野菜を使ったパンというのは珍しくありませんが、お店に並んでいるすべてのパンに野菜が使われていることって、なかなかないのではないでしょうか。「野菜」が前面に押し出されたパンというのは、今回ご紹介する「桃川農園ベーカリー」ならでは。雨上がりの空の下、秋風の心地いいテラス席で、オーナーの佐藤さんと店長の五十嵐さんにパン作りのこだわりを聞いてきました。
桃川農園
佐藤 譲 Yuzuru Sato
1970年村上市生まれ。瀬波温泉にあるホテルのフロントマン、土木作業員、工務店の営業を経て、2013年より実家の農業を継ぐ。農業のかたわら6次化産業に取り組み、2023年に「桃川農園ベーカリー」をオープン。以前は野球やバイクを楽しんでいたが、現在は農業一本に打ち込んでいる。
桃川農園ベーカリー
五十嵐 美樹 Miki Ikarashi
1977年村上市生まれ。最初に勤めた薬局で美容や健康への興味を深め、以後、化粧品店をはじめ美容の仕事に携わってきた。2023年にオープンした「桃川農園ベーカリー」の店長を務め、立ち上げから関わる。ヨガやマラソンなどで健康な身体づくりを目指している。
——五十嵐さんは「桃川農園ベーカリー」で店長さんを務めているんですよね。どうしてここで働こうと思ったんですか?
五十嵐さん:私は以前、美容に関わるお仕事をしていたんですけど、スキンケアひとつとってみても、身体の内側から健康になることが重要だということに気づいたんです。「桃川農園」の佐藤さんから「ベーカリーをオープンして自家製の野菜を使った健康的なパンを販売する」というお話をお聞きして、健康に対する自分の思いと重なったのでぜひお手伝いしたいと思いました。
——美容のお仕事というのは?
五十嵐さん:もともとメイクに興味があったので、薬局に勤めて化粧品の販売を担当していたんです。その経験もあって美容はもちろん、健康への意識が強くなっていきましたね。
——じゃあ五十嵐さんはこれまでパンを作った経験は……?
五十嵐さん:まったくなかったんですよ(笑)。だからオープン前にベーカリーをやっている方に協力していただいて、短期間でパン作りを教わったんです。短い期間で覚えるのは大変でしたけど、教わったことをもとにして手探りで試行錯誤しながら「桃川農園ベーカリー」のパンを作り上げていきました。
——特に試行錯誤したのは、どんなところでしたか?
五十嵐さん:どんなふうに野菜を使えば、いちばん美味しく召し上がっていただけるのかを考えましたね。
——五十嵐さんが特にオススメしたいのはどのパンですか?
五十嵐さん:「野菜食パン」でしょうか。味つけしてあるわけではないので、普通の食パンのようにバターやジャムなどでお好みの味でお召し上がりいただけます。でも野菜が入っているので、自然と栄養を摂ることができるんですよ。
——野菜嫌いの方でも栄養を摂りやすいですね。
五十嵐さん:「桃川農園ベーカリー」のパンは小さなお子様からご年配のお客様まで、どなたにも安心して召し上がっていただけるという自信があります。健康や美容に気を使っている方には、ぜひオススメしたいですね。
——続いて「桃川農園」社長で、ベーカリーのオーナーでもある佐藤さんにお聞きしたいと思います。佐藤さんはずっと農業に携わってこられたんですか?
佐藤さん:実家は稲作農家をやっていたんですけど、私はときどき手伝いをしながら会社勤めをしてきました。3人の子どもがいて、いろいろとお金もかかったもんですから……(笑)
——本格的に農業をはじめる前は、どんな仕事をされてきたんでしょうか。
佐藤さん:まずは瀬波温泉にある観光ホテルで働きました。フロント業務がメインだったけど、掃除や皿洗い、朝食や宴会のサービス、バスの送迎、結婚式の司会、バーテンダーなどなど何でもやりましたね。
——オールラウンダーですね(笑)
佐藤さん:その後は土木作業員を12年くらいやりました。重機の操縦やダンプの運転もしましたが、ずいぶん危ない現場でも働いたんですよ。10年間通った奥三面ダムの建設現場なんて、ダンプが脱輪したら谷底へ真っ逆さまっていう命がけの現場でした。
——それはずいぶん危険ですね……。ご実家の農家を継がれたのはいつ頃なんですか?
