八木ヶ鼻の麓で、温泉水スープの勝負ラーメンを味わう「八木茶屋」。
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2021.10.07
これから秋が深まるにつれて紅葉シーズンがやってきます。新潟県内にたくさんある紅葉スポットのひとつが、三条市の下田地域にある「八木ヶ鼻」です。五十嵐川の清流にその姿を映しながらそそり立つ姿は圧巻で、その断崖を覆う紅葉はまるで絵画のようです。その麓に「八木茶屋」という名の古い食堂があるのをご存じでしょうか。「山塩ラーメン」や「ピネライス」といったオリジナリティあるメニューが人気なのですが、はたしていったいどんな料理なのか。マスターの内藤さんにお話を聞いてきました。


八木茶屋
内藤 弘一 Koichi Naito
1968年三条市(旧下田村)生まれ。新潟市の調理師専門学校で学び、調理師免許を取得。料亭やスタンド割烹で日本料理の修行を積み、結婚を機に実家の「八木茶屋」を三代目として継ぐ。高校時代は陸上部でやり投げの選手だった。
修行中に義理人情を学んだ、三代目。
——八木ヶ鼻が望める素敵なロケーションですよね。「八木茶屋」さんはずっとこの場所で営業してきたんですか?
内藤さん:はい、創業から80年以上この場所でお店をやってきました。俺のおじいさんは東京の人だったんですけど、戦時中に下田へ疎開してきたんですよ。足が不自由で兵隊にならずに、下田にあった軍需工場で働いていたんです。そのとき、おばあさんと出会って結婚することになったので「八木茶屋」をはじめたんだそうです。ここはもともと「八木館」という旅館の一部だったんですが、当時人手に渡っていたのをうちが買い取ったんです。

——80年以上というのは長い歴史ですね。最初から食堂を?
内藤さん:最初はせいべいやアイスキャンデー、牛乳を売っている商店だったようです。でも、当時このへんには飲食店がなかったし、おばあさんが料理好きだったから食堂をはじめたんですよ。
——内藤さんは三代目として、最初からお店を継ぐつもりだったんですか?
内藤さん:そうですね。二代目としてお店をやっていた父は、俺が小学生のときに34歳の若さで亡くなったんです。それからは、おばあさんと母がふたりでやっていたので、いずれは俺が継がなきゃと意識はしていたと思います。すぐに修行をはじめようか迷ったんですけど、まずは調理師の資格を取るために新潟の調理師専門学校へ行きました。
——じゃあ、専門学校を卒業した後はすぐに跡継ぎとしてここに?
内藤さん:いえ、料亭とスタンド割烹で7年間修行しました。修行時代は厳しかったですね。料亭では営業が終わった後で包丁を20本以上研いで、深夜12時くらいにようやく仕事が終わる毎日でした。まかないを担当して、朝食の味噌汁や吸い物を作っていたんですけど、親方から、ひとくち味見した途端、「こんなまずいもん飲めるかっ」って怒鳴られて、鍋の中を全部捨てられたこともありました。
——おお、厳しい……修行時代の教えは今でも生かされていますか?
内藤さん:でも、スタンド割烹でお世話になった親方はとても義理人情に厚くて、スタッフみんなに手厚く接する人だったので、そこで人を大切にする姿勢を教わりました。飲みに行っても、下の立場の人に絶対にお金を払わせることがない人でした。俺がお金を払おうとすると「そんなに金が払いたいんだったら、自分の後輩と来たときに払ってやれ」って言われました。親方から教えられた義理人情は、今も自分のなかに生きていると思います。それで、その割烹で知り合った奥さんと結婚することになって、そのときに「八木茶屋」を継いだんですよ。

「山塩ラーメン」と「ピネライス」誕生秘話。
——「八木茶屋」さんには、ちょっと変わったメニューがありますよね。たとえば「山塩ラーメン」とか。
内藤さん:これは、地元の人気旅館の「嵐渓荘」の温泉水を6時間煮詰めてつくった「山塩」に、鯛や野菜でダシをとったスープを合わせてつくる塩ラーメンですね。

