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僕らの工場。#32 「長谷弘工業」のバックロードホーンスピーカー。

昭和25年に“げんのう屋”として創業した「長谷弘工業」。新しいモノを考えだすのが好きだった先代の血を受け継ぎ、これまで、世界初の「コンクリートモルタル一体成型バックロードホーンスピーカー」や「バックロードホーンスピーカー」の自作キットなど、新しいスピーカーを開発してきました。今回は工場にお邪魔して、開発の経緯などを2代目、3代目にお聞きしました。

 

株式会社 長谷弘工業

長谷川 安衛 Yasuei Hasegawa

1950年三条市生まれ。長谷弘工業の2代目で代表取締役。新しいモノや既存の治具をより効率的にするアイデアを考えるのが好き。趣味は古い車でドライブをすること。

 

株式会社 長谷弘工業

長谷川 貴一 Takahito Hasegawa

1988年三条市生まれ。長谷弘工業の3目で専務取締役。釣り、登山、マラソン、ロードバイク、キャンプなど外で遊ぶのが好き。

 

げんのう屋として創業し、時代に合わせて変化してきた。

――「長谷弘工業」さんはいつ頃に創業されたんですか?

安衛さん:昭和25年に創業しました。元々はげんのう鍛冶としてはじまって、多いときは社員も十数人いました。げんのうの他にも物干し竿の台とかを組み立て式で作って売ったり、親父も新しいものを考えて作るのが大好きな人でしたね。

 

――へ~、元々はげんのう屋さんだったんですか。

安衛さん:でもげんのうだけでは、だんだん厳しくなっていくので、雑貨や工具に切り替えた方が良いと親父は話をしていました。そこからちょっとずつ変えていって、はじめは材料支給でローラースケートの部品を加工するような仕事を3年くらい続けたんです。ところが受注先の会社が倒産してしまって仕事がこなくなってしまったんですよ。そこからは火ばさみ、工具箱、鋳物で作った万力、鉄アレイなど様々なモノづくりに挑戦しました。万力は今でもうちの小さなメインとして販売しているんですけどね。こういうかたちで工具とか雑貨がちょっとずつ増えていきました。

 

――現在、主力商品のひとつになっているスピーカーはいつ頃から?

安衛さん:スピーカーは今から45年近く前に、私の代で始めました。私は発明が好きで、「日本発明学校」という組織に入っていました。発明好きが集まって、特許で稼いでいる会社の社長さんの講話を聞いて勉強をしたり、会員が考えてきたアイデアの発表会をしたりしていました。そのときの校長先生が面白い人で、いろいろ発明して特許の申請もしていたんです。その方があるときコンクリートの塊で作ったスピーカーを持ってきたんです。バックロードホーンという形式のものになるんですが、100%コンクリートで作られていたんですね。

 

度肝を抜かれた、まったく新しいバックロードホーンとの出会い。

――100%コンクリートのスピーカー?? バックロードホーンとは?

安衛さん:バックロードホーンはスピーカーの箱の中に音の通り道を作って、迫力ある低音を響かせるよう設計されたスピーカーボックスの型式の一種の名前です。その頃はまだ木の板で仕切りを作って、直角的に音の通り道を作りだすバックロードホーンしかなかったので、そこにいた会員はみんな度肝を抜かれました。コンクリートにすることでトランペットやホルンのような滑らかな音の通り道を作ったり、開口部に向けて断面積を徐々に大きくしたりできたんです。校長はコンクリートに穴を開ける方法の特許を取って、それをバックロードホーンに応用していました。とても大きな音で迫力があって、生の演奏を聴いているかのような音が鳴るんです。

 

――じゃあ、すごい発明品だったんですね。

安衛さん:私にも1セット作ってもらって家で聴いていたんですけど、それを見た仲間が同じものが欲しいと言ったので校長にお願いしたんです。でもその頃には校長はもう他の特許の方に夢中でなかなか作ってくれなくて(笑)。そんなのが数年続いて、もうみんなからは忘れ去られていたんですけど、私はこの素晴らしい発想をこのまま埋もれさておくのはもったいないと思っていました。それで先生に電話をして、「もし先生が作らないならうちの会社で作らせて欲しい」と言ったんです。そうしたら作り方を教えてもらえることになりました。でも先生は、その後病気になってしまって、一年ほど入退院を繰り返したんですけど、亡くなってしまったんです。私は喪が明けるのを待ってから、先生の家族に電話させてもらって、「実は先生とこういう約束をしていて、これを作らせてもらえませんか」と息子さんに話しました。そうしたら、「親父の意思をついでくれるなんてこんな嬉しいことはない」と喜んでいただいて、納屋に残っているのがあるからと言って持ってきてくださったんですよ。作り方は聞いていたのでだいたい分かっていたんですけど、まずは持ってきてもらった型を利用して1セット作ってみました。

 

改良を重ねて、より理想的な音に近づけた。

――第一号の出来はどうでしたか?

