空間設計などを手掛けるデザインスタジオ「Sponge」が、昨年、事務所をギャラリーカフェ「somewhere」へとリニューアルしました。席代500円を払うことで、ギャラリーの展示を眺めたり置かれている本を読んだりして、時間制限なく過ごすことができます。こだわりのドリンクや手作りスイーツも注文できて、長時間の作業や仕事をするにはぴったりの場所。どうしてこのような場所を作ることにしたのか、「Sponge」代表の髙坂さんにお話を聞いてきました。
somewhere
髙坂 裕子 Yuko Takasaka
1984年長岡市生まれ。武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科を卒業後、東京都内のインテリアデザイン会社に勤務。2015年に長岡市へUターンし、2016年にデザインスタジオ「Sponge」を立ち上げる。2021年11月に法人化。昨年、長岡市の事務所をリニューアルし「somewhere」をオープン。
――「somewhere」は喫茶やギャラリー、働く場と、幅広く使える空間なんだそうですね。どうしてこういう場所を作ることにされたんでしょう。
髙坂さん:私自身の体験に基づいているんですけど、「どこかこの本に没頭できる場所」とか「どこか大切な友人と語り合える場所」とか「どこか仕事のアイデアを出すための場所」とか。それぞれがタスクをやり遂げるための「どこか」に寄り添う場所を作りたいなっていう思いからはじめました。
――それで「somewhere」と付けられたんですね。髙坂さんの「体験に基づいている」というのは?
髙坂さん:独立して仕事をはじめたとき、最初はオフィスがなかったので自宅のダイニングテーブルで仕事をしていたんです。でもやっぱり集中できないので近隣のカフェを転々としていたんですけど、2~3時間いると「迷惑なのかな」と思ったりして。コワーキングのような場所にも足を運んだんですけど、何かアイデアをひねり出さなきゃいけないときはあんまり有効に働かなかったんです。
――コワーキングスペースって、作業するにはよくてもアイデアが欲しいときには向いていないわけですね。
髙坂さん:本屋さんで本をパラパラって見ていて「あっ」ってひらめくみたいな、降りてくる瞬間が欲しくて。そういうところでなかなか自分にマッチする場所が見当たらなかったんですよね。「だったら作っちゃおう」っていう(笑)
――ご自身が欲しかった場所を形にしようと「somewhere」をはじめたと。
髙坂さん:以前は「オフィス兼イベントスペース」として使っていたんですけど持て余していたので、広く開放することにしました。そこから居心地のいい空間であること、美味しいコーヒーやスイーツがあること、あとは刺激をくれるような書籍やアートに出会えることが必要だなと思ったので、そういうものをひとつずつ揃えていって今に至ります。
――この場所を利用するときのルールみたいなものってあるんですか?
髙坂さん:最初に利用料500円を払っていただきます。その代わり何時間いていただいてもいいんです。サービス代ですね。自分たちで持続していくことを考えたときに、その対価がちゃんと必要だと思って。当初から「この場所の趣旨が長岡で受け入れてもらえるのか」っていう心配はあったんですけど、絶対に私のような職場難民がいるはずだっていう思いはあったんですよ。
――フリーランスの方も増えてきていますもんね。
髙坂さん:ただカフェを楽しみたい人と仕事に集中したい人と、やっぱりちょっと目的が違うので、どちらもストレスを感じるようなことがあると嫌だなと思って。席代500円を払ってでもここに来るっていう選択をされた方は、きっとここのコンセプトを理解してくださっているだろうから、ある種の線引きといいますか。来ていただいたからにはサービスに手を抜かないという思いも込めて、このシステムにしています。
――提供されているメニューは、スタッフの皆さんが考えて作っていらっしゃるんですか?
