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僕らの工場。#12 「株式会社 G.F.G.S.」のプロダクト

  • ものづくり・僕らの工場。 | 2020.02.29

加茂の商店街から全国へ。オーダーメイドのボーダーカットソー

加茂駅から東へまっすぐ約1キロの一本道、加茂市の中心商店街には、食料品、酒類、家電、化粧品、呉服、お食事処など…様々なお店が軒を連ねています。いまや全国的に「町の商店街」といえば活気が失われているイメージの方が強いですが、加茂の商店街はそんなことありません。「地元を活気づけたい!」という若手経営者たちが空き店舗を活用して、様々な事業を展開しています。新旧がいい感じに調和して、若者もお年寄りも楽しめる、そんな商店街なのです。なかでも全国から注目を集めているのが、オーダーメイドのボーダーカットソーで知られる「株式会社 G.F.G.S.」さん。今回は工場見学にお邪魔してきました。

 

株式会社 G.F.G.S.

小栁 雄一郎 Oyanagi Yuichiro

代表取締役。地元・加茂市で株式会社 G.F.G.S.を起業。「オーダーボーダー」は良質なプロダクトと完全受注生産方式で全国のメディアやショップ、アーティストから注目を集め、日本のボーダーカットソーの定番として知られる。その他にも、マガジンの発刊、現代音楽レーベル、クリエイターとのコラボアイテムなど、独自のG.F.G.S.カルチャーを創りだしている。

 

サラリーマンから翻訳サイト運営、いろいろあったG.F.G.S以前。

ーー今日はよろしくお願いします。さっそくですが、小柳さんは加茂のご出身なんですか?

小栁さん:僕は、生まれも育ちもこの「加茂」です。実家は縫製業を営んでいましたけど、時代の流れでやめようとしていたときに、父親の代で廃業し、僕が新たに一から創業したのが「G.F.G.S.」です。

 

ーー小さい頃から、いつかは継ごうと考えていた、ということですか?

小栁さん:いや、まったく。というか、僕自身は高校もあまり行ってなかったかな(笑)。当時は服と映画が好きで、結構フラフラしていた感じでしたよ。当然、先生からも呼びだされる訳だけど、「将来どうすんだ?」みたいにね。「映画監督になりたいです」っていって、両親含め困らせていたかな。

 

ーー(笑)

小栁さん:いや、ほんとほんと。それからは、結構好きな服を買うためにアルバイトしたりしてましたね。で、タイミングもあってコネで就職してサラリーマンになって2、3回転職したりするんだけど、最後は老舗のハサミ工場さんが一番長かったかな。このまま、ここで工場長として終えるのかな。って思ってましたからね。

 

 

ーーそれが、どのタイミングで起業までにいたったんですか?

小栁さん:んー、タイミングというか、服に飽きちゃったんですよ。それじゃあ、自分で作ろうとおもって。それは会社勤めしているタイミングだったから25歳くらいかな? 自分で印刷屋さんでシルクスクリーンをお願いして、当時の社会問題に対しての風刺的なTシャツを作ったりしましたね。それを着て歩いていると、服屋さんからどこで買ったんですか?って聞かれて、自分で作っているんですと答える、なんてやり取りもありました。実際に何店舗かに卸していましたね。当時のNEXT21にあったラフォーレのお店とかね。

 

ーーでは、その流れで…。

小栁さん:いや、それも何年か続けて、飽きちゃってね(笑)。当時、インターネットが出始めたタイミングだったから、次はコレだ!って思ったんですよ。初めてギターをジャーンってならしたときの感覚に近かったかな?カッコいい、凄いと思ってね。それで、翻訳サイトを立ち上げたんですよ。

 

ーーえ…ほ、翻訳サイトですか!?

小栁さん:うん。インターネットっていうメディアで、世界の人と繋がれてさ。最初は外国の歌詞が知りたくてそれで翻訳サイトを考えたんだけど、やって行くなかで、じゃあポータルサイトとして、ちゃんと翻訳者を間に立たせたら面白いだろうなと思って。結局、5カ国語の通訳の方と一緒になってやってましたね。

 

ーーそれはいつぐらいのお話なんですか?

