子育てに悩んでいるお父さん、お母さんは多いと思います。そんな悩みに寄り添い子育てを支援してくれる施設が、長岡市栃尾地区にある「豐愛(ほうあい)こどもの森」です。「豐愛こどもの森」を運営する「社会福祉法人 芳香稚草園(ほうこうちそうえん)」五代目理事長の佐藤さんと、「豐愛こどもの森」の施設長を務める笠井さんにお会いして、子育て支援への取り組みについて聞いてきました。
社会福祉法人 芳香稚草園
佐藤 義尚 Gisho Sato
1965年長岡市(旧栃尾市)生まれ。五智山 宝光院住職。大正大学仏教学部卒業。真言宗豊山派総本山 長谷寺で修業し「社会福祉法人 芳香稚草園」に就業、2019年には五代目理事長に就任する。7.13水害から願掛けで大好きなビールを絶っていたが、昨年20年ぶりに解禁した。
豊愛こどもの森
笠井 朝美 Asami Kasai
1965年長岡市(旧栃尾市)生まれ。地元の歯科医院で歯科助手として働いてきたが、2011年より「豊愛こどもの森」で働きはじめ、現在は施設長を任されている。孫と遊ぶのが何よりの楽しみ。
——隣に「豐愛こそだてランドリー」というコンランドリーがあるんですけど、あちらも「豊愛こどもの森」と同じように「社会福祉法人 芳香稚草園」が運営しているんでしょうか?
笠井さん:そうなんです。「少しでも子育てや家事の苦労を軽減できたら」という思いで、「豊愛こどもの森」を利用している間に洗濯ができるよう、コインランドリーを併設しています。学校で使うものを洗濯し忘れていても間に合うように、早朝5時からご利用いただけるんですよ。
——それはありがたいですね。そもそも「豊愛こどもの森」って、どういった施設なんですか?
笠井さん:2011年に開設した、「子育て支援センター」「放課後児童クラブ」「病後児保育室」がまとまった「総合子育て施設」なんです。
——運営している「社会福祉法人 芳香稚草園」というのは、どういう法人なんでしょうか?
佐藤さん:保育園や子育て支援施設を運営しております。大正15年に起こった栃尾水害で被災した児童を一時預かりするため、曽父母がお寺の本堂で託児施設を開いたことがはじまりなんです。昭和3年には「芳香稚草園」として私設託児所を開設しました。新潟では2番目、全国でも4番目に古い保育施設なんですよ。
——へぇ〜、そんなに古くから託児施設をはじめたんですか。
佐藤さん:栃尾は織物の盛んな地域で女性も朝から晩まで働いていたので、子どもを預けるお母さんが多くて需要があったんですね。
——なるほど。
佐藤さん:当時は貧しくて靴下や足袋が穿けず、雪が積もっても裸足で草履や下駄を履いている子が多かったんです。急に温めると霜焼けになってしまうので、両手のぬくもりで足をゆっくり温めてからコタツに入れていたそうです。それを「おてて保育」として心掛けてきました。
——ぬくもりを大切にしているんですね。
佐藤さん:その通りです。道具を使うのではなく人の手を使った、ぬくもりが伝わるような保育を心掛けているんです。あと仏教の教えである「生命尊重の保育」に基づいて、「もっと素直になれたらいいな もっと感謝ができたらいいな」という保育方針も掲げています。
——笠井さんは、子育て支援や保育の仕事に携わった経験がなかったんですよね。
笠井さん:自分の子どもを育てた経験はありましたけど、職業として携わったことはありませんでした
——どうして「豊愛こどもの森」で、子育て支援の仕事をすることになったんですか?
笠井さん:もともと佐藤理事長とは地元の同級生だったんですよ。「仕事を探している」って話したら「それなら、うちで働きなよ」って誘っていただいたんですが、最初は冗談だと思っていたので本気だと知ったときは驚きました(笑)
——未経験のために苦労したことも多かったのでは?
笠井さん:知らない人と話すことが苦手だったので、最初のうちは苦労しました。特に私より年上のおばあちゃんが孫を連れてくることが多かったので、どんな話をしたらいいかわからなかったんです。でも話しかけてみると、植木の話やお嫁さんの愚痴を話してくれて会話が盛り上がりました(笑)
——今では会話にも慣れて、子育ての相談に乗っているんですね。
笠井さん:保護者はそれぞれに子育ての悩みを抱えているんです。私たちが解決することはできないかもしれないけど、悩みを聞いて一緒に考えることはできます。そんなふうに、子育てに関わることができる楽しさは感じますね。今では顔つきや態度を見ただけで、話したいことがあるのがわかるようになりました。
——それはすごい(笑)。保護者の悩みを解決したことも多いんじゃないですか?
笠井さん:そうですね。でも「支援」について理解できるようになるまでは、戸惑うことも多かったんです。お母さんと一緒に悩んだり泣いたりしてきたのに、問題が解決したら来てくれなくなることに対して寂しさを感じていました。でも「支援」っていうのはそういうもので、自分のためではなく人のためにやるものだと気付いたんです。
——「放課後児童クラブ」として子ども達を預かっていますが、心掛けていることがあったら教えてください。
笠井さん:どんな子もとりあえず受け入れるようにしています。「うちの子はまだ喋れない」「まだ歩くことができない」というように、自分の子を周りの子と比べるお母さんも多いんですけど、子どもはひとりひとり違っていて当たり前なので、比較しないで個性を尊重することが大切だと思うんです。
——受け入れた子ども達には、どんなふうに過ごしてほしいですか?
笠井さん:「第二の実家」だと思ってほしいですね(笑)。学校での悩みやストレスは、みんなここに置いて家に帰ってほしいと思っています。冬でも汗を流して遊びまくってストレスを発散していく子もいますし、「お母さんには内緒ね」と言って悩みを相談していく子もいるんです(笑)
——ここで過ごして大人になった子も多いんでしょうね。
笠井さん:中学生や高校生になってからも顔を出して、小学生の宿題を見てくれる子もいるんです。そんな成長を見ることも喜びにつながるので、子ども達がいつでも戻って来られるよう、ずっとこの場所にあってほしいと思います。
佐藤さん:ここで育った子達が戻ってきたときのために、建物が老朽化しても新築はしないで、リノベーションすることで思い出を残してあげたいんです。私も7.13水害や中越地震で思い出が壊されてしまった経験をしているので、より強くそう考えるようになりました。
——では今後やってみようと思っていることがあったら教えてください。
佐藤さん:「障害児発達支援事業」を来年からはじめて、受け入れ施設を開設する予定です。あと中学生に関われる場もつくっていけたらいいなと思っています。兄弟がいなくてひとりきりで過ごすことが多い中学生に、居場所をつくってあげたいんです。お母さんのお腹に宿ってから、18歳で成人するまでの子育て支援ができる場所を目指しています。
豊愛こどもの森
長岡市栄町3-4-7
0258-52-1791