学しました。でも、なるべく自分でお金を工面しようと考えていたから、生活はスーパーハードでしたね……。
――スーパーハードというと、どの程度?
枝村さん:奨学金を利用しながら、アルバイトをしたお金は生活費や学費に当てていました。学校に行って、学校の周辺や駅とかで路上ライブをして、夜中はコンビニでアルバイト。ほぼ寝る時間がなくて、THE苦学生でしたね(笑)
――おお、本当にスーパーハードなTHE苦学生でしたね。
枝村さん:ですよね(笑)。それで、卒業してからはライブでもお世話になっていた「GOLDEN PIGS」に入社して、自分自身の音楽活動もしながら、音響などの技術を学びました。今はTHE二足の草鞋ですね(笑)
――でも、音響の仕事をしているからこそ、音楽活動に生かせる部分もあるんじゃないですか?
枝村さん:そうですね。ライブハウスには有名な人から一般の方まで、いろんな人が来ます。その人たちに手助けができるように、たくさんの人の中のひとりになれるようにと思うようになったからこそ、今、自分が掲げている「あなたの名脇役」というキャッチコピーで活動できているんだと思います。
――枝村さんは、どんな音楽を作っているんですか?
枝村さん:基本はアコースティックギターとルーパー(短いフレーズを録音/再生する音楽機材)を使っています。フォークもそうだし、ドラムやベース、エレキギターが合わさったロックサウンド、スピード感のある激しい音楽もやっています。興味のある音楽は何でも作ります。自分で演奏してレコーディングまでするから、どこまでできるか挑戦している面もあるんですよね。
――ジャンルの幅が広いんですね。これぞ「枝村究」って曲は?
枝村さん:それなら「忘れない唄」です。「僕は今こんな気持ち」「昔はこんなことがあった」という想いが詰まっていて、4~5年ぐらい前に作った曲です。「1日1食の生活」や「深夜、誰もいない路上ライブ」とか、音楽をしている人なら共感してくれるフレーズを散りばめていて。サビのフレーズ「例えばこの歌が君に届いていないとしても、僕がこうやって歌う限り、キミがそばにいる気がした」は、たくさんのアーティストから共感を得ました。
――そうなると、音楽をしている人に聴いてもらいたいですね。
枝村さん:いや、音楽をしていなくても地道に夢に向かっている人に聴いてもらいたいし、壁にぶち当たっても続けた先に楽しいこと、嬉しいことがあるから、止まってはいけないって感じ取ってもらいたいと思っています。演奏者としても、ライブハウススタッフとしても「あなたの名脇役」となって、それで自分の音楽が誰かの分岐点みたいなものになれたら嬉しいですよね。
――最後にもうひとつだけ質問させてください。二足の草鞋を履いてきて、良かったと思いますか?
枝村さん:はい。いろいろな経験をしてきたからこそ、大変さやみじめさも知りました。「知らないよりも、知っている方が強い」じゃないけど、いろんな意味で「歩み寄る」ことができるようになったから、良かったと思っています。
枝村究