——温泉水でラーメンをつくるっていう発想が素晴らしいですね。
内藤さん:たまたま嵐渓荘に行ったとき出てきた「ウェルカム温泉」という温泉水を飲んでみたら、とても美味しかったんです。そのときに「これでラーメンをつくったら絶対美味しくなる」って思いました。それで、当時の嵐渓荘の社長に温泉水を使わせてほしいとお願いに行ったんです。でも「うちの旅館で出す分にはいいけど、よその店で出す料理に使うのは責任を負えないから……」と許可してもらえなかったんです。
——あらら……。それで、どうしたんですか?
内藤さん:その後も頼み続けて月日が過ぎて、そのうち嵐渓荘の社長が入院されたんです。俺がお見舞いに行ったとき、ついに「もし、俺がうまいと思うようなラーメンを作ることができるんだったら、うちの温泉水を使ってもいいよ」と言ってくれたんです。
——おお。それで食べてもらったんですか?
内藤さん:はい。社長はもうほとんど食事ができないほどだったんですが、スープをひとくち飲んで麺を少し食べた後、つかまっていた歩行器から手を離して頭の上に両手でOKサインを作ってくれたんです。それから、ゆっくりと手を伸ばして握手してくれました。残念ながら社長は亡くなってしまったのですが、「山塩ラーメン」は社長の形見だと思って、今も大事に作っています。
——メニューの背景にはそんなストーリーが隠されていたんですね。
内藤さん:他にも「山塩ラーメン」にまつわるエピソードはありますよ。2018年に嵐渓荘で将棋の「竜王戦」が行われた際、棋士の羽生善治さんが「山塩ラーメン」を昼食に食べて勝利したんですよ。それ以来、「隠れた勝負めし」だと思っています(笑)

——いろいろなエピソードがあるメニューなんですね。もうひとつ「ピネライス」というメニューも気になります。
内藤さん:こちらはチャーハンとカレー、とんかつが一度に楽しめるメニューです。あるとき、常連のお客様がチャーハンとカツカレーのどちらを食べるかで迷っていたんです。そこでチャーハンとカツカレーを合わせた料理を作ったら好評だったので、「ピネライス」として提供することになりました。「ピネ」っていうのはフランス語で「とんかつ」を意味する言葉なんです。

下田の景色も料理の味つけのうち。
——内藤さんは普段、どんなことに気をつけて料理を作っているんですか?
内藤さん:まず料理を作る前に、店の衛生管理、自分の体調管理をしっかりするのが最優先だと思っています。それがしっかりできていないと、美味しいものなんて作れないですよ。だから、そのどちらかができていないときは、思い切って休業するようにしています。
——なるほど。まず基本的なことをしっかりしなくてはならないと。他に気をつけていることはありますか?
内藤さん:お客様がいつご来店しても、同じ味でお迎えできるようにしています。わざわざ遠い下田まで「八木茶屋」の味が食べたくて来てくれたのに、味が違ったら申し訳ないじゃないですか。
——「わざわざ」って(笑)
内藤さん:でも本当に、わざわざ足を運んでくれるお客様に、下田の景色を見ながらでしか味わえない料理を提供したいと思っているんですよ。景色も料理の味つけのうちですね。それでお客様に喜んでいただけたら、それで幸せなんです。

——下田に来て「八木茶屋」でしか食べられないものを作っていきたいということですね。
内藤さん:料理だけじゃなくて、来てくださったお客様にはできるだけ話しかけるようにしています。ある常連のバイカーさんがご自身のSNSのなかで「八木茶屋のマスターがかけてくれる『お気をつけて』の言葉が聞きたくて通っている」って言ってくださっていて、とても嬉しかったですね。これからも、わざわざ来てくださるお客様によろこんでいただけるよう営業していきたいです。

温泉水を使ってスープを作る「山塩ラーメン」や、チャーハン、とんかつ、カレーが三位一体になった「ピネライス」といったオリジナリティの高いメニューが味わえる「八木茶屋」。その調味料になっているのは、下田の雄大な風景なのかもしれません。これからの紅葉シーズン、ぜひ下田に足を運んで「八木茶屋」でお食事してみてはいかがでしょうか。マスターの「お気をつけて」が聞けるかもしれませんよ。
八木茶屋
三条市長野341-4
0256-47-2017
11:30-14:30
月曜休
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