小栁さん:ちょうど、Yahoo!が上場するタイミングだったかな。楽天もまだ4店舗しかなかったときだし。まだバリバリのインターネットが課金制の時代でしたよ。それで、ほぼ日さんも立ち上がったばかりのときで、その翻訳サイトで「ほぼ日のれん会」に出店もしてましたね。

 

縫製業の実家を継ぐかたちで「G.F.G.S.」をスタート。

ーーまさにIT産業のスタートアップを迎える企業さんと一緒のタイミングだったんですね。

小栁さん:たまたまね(笑)。でも、内容は面白かったと思うよ。翻訳サイトっていっても、翻訳サービスを提供するんじゃなくて。僕が編集長として、「面白い」と思ったものを選んで翻訳してもらって転載するの。読物として面白かったと思う。実際に、アクティブイングリッシュやイングリッシュジャーナルに英語を学べるサイトはココみたいに紹介されたしね。今とあまり変わらないでしょ?

 

ーーたしかに、かなり先進的なサービスですよね。実際、読物としてすごく面白そうです。でも、それをやめられた理由はなんですか?

小栁さん:自分が発信したいことだけをやっていたから、広告とかお金とかはもらってなくて持ち出しが大変だったってのもあるけど、一番の理由は当時フランス人のサイトのファンと仲良くなってって、新婚旅行で新潟に来てくれることになったのよ。じゃあ古町で会いましょってなって、そのときの感動と衝撃が凄くてね。今まではネットの中でのやり取りだったから、リアルで会ったときに、ネットでやってる場合じゃねぇなって思ったんですよ。やっぱりリアルに敵うものはないなって思って。それもそこで飽きちゃってね(笑)。でも、他にやることのアイディアもあってね。例えば、当時は海外ブランドって服の着丈が外国人サイズになっていたから、そのサイズを直すサービスとか。まだハサミ工場で働いてたけれど、毎日500丁くらい生産していて抱えていたからそれをそれをどうにかできないか、とかね。で、そのタイミングでリーマンショックがあって実家が廃業寸前まで追い込まれて、両親の力になれないか。と考えて立ち上げたのが「G.F.G.S.」です。

 

ーーようやく立ち上げまできました(笑)

小栁さん:うん。最初はマイナスからの立ち上げだったけど、働いていた当時からボーターカットソーは販売していて、取引先の販売店も10店舗くらいはあったかな。日本にはまだ「日本のボーダーメーカーといえば」みたいなのはなかったから、自分の中ではある程度いけると思ってたし、実際に記事にたくさん取り上げてもらいました。だから、起業まではスムーズに行けました。

 

心が動くことを、自分たちらしいやり方で。

ーーボーダーの品質にはとてもこだわって、コンセプトもしっかり作られていますよね。

小栁さん:そうね、コンセプトをしっかり作ってからモノ作りをするタイプだから。大量生産・大量消費の時代から、エシカルでサスティナブルな社会へとファッションも移行すると考えて、だから長く着れる品質とピュアオーガニックコットン100%でエコで安全に着れること。そして、1着1着、色や形を選べるオーダー制でやってるので、お客さんの「欲しい」に応えることができること。

 

ーーいかに大量生産して、コストを下げて…みたいな従来の工場生産の考え方とは真逆ですよね。

小栁さん:うん、これは今までの工場のやり方から逸脱しているから。僕の根底にあるものは創造と破壊ってことかもしれませんね。

 

ーーこれからの目標みたいなものってありますか?

小栁さん:G.F.G.S.って”Good Feel, Good Style.”の頭文字からつけたんだけど、意味としては「心が動くことを、私たちらしいやり方で。」ってことなんですよね。G.F.G.S.ではカルチャーを作りたいと思ってるんです。面白いことがなければ、作っちゃえってことでこれまでにオーダーボーダー以外にもマガジンの発刊、現代音楽レーベル、クリエイターとのコラボアイテムなんかをやっています。メディアとしてG.F.G.S.らしいやり方で発信して、それに共感してもらえれば嬉しですし。これからも、「らしいやり方」を大切に続けていければと思っています。

 

 

小栁さんは、「子供たちが『素敵なファクトリーが加茂にもある』と胸を張って言える」そんな製品を商店街・加茂市から生み出したいと考えてこの加茂で起業を決めたそうです。考えも、発信しているプロダクトもすごく魅力的ですよね。ところで、そんな小柳さんのような「魅力的な事業」を自分たちでも創造したい!って人に朗報です。加茂市では、今年度から起業を目指している人に対して市として間口を大きくとって「移住・就業支援事業」や「創業支援資金融資」などを行います。「新体制になってから、かなり親身になって聞いてくれるようになった(笑)」とは小栁さん談。何かをはじめたい方、加茂ではじめてみませんか?

 

 

株式会社 G.F.G.S.

加茂市駅前3-5 2F

0256-46-8798

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