南魚沼市旧六日町にある「今成漬物店(いまなりつけものてん)」。江戸時代に建てられた蔵で、時間と手間をかけて丁寧に作られる「山家漬(やまがづけ)」が看板商品です。この「山家漬」という名は、会津八一さんが命名したことでも知られています。今回は今成さんにお店の歴史や「山家漬」を伝承することへの思いなど、いろいろとお話を聞いてきました。
今成漬物店
今成 要子 Yoko Imanari
1971年南魚沼市生まれ。青山学院女子短期大学を卒業後、株式会社思潮社、シャネル株式会社などで働く。40歳で地元に戻り、家業である今成漬物店の仕事をはじめる。
——今成漬物店さんは、とても歴史のあるお店だそうですね。
今成さん:漬物店としては100年以上続いています。江戸時代には酒造りをしていて、その酒粕を使い、奈良漬を真似てできたものが当店の粕漬です。雪深いこの地域では、漬物は冬の保存食としてなくてはならないもので、どのご家庭でも作られていたんですね。
——看板商品の「山家漬」というのは?
今成さん:地元の野菜や山菜を「八海山」の酒粕で漬けた粕漬です。錦糸瓜、越瓜、胡瓜、茄子、蕨(わらび)などの5種が詰め合わせになっています。ずっとこの素材で「山家漬」を作ってきました。
——地元の素材を使っているんですね。
今成さん:ここには美味しいお酒があって、お野菜や山菜が採れるのだから、その素材を当然のように使ってきました。どこかから取り寄せたり、特別なものを使ったりしていたら、戦争などの影響で製造できなかったかもしれません。無理のないやり方をしているからこれまで続いているのだろうと思います。
——5種類の素材はどのようなものを選んでいるんですか?
今成さん:何世代もお世話になっている方々から作ってもらっている野菜ばかりです。例えばわらびは、山菜採りの名人さんが毎年格別よいものを採ってきてくださいます。「今成漬物店」が求めているものがどんなわらびかご存知なんですね。手の指ほど太いわらびで、先がキュッと閉じたものだけを入れてくださいます。
——会津八一さんとの関わりもあるそうですね。
今成さん:曽祖父が会津八一先生と親友だったそうで、その友情があって「山家漬」の名前と題字をいただきました。祖父が東京の会津先生のもとへ書をいただきに行ったとき、「山家漬」と書かれた紙がいっぱい置かれていて、その中から1枚「これだ」と選ばれたそうです。他の書は捨ててしまって、祖父は「もったいない! 何枚か欲しい」と思ったという話をよく聞きました。
——粕漬を作る蔵は江戸時代からあるものだそうですね。
今成さん:酒蔵として使っていた頃から300年くらいは経っているだろうと思います。あの蔵を建てるとき、どれくらいの人数で何日かかったかを記した資料もあるようです。相当な方々の力を借りてできたようですが、それほど立派な蔵ではないですし、特別な意匠を施しているわけでもありません。ただ、これほどの歴史があって今も現役で働いている蔵は他にはないかもしれませんね。あの蔵がなければ「山家漬」は作れません。ずっと稼働し続けている空気感がありますよ。
——美味しい漬物と南魚沼のお米があったら、もう他に何もいらないですね。
今成さん:最高の組み合わせですよね。粕漬は他の漬物を作るよりも手間と時間がかかります。それが伝わるからか、私たちがびっくりするほど「山家漬」の味に感動してくださる方もいらっしゃいます。先日は初めて「山家漬」を食べたという方から「これが本当の、人間らしい食べ物だと思った」というお声をいただきました。それからお母さまにプレゼントしたら涙を流して「こんなに美味しいもの、はじめて食べた」とおっしゃったとも聞きました。そう思ってもらえる漬物ってなかなかないんじゃないかと、ありがたく思っています。
——どんなところに手間と時間がかかるんでしょう?
今成さん:まず素材を塩漬けしてから丁寧に取り出して、酒粕と砂糖で漬け込みます。熟成、発酵させてから、塩分を取りながら旨味を入れます。これが中漬けという作業です。それが終わると3ヶ月〜1年かけての本漬け。作業としては中漬けと同じですが、食材がとても壊れやすくなっているので気を配りながら漬けるんです。
——商品になるまでは相当時間がかかりそうですね。
今成さん:早ければ半年ほどで完成する場合もありますよ。ただ中漬けから本漬けに移すタイミングもさまざまですし、工場で作る漬物とは違うので「この前とは違う感じがする」という場合もあります。美味しくなった状態でご提供するのは大前提ですが、漬ける期間や季節、桶の上と下でも味は変わるんですね。美味しいという範囲には必ずおさまりますが、その美味しさはいろいろです。それを受け入れていただいているのかなと思います。
——確かに、家庭の漬物だっていつも同じ味ではないですもんね。
今成さん:大量生産、機械化が進む中ではもっともダメな作り方ですよね(笑)。ただ「こういう味もいいよね」って見直されている時代でもあって、ひとつひとつ丁寧に作っていることに喜んでいただけている実感があります。
——「クリームチーズの粕漬」も評判がよいそうですね。
今成さん:本漬けする際の漬け粕は、それ自体がすごく美味しいんです。残った漬け粕は自分たちで食べて、それ以外は廃棄していました。だけどそれではもったいないので、何かに使えないかと模索していたんです。はじめの頃はクリームチーズを酒粕に漬けてみたんですけど、他で売られているものとそんなに変わらないような気がして、うちで作る意味があるのかなと迷いがありました。でも本漬けの漬け粕にクリームチーズを漬けてみたらとても美味しくできあがったんです。他にはない「山家漬」味になりました。
——「今成漬物店」さんだけの味ができあがったと。
今成さん:熟成させた方がさらに美味しくなるとわかって、1年前から1ヶ月〜2ヶ月漬け込み、漬け粕の味が浸透したクリームチーズにリニューアルしました。とても濃厚で旨味が凝縮しているので、お酒のおつまみにもぴったりですよ。
——発酵の力ってすごいですね。
今成さん:20年ほど前、山形の「アル・ケッチァーノ」の奥田シェフが見学に来てくださって。「世界が発酵に注目していて、日本の漬け物に注目が集まっている。漬け物を作る過程の旨みや風味を別の料理にも生かしている」と教えてもらったことも「クリームチーズの粕漬」を作るヒントになりました。奥田さんのお話を聞くまでは、漬物が発酵する過程の泡が出てブクブクしている様子は見た目にも恐ろしい感じがするし、恥ずかしくて人にお見せしたくないと思っていました。でも奥田さんは「これが美味しいんですよね」って。そういう見方もあるんだと驚きました。確かにブクブクと発酵することで美味しいものができるんだから、もっと自信を持とうと思えたんです。
——これまで長く続いてきた「山家漬」、これからどう伝承していこうと思っていますか?
今成さん:「山家漬」は日本の食と一緒にあると思っています。だから無理に守ろうとしなくても、自然と皆さんに愛され、受け入れられてきたんでしょうね。これだけ長い間、美味しいと喜んでもらってきたのだから、これから人間が宇宙人みたいに変化しない限りきっとこの味は受け入れてもらえるだろうと思っています。だから「守っていきたい」って考えはあまりないんです。「山家漬」を知っていただく努力をして、皆さんに喜んでもらえるように続けていきたいです。
今成漬物店
南魚沼市六日町1848
025-772-2015