佐藤さん:10年くらい前かな。子どもも一人前になってきて、少し余裕ができたタイミングで農家を継ぎました。もともと稲作農家として米作りをしていましたが、それだけではこの先難しいと感じたので野菜の栽培にもチャレンジすることにしたんです。見よう見まねではじめてみたものの最初のうちは失敗ばっかりで、2〜3年は野菜での収入はまったくありませんでした。
——例えばどんな失敗をされたんでしょうか。
佐藤さん:畑が草ぼうぼうになったり、作物が虫だらけになったり、枯らしちゃったり……。初年からアスパラガスに挑戦してみたものの、アスパラガスっていうのは3年経たないと収入にならない作物なんですよ。サラリーマン時代にコツコツ貯めていた貯金を切り崩す生活が続いて、挙句、すっかり底をついてしまいましたね。
——でも今では軌道に乗っているんですよね。
佐藤さん:失敗した経験をもとに改良を繰り返して、徐々に上手く作れるようになっていきましたね。ネット販売やスーパーの直売でも認知していただけるようになって、東京のレストランやスーパーでもうちの農作物が認められるようになっていったんです。本当にありがたいことですね。
——認められた理由はどこにあると思いますか?
佐藤さん:とにかく土にはこだわってきましたね。堆肥を使ったり、異なる作物を交代で栽培する輪作を行ったりすることで、化学肥料や農薬の使用を最小限にとどめる有機栽培をしてきたんです。農産物がもともと持っている生命力を引き出してやることで、味が濃くて美味しい野菜ができるんですよ。
——ベーカリーをはじめることになったのは、どうしてなんでしょうか。
佐藤さん:どんなに美味しい野菜を作っても、農家に入る収入って少ないんです。そして、どんなに頑張って作っても「ハネモノ」といわれる規格外品はどうしてもできるんですよ。今までは廃棄するしかなかったハネモノ野菜を加工して使うことはできないかと考えたのがきっかけでした。それから4年間は6次化産業についてみっちりと勉強しましたね。
——いろいろな加工が考えられると思うんですけど、パンを作ることになったのはどうしてなんですか?
佐藤さん:ベーカリーを経営している方から、野菜を使ったパンを提供するベーカリーをはじめてみたらどうかと勧めていただいたんです。そこで店長の五十嵐を修業させていただき、パン作りを教わりました。
——佐藤さんが考えるパン作りのこだわりポイントはどんなところですか?
佐藤さん:身体に優しい素材だけを使っていることころです。素材でいうと、北海道産の小麦や種子島産の砂糖などが挙げられますけど、いちばんのこだわりは自家栽培している野菜ですよね。自分たちで作っている野菜ですから、何を聞かれてもすべて答えることができますよ。来年からは自家栽培した小麦でパン作りに挑戦してみようと思っています。
——今までも野菜を多めに使ったパンをいろいろ見てきましたけど、ここまで野菜を前面に押し出したパンっていうのは見たことがないです(笑)。それからお店もいい雰囲気ですよね。
佐藤さん:お店の内装は農家の土蔵をイメージした造りなんです。ご来店くださったお客様に、田舎の雰囲気を楽しんでいただけたらと思っています。
——お店の前にはテラスもあって気持ちいいです。
佐藤さん:こんな田舎の奥まった場所に普通のパン屋があったって、誰も来てはくれないと思うんですよ。だからテーマパークみたいなエンタメ性が必要だと思ったんです。ただパンを買いに来るだけじゃなくて、田舎の景色のなかでゆったりと過ごしていただけるような空間にしたかったんですよね。
——「桃川農園」の周りがちょっとした観光エリアになって賑わうといいですね。
佐藤さん:ありがとうございます。ゆくゆくは米蔵をリノベーションしたカフェレストランをはじめて、野菜を使ったお料理やお酒の提供もしたいんですよ。自家栽培の小麦を使ったピザなんかも作りたいです。お土産用の自家製ジャムは現在作って販売していますけど、今後は野菜を使ったプリンにも挑戦してみたいですね。
桃川農園ベーカリー
村上市桃川471-5
0254-75-5646
11:00-16:00
火水曜休