髙坂さん:そうです。優秀な方々が支えてくださっているので、そこは信頼して任せています。私は試食担当ですね(笑)
――メニューにドーナツがありますけど、同じビルの1階で「おやつショップ ダボ」というドーナツ屋さんもはじめる予定だと聞きました。
髙坂さん: 素朴で、子どもでも安心して食べられるようなおやつ、っていうのが「ダボ」のコンセプトなんです。去年、このビルの3階に塾が入ったことによって、子どもが階段を往来する景色が生まれたんです。お腹を空かせた子どもたちが揚げたてのドーナツを頬張って3階に行く。そういうシーンって想像するだけでいいじゃないですか。
――ほっこりする光景ですね。
髙坂さん:そういう景色を作りたいなっていうのと、あとは自分自身ドーナツが好きなので、「私の好きなドーナツを作ろう」というところからスタートしているんです。大学の頃、東京でよく行っていたドーナツ屋さんがあって、そこがおからを使ったドーナツを作っていたんです。それがすごく好きだったので、うちのオリジナリティを出しつつ、使う油の種類とか入れる添加物にこだわって、安心して食べられるものを作っています。
――企画展も定期的に開催されているそうですね。
髙坂さん:自分たちで企画立案するケースがほとんどなんですけど、展示を見に来られた方が「自分もやりたい」と言って依頼してくださることもあります。地元の人をフォーカスしたいっていう思いもありますし、地元ではなかなか出会えないモノや人に出会えるようなこともやりたいと思っています。
――取材日の今日は「植物生活/BOTANICAL LIFE」という企画展が開催されています。どういう企画なんでしょう?
髙坂さん:大学の同期でもある陶芸家の川名萌子さんと、「Mountain riveR」さんっていう長岡で活躍する庭師さんのコラボレーションを実現させた企画です。「somewhere」を知らない方でも「植物が欲しいな」と思って来てくださる方が多いですね。
――素敵な花瓶や鉢と一緒に購入できるのは嬉しいですね。この空間の中だと植物がより映えます。
髙坂さん:什器の配置はイベントとか企画ごとにガラッと変えているんですよ。その方の作品を見せてもらって、どういうふうに展示するのがいちばん映えるかを一緒に話し合っています。「ギャラリーじゃなくていいから、自分が趣味で描いたイラストを見てほしい」っていうような方々に気軽に出展してもらいたしですし、作り手の方とアートを好きな方が出会う場所になったらいいなって思っています。「私も何かやってみたいな」っていう方がいらっしゃれば、ぜひご相談ください。
――本業の空間作りのお仕事とはまったく違う取り組みだと思いますけど、「somewhere」をはじめてみて気付いたことはありますか?
髙坂さん:再認識したことがあって。私はいつも人のお店を作るビルダーの側なので、「商い」と、そこに至るまでの「ハコを作る」っていうプロセスは違うものだと思っていたんですよね。クライアントさんの理想のお店を作って、そこからその方の商売がスタートするっていう。
――商売と空間作りのふたつを切り離して考えていたんですね。
髙坂さん:そこにもっと踏み込んでいきたいという思いは前からあったんですけど、ノウハウがないし、自分が影響を及ぼせるようなことってあんまりないなと思っていて。でも自分でお店を持って小さな商いをやってみて、「空間作りも延長だな」って思ったんですよ。運営する側の視点になってみて得られた知見とか、本業だけやっていたら気付けなかったことがたくさんあって。それを持ち合わせて設計の仕事をしていたら、もっとお客さんに寄り添えたんじゃないかっていう思いがすごくあるんです。
――じゃあ今後はお客さんに対する提案の仕方も変わっていくわけですね。
髙坂さん:もしかしたら、空間を作ることが仕事なのに「空間を作る必要ないですよ」って言っちゃうかもしれない(笑)。お店はひとつの装置であって、大事なのは「その場所でお客様に何を提供したいか」っていうことなので、そこが共有できればもっといろんなアプローチで提案できるかもしれないなって。今、すごくワクワクしているところですね。
somewhere
長岡市大島本町1丁目8-11 長岡金型2F