安衛さん:最初のは重すぎました。それで、暇があるごとにうちの会社で改良を重ねていきました。そのうちに東京ビッグサイトであった展示会に出展させてもらうようになって、あの頃はバブルだったので出展していると何台かは個人的に買ってくれる人がいました。でも終わるとまたパタッと売れなくなったり。定期的に新聞とか情報誌に載ると、また2台かそのくらいの注文がきて、また終わると売れなくなって、みたいなことを繰り返していましたね。専門でスピーカーを作っている大手の会社もあるなかで、うちが作ったってそんなに売れるわけがないんだと思いました。うちは他に本業があるし、会社の趣味として細々と続ければよいかというくらいでしたね。

 

――でも、どこかで転機が訪れるわけですね。

安衛さん:インターネットが普及し始めたので、独学でHPを作ったんですよ。ある日、HPを見た方から「コンクリートスピーカーなんて重くて高いし、僕みたいな若い人は買えない。木製でも積層式の構造にすれば同じようなことができるんじゃないの」とメールが届きました。木を積層式にしてバックロードホーンを作るのは私も以前から考えていましたし、私はコンクリートだから良い音が出るんだと思っていたからあまり気に留めなかったんですね。でもある日、その方が発泡スチロールでサンプルを作って送ってきたんです。それを聞いてみたら、結構良い音で(笑)。これはいけるんじゃないかと思ってすぐに図面を書いて試作品を作りました。「これは改良を重ねれば自作キットとして販売できそうだ」と手応えを感じて、商品化を決定して特許も取りました。

 

 

――コンクリで作った滑らかな音の通り道を、今度は木で再現できたわけですね。

安衛さん:コンクリートは値段も高くてどうしても商売になりづらいから。まずは比較的安くて手ごろな、木の自作キットを売っていけばいいと思ったんです。自作キットだったら「自分で作れる」っていうところに着眼点が向かうし、うちにしかできない木製バックロードホーンでやれば売れる自信がありました。音はコンクリートほどではないけれど、一般的なスピーカーに比べたら全然負けてないですし。

 

――コンクリのバックロードホーンに加えて、自作キットのバックロードホーンという看板商品ができあがったと。

安衛さん:途中からは自作キットだけでなく完成品の販売も同時進行で始めました。でも地方だけで売るのは厳しかったので、東京で開催される「真空管オーディオフェア」という3,000人~4,000人お客さんが集まるようなイベントに参加するようになって。どちらかというと真空管アンプのメーカーさんが多いんですけど、その中で音を聞いてもらったりしていると買ってくれる人が徐々に増えていったんです。NHK交響楽団のバイオリニストが買ってくれたり、生楽器をやるような本物の音が分かる方は、みなさん「良い音だ」って言って買ってくれます。オーディオマニアの方もほめてくれたりしますね。やっぱり生の音に近いねって反応が多いですよ。

 

――3代目の貴一さんに質問させてください。貴一さんはいつ入社されたんですか?

貴一さん:平成28年から入社で、当時28歳でした。入社前は三条市内の金属加工会社に務めていましたが、ゆくゆくは継ぐつもりで工業系の大学も卒業しています。小学校の頃から手伝いしたりアルバイトしていたので、何をしているのかは常に認識していました。

 

――自作キットスピーカーの製作を担当されているんですか?

貴一さん:そうですね。元々は外注に出して削ってもらっていたんですけど、外注先の担当者さんが辞めるタイミングで私が入社しました。他を探したんですけどあまり合うところがなくて、自分ができるだろうって思って始めました。それで外注に出していた会社から機械を買って、データも譲り受けて私が担当するようになりました。他にも新しい商品開発も担当していて、このスマホスピーカーも社長と話しながら試作をしています。

 

日本工業規格で定められているより、遥か上を目指す加工精度。

――どんなところに気をつけて作業されていますか?

貴一さん:まず、品質は大事にしています。ノギスで測って寸法を出すしかないのでとても気をつけていますね。品質を均一化するっていうのが一番大切なので、ちょっとでも変だなって思うものは結構厳しくはじくようにしています。高額な商品になるので、お客さんには間違いのないものを手にしてもらいたいですね。

 

――大変なところはありますか?

貴一さん:木工って結構精度がでないんですよ。もともと金属加工の分野で働いていたので衝撃的でした。金属加工の業界は0.01mmとか0.001mmの世界で精度だしてやっていたんですけど、木工業界では0.1mmくらいのずれは許容範囲とされるんですね。そこらへんの感覚の違いには戸惑いました。どうしても機械の差があるし、木も伸縮するのでそこまでの精度が必要としていないのは分かるんですが、なるべく高い精度を出せるように努力しています。

 

――今後の目標はありますか?

貴一さん:スピーカーでは最近新商品が出ていないので、出したいなっていう気持ちはあります。あとは自分もコンクリートで作ったバックロードホーンの音が大好きだったんです。なので復活させたいんですけど社長はあまり乗り気じゃないんですよね(笑)。他にも結構惜しまれてなくなっている商品があるんですけど、それを超えるような新商品をどんどん開発していきたいですね。

 

 

株式会社 長谷弘工業

TEL : 0256-34-8890

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