日本の文化を伝える「提灯座」の、いろんな物語が詰まった一皿。
その他
2025.06.09
冬は国内外の観光客で賑わう妙高市赤倉の、とあるビルの地下にひっそり佇む「提灯座」。お店の扉を開けると、その名の通り、大きな提灯が出迎えてくれます。ここで料理をつくっている江口さんは、「なのるなもない」という名前で出張料理のサービスもしているんだとか。そんな江口さんに料理をはじめたきっかけや、お店のこと、料理のことなど、いろいろお話を聞いてきました。

提灯座
江口 直樹 Naoki Eguchii
1988年上越市出身。高校を卒業後自衛隊に入隊し、調理に関わる中で料理の楽しさを知る。その後新潟市の調理師専門学校に入り、卒業後は県内外やフランスのお店で経験を積む。2018年に独立後、出張レストランである「なのるなもない」、妙高市に「提灯座」をはじめる。趣味は釣りで、出張に行った先で釣りをするのが何よりの幸せ。

自衛隊から、料理の道へ。国内外で経験を積んだ江口さんのこれまで。
――店内の真ん中に大きな提灯が。ここまで大きいものは、はじめて見ました。
江口さん:この提灯は、以前上越市でお店を出していたときに置いていたものなんです。このサイズの提灯はもうつくり手さんがいないので、大事に飾っています。
――上越市でもお店をされていたんですね。江口さんは、ずっと料理のお仕事をされているのでしょうか?
江口さん:いえ、高校を卒業した後は自衛隊に入りました。そのときに腰を悪くしてしまったんですよ。身体の無理ができないからということで、それからは自衛隊の食堂で調理を担当することになりました。
――そこで、料理と出会ったんですね。
江口さん:本来、隊員は週ごとに分かれて調理を担当するんですが、腰のこともあって、僕はずっと調理担当でした。そうすると玉ねぎの皮をむいたり、具材を切ったりするのが、周りの隊員よりも早くなっていくんです。そのときに「料理って自分でもできそうだし、楽しそうだな」と思って、調理の専門学校で本格的に学ぶことにしたんです。
――へ〜!思い切りましたね。そのとき、最初からフランス料理を?
江口さん:最初はイタリア料理を学びたいと思っていました。でもいろんな料理を学んでいくなかで、フランス料理の見た目の美しさに虜になって。それで、フランス料理を勉強することにしました。

――卒業後は、パリのレストランで働かれていたんですね。
江口さん:1年間働いていましたね。この道に進んだなら、本場に行って経験を積みたかったんです。料理のことを学びにいったんですけど、料理よりも見知らぬ土地で生活することが大変でしたね……。その土地に住む人なら、絶対に入らない危険な場所に足を踏み入れちゃって。「あ、これは死んでしまうかも」と思ったこともありましたね。
――そんなことが……。
江口さん:言語はもちろん、ローカルなルールもわからなかったので、フランスでの生活は結構辛かったですね。今思えば、あれが挫折だったのかも。でも、世界の広さを体感できたので、いい経験になったとも思っています。
――帰国後は東京や新潟のお店でお仕事を。
江口さん:野菜を中心にしたフランス料理や、西ヨーロッパの料理を学ばせてもらいました。2018年に上越市でお店を開いたんですけど、そのお店は台風のときに屋根が飛んじゃって、泣く泣く閉めたんです。その後「なのるなもない」として出張料理をはじめました。

