水害を乗り越えて営業を再開した関川村の秘湯・鷹ノ巣温泉「喜久屋」。
その他
2022.11.19
8月に県北で発生した豪雨は、風光明媚な秘湯の隠れ宿も容赦なく襲いました。関川村に5つある温泉地のひとつ、今の季節は紅葉が見事な荒川渓谷を奥へ入り、吊り橋を渡らないと辿り着けない鷹ノ巣温泉の宿「四季の郷 喜久屋」さんは、荒川の増水により眼下の堤防が崩壊、客室の一部などが川へ流出しました。甚大な被害により休業を余儀なくされますが、そこから立ち直り1カ月半後には一部営業を再開、現在も営業を継続しながら復旧・復興に取り組んでいます。旅行口コミサイトの国際大手・トリップアドバイザーによる「トラベラーズ・チョイス」では日本の旅館トップ25に2年連続ランクインし、今年は2位に選ばれた同館の若旦那・小山さんに、被害の状況や再開までの経緯、今後の展望などについてお話を伺うことができました。


四季の郷 喜久屋
小山 泰喜 Koyama Taiki
1982年関川村生まれ。鷹ノ巣温泉「四季の郷 喜久屋」の次代、3代目にあたる副館主・料理長。大阪の短大で調理師免許を取得、神戸・有馬温泉で旅館の板場に入り4年間修業したのち、帰郷して家業に入った。中学生から2歳まで4児の父で、趣味は車いじり。
客室の半数超を失うも、紅葉シーズンにはお客を迎えられるまでに。
――ニュースの映像でも度々目にしましたが、今回は大変な被害で。恐縮ですが、改めて被災状況を教えていただいてもよろしいでしょうか。
小山さん:当館は客室がそれぞれ「離れ」や「別館」として独立した構造になっているのですが、当日の夜は目の前を流れる荒川の増水による激流で当館敷地前の堤防が決壊し、堤防沿いに建つ3棟5室が一部倒壊しました。当日ご利用のお客様は、事前に避難していただいていましたのでご無事でした。土台の一部がえぐられた棟はお部屋の露天風呂や地下の浄化槽も眼下に流出し、温泉ポンプも被災しました。形が一変した土手に当館の設備や堤防の残骸が散乱しているのを目の当たりにしたときは、これからどうやっていけばいいのだろうと絶望的な気持ちになりましたよ……。

――お察しします……まさに夏休みの書き入れどきに。
小山さん:せっかくご予約いただいていたすべてのお客様にキャンセルの連絡をするのは非常に申し訳なく、正直、心が折れかけました。当館はそれまで幸い、その構造からお客様同士が接触する機会がほぼないこともあり、新型コロナの影響もそこまで大きく受けずにやってこられていたのですが。ただ、一部とはいえ、再開が紅葉シーズンに間に合ったのはよかったです。
――再開までの経緯を教えていただいても?
小山さん:発災が8月3~4日で、堤防の仮復旧工事が始まったのがその2週間後くらいでした。堤防はそれからわずかひと月で現在の状態にまで復旧し、当館も浄化槽の接続や温泉ポンプの修理などを進め9月17日にまずは被害を免れた3室で営業を再開することができました。それから比較的被害の少なかった1室を復旧させ、現在は4室で営業しています。水害前は8室でしたので、半分の規模での営業となっています。お客様や地域の方々には多くのご支援・励ましをいただき、また業者の方々は寸暇を惜しんで復旧工事にあたってくれ、本当に感謝しています。


――にしても、わずかひと月でこんな堤防ができてしまうなんて、人間の力ってすごいんですね……。
小山さん:当初は再開なんて考えられないくらい打ちひしがれていましたが、堤防が日に日に復旧していくにつれ、こちらもどんどん気持ちが前向きになってきました。重機があちこちで動く様を間近で見られて、子どもも喜んでいましたし(笑)。また今回の激流で多量の土砂が館前の河原に溜まったのですが、それを仮堤防の造成に活用できたのは不幸中の幸いだったかもしれません。来ていただいてお分かりの通り、こちらは外部と吊り橋でしかつながっていないので、もし土砂を他所から搬入していたとしたらもっと時間がかかっていたと思います。