――出張料理って、どんなところでお料理を出しているのでしょうか?
江口さん:最初は厨房機器の揃っている施設で短期のレストランをしていました。新潟でいうと「無印良品 直江津」で1ヶ月料理を出させてもらったことがあります。去年からは、小さい規模の出張もはじめたんです。ウェディングや、ご自宅でのちょっとしたパーティーに使ってもらっていますね。
日本の文化を伝えたい。目と耳でも楽しめる創作料理。
――そんな江口さんが「提灯座」をはじめたきっかけは、どんなものだったのでしょうか。
江口さん:2年前に妙高のあるホテルで出張レストランをしていたとき、外国のお客さんとの、素敵な出会いがとても多かったんです。妙高という場所も良かったし、ここでお店をやりたいと思うようになりましたね。
――どんな出会いだったのか、気になります。
江口さん:皆さんの反応がとても良かったんです。自分の料理がお客さんに合っているって、実感が湧いてきましたし。そのときのお客さんの多くはオーストラリアの方が多かったので、「提灯座」でもメインのターゲットは彼らなんです。オーストラリアの人に向けて、日本の文化を体験してもらえるレストランをコンセプトにしています。
――だから、店内は和の要素が多いんですね。急須とか、とっくりとか……。あと、江口さんの着ている法被とか。
江口さん:この法被は昔、実際に使われていたものなんです。僕が着ているのは、工務店の法被。日本の文化を体験してもらえるように、急須でお茶を入れてお出ししているんです。

――ということは、ここで出されているものは和食ですか? でも、江口さんはずっとフランス料理をされていましたよね……。
江口さん: フランス料理を装った、ジャンルレスな創作料理です。中には和食の要素を取り入れたものもあります。ジャンルの偏見をなくしたいんですよね。「これはなに?」と思ってもらえるような料理を作りたいんです。「あなたのためにつくりました」っていう思いが伝わるように。
――とっても素敵です。そんなお料理の中でも江口さんのおすすめはありますか?
江口さん:全部、おすすめですね(笑)。定番でいうと「ベジマイトのブリュレ」かな。「ベジマイト」、ご存知ですか? オーストラリアの国民食で、世界でいちばん美味しくない食材って言われているんです。でも、これは美味しいですよ(笑)。もうひとつは、「提灯座カルパッチョ」です。……これは、すごいですよ。


――どう、すごいのでしょうか……。
江口さん:お客さんの前で盛り付けをするんです。この近さで盛り付けをするお店はなかなかないと思いますよ。食べる前の盛り付けを、ひとつのパフォーマンスとして楽しんでもらえる一皿になっています。
――このパフォーマンスからも、お客さんのためにつくっていることが伝わります。料理に使われている食材でこだわっていることはありますか?
江口さん:ひとつひとつの背景がお話できる食材を使っています。誰が、どんな思いでつくったものか、どんな苦労をしてきたのかをお伝えできるものですね。食材が持っている物語を話せば、料理はより美味しくなるでしょうし。そんな食材を使って料理をするのが僕自身、とても楽しいんですよ。
世界ともっと、つながりを。「提灯座」のこれから。
――料理と一緒に楽しめるお酒もたくさんありますね。
江口さん:ここの日本酒とワインは、最高ですよ。日本酒は自然酒を、ワインは日本のナチュラルワインを用意しています。食材と同じで、つくられた背景が濃いものを選んでいます。
――海外の方はもちろん、日本に住んでいる私達も楽しめそうです。
江口さん:そうだと嬉しいですね。冬は海外の方がほとんどですが、夏になると日本の方が9割になるんです。それに合わせてメニューや食材も変えていますよ。海外の方は食べる習慣がない、白子やたらこを出したり、味付けも日本人好みにしたりしています。

――夏も冬も行ってみたくなりますね。江口さんのこれからやってみたいことを教えてください。
江口さん:いっぱいあるな……(笑)。世界中のいろんな人とつながりを持ちたいんです。そのために、まず来年オーストラリアで短期間、「提灯座」をしたいなと思っているんです。ここに来てくれたオーストラリアのお客さんに会いに行こうかなって。あと、妙高に来てくれた海外の人にツアーをやりたいですね。観光地じゃなくて、地元の人が知っているようなローカルなところを案内したいです。
――最後に、読者の方にひとこと、お願いします!
江口さん:ぜひ、一度は来ていただきたいです。妙高はどうしてもスキーのイメージが強いですが、夏もいいですよ。苗名滝や野尻湖も近いので、これからの季節は緑を楽しめますよ。

CHŌCHIN-ZA 提灯座
妙高市赤倉585-83 銀座ビルB1F
17:00〜21:00
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