創業以来の個別スタイルで寛ぎの時間を提供。55年前の記憶も奮起の材料に。
――それでは、お宿の特長を改めて教えてください。
小山さん:当館は先ほども触れた通り、それぞれ専用の露天風呂が備え付けられ独立している客室が屋外の回廊でつながっているかたちになっており、お客様にはプライバシーを大切にしながらゆっくりと寛いでいただけるのが最大の特長です。また、こちらには一本の吊り橋を渡ることでしか辿り着けないこともあるため、世間の喧騒から離れ、落ち着いた静かな時間をじっくりと味わっていただける「隠れ宿」として内外の方々にご愛顧いただいています。


――先ほどのお話にもありましたが、コロナ禍にも対応していて、旅行がプライベート化・個別化している時代のニーズにもすごく適っているといえそうですね。ずっとこういうスタイルなんですか。
小山さん:そうですね。昭和40年の創業以来、ずっとこのスタイルです。
――お祖父さんでしょうか、時代を先取りしていたんですね。
小山さん:どうでしょうか、創業者の祖父・喜久雄はもともと長野の出身で、戦時中は戦闘機の製造に携わっていたそうですが、それまでと全く別の土地でまったく異なった業種を始めたわけですから、先見の明があったのかどうかはともかく、少し変わり者ではあったようです(笑)。宿泊業といえば団体旅行を受け入れるのが当たり前の時代も、ずっとこのスタイルを貫き続けました。
――えっと、1965年の創業ということは、67年の羽越水害でも被災を?
小山さん:はい、私はもちろんまだ生まれていませんでしたが、今回以上の被害だったようです。今回、荒川は越水自体はせず、あと60センチのところで何とか踏みとどまったともいえますが、55年前は水が堤防を越え、ほぼ全棟が倒壊し、当時の吊り橋はくの字に曲がったほどだったそうです。祖父の代は創業わずか2年ですべてを失いかけたところから立て直したわけですから、自分たちも負けていられません。

支援への感謝を胸に、本格再興へ今後も日々精進。
――再開に向けては、クラウドファンディングにも取り組まれたようですね。サイトを拝見しましたが、目標金額を大幅に上回る支援が集まっていました。
小山さん:当初は考えてもいなかったのですが、常連のお客様を中心に「寄付の窓口はないのか」、「やるなら支援するよ」との声を少なからずいただいて。「うちなんかより被害の大きいところはたくさんあるのに」とも思ったのですが、悩んだ末、やってみることにしました。望外のご支援をいただいて、なんとお礼を申し上げていいのやら分からないです。これほど多くの方が当館に心を寄せ、再開を待ってくれていることを実感させていただきました。また再開後も、ご利用いただいた方から直接お見舞いをいただいたり……従業員一同、とても大きな心の支えになっています。本当に感謝です。
――再開後の手応えはいかがでしょう。
小山さん:おかげさまで多くのお客様に来ていただいて、本当にありがたい限りです。ご心配をいただいていた常連のお客様が駆け付けてくださることもあり、大変励みになります。ただ、いかんせんまだ4室しか再開できていないため、日によっては満室となってしまいお断りさせていただくケースもあり、非常に心苦しいです。

――今後の展望はいかがでしょう。
小山さん:土台がえぐられた2棟4室は、残念ながらこれから取り壊しすることになりますが、年内には既存の施設を改装し5室目を再開する予定です。堤防の本復旧にはまだまだ時間がかかりそうですが、最終的には離れを2棟新築し、7室で営業していきたいと考えています。今回様々な方面から受けたご恩に報いることができるよう、着実に復旧・復興を進め、さらに良い宿になるよう日々精進していきます。
――順調に進むことを心より祈ります。本日はお忙しい中、ありがとうございました。


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