【あの人の本棚】第1回
「お拾い文庫」と音読習慣。

あの人の本棚

2026.07.31

人を知るには、いくつもの方法がある。趣味を知る、休日の過ごし方を聞く、好きなYouTubeチャンネルを探ってみる。でももっとパーソナルなエッセンスが詰まっているのは、あの場所かもしれない。そんな予感がして、この連載をはじめてみました。「本棚を見せてください」はたしてどれくらいの人が、本棚を覗かせてくれるだろうか。ちょっと不安ですが「あの人の本棚」スタートです。

Interview

本棚の主

長谷川さん

50代、新潟市在住。金継ぎ師として、「ナヲシテツカウ」の名称で活動中。古町9番町「味處はせ川」の女将さんでもある。

お拾い文庫

金継ぎ師「ナヲシテツカウ」の長谷川さんには、1年前にThingsの取材でお目にかかった。長谷川さんが女将としてお店に立つ古町9番町の「味處はせ川」さんの取材でもお世話になり、また、お気に入りの器を金継ぎでさらに美しく仕上げていただいた。

 

女将さんの本棚は、ご自宅に2台。作業部屋と玄関に1台ずつ置かれている。「背表紙の活字が気になる」という理由で、背表紙が見えないように寝かせてある本も多い。特に圧が強めの本は、メイン本棚の下段か玄関先の本棚にしまわれている。

 

はじめてお会いしたとき、女将さんは江戸後期に書かれたベストセラー『北越雪譜』(鈴木牧之著)を読み進めている途中だった。現代語とは文体も言葉遣いも違う本を愛読していると聞き、「きっと、かなりの本好きに違いない」と予想した。

 

「子どもの頃から、いつも側に本がありました。欲しい本があると、親が快く本代をよこしてくれました」と女将さん。やっぱり子どもの頃から本に親しんできたのだな、と納得した一方で、意外にも、本をたくさん持つことには「まったく興味がない」ときっぱり。

 

普段は図書館で本を借りることが多く、「物が増えるのはあんまりね」と、定期的に本の処分もする。

 

「でもね、処分しに行った先で、本を拾ってきちゃうの」

 

こうして迎え入れた本を、女将さんは『お拾(ひろ)い文庫』と名付けている。

 

最近の「お拾い文庫」。丁寧に紐でしばられ、捨てられていた。「前の持ち主さんも本が好きで、たくさん買ってしまうから整理しなくちゃいけなくなったのかな」と女将さん。電子書籍は利用せず、紙の本一択。

Advertisement

音読の習慣

実家に帰省するときは、駅の書店に立ち寄って本を購入。移動の時間や予定の合間など、読書時間が確保できるとわかっているときこそ、読みたい本の買いどき。

 

「本に対しては、気持ちに忠実。旬を過ぎると気持ちが薄れちゃうような気がする」と、積読はしない。

 

図書館から借りた本でも「やっぱり側に置いていたい」と思えば購入する。世界で初めて人工雪の結晶を作り出した物理学者・中谷宇吉郎氏による随筆集『雪と人生』もその一冊だ。

 

「細やかな文章に触れたいとき、この本を手に取ります。科学者が書いた本らしく、繊細な視点で綴られた文章がとても興味深くって。科学者たちはどんなふうに物事を考え、理論を組み立てているのか、思考回路が行間から伝わってくるような気がします。私が好きな夏目漱石も、数学や物理学に造詣が深い作家。その門下にあたる寺田寅彦という著名な物理学者のエッセイも、とても素敵です。物理学者の視点の細やかさに惹かれます」

 

『雪と人生』中谷宇吉郎/著 (角川ソフィア文庫)

 

物理学者が綴る難解な文章は、女将さんの日課に欠かせない。毎朝早く起き、小一時間の散歩をしてから金継ぎをする。指先にすべての神経を集中させて、丁寧に漆を塗る姿から、その場が張りつめた空気に包まれる。

 

「同じ姿勢でいると、いくら好きなことでも疲れるので」と習慣にしているのは、音読。「口の周りの筋肉をしっかり動かさなくてはならない分、音読に向いている」とあえて難解な本を選ぶ。作業机の前に姿勢を正して立ち、約5分間、声を出して読み上げる。そうすると、頭がスッキリするのだという。

 

「音読をはじめたのは、『北越雪譜』がきっかけです。小難しい本は黙読ではなかなか読む気にならないのだけど、声に出して読んでみると案外理解できるものだな、と気がついて。もちろん本の中身をすべて理解しようなんていう気はまったくないのだけれど、ところどころに『へぇ』『あ、そうなのね』と思わせてくれる小さな体験が詰まっています」

 

「おすすめの本は」という問いには、「ありません。答えるのは恐れ多い」とのこと。女将さんのおすすめは、特定の本ではなく、「音読」という活字との付き合い方。本を手に取らない日はない。音楽を聴くように本を読む。

Advertisement

元気が湧いてくる本

取材当日、女将さんが最初に紹介してくれたのは『幸福は幸福を呼ぶ』(宇野千代著)。「相棒。たぶん、死ぬまで持っている本じゃないかしら」という1冊。10代の頃に買って、たびたびの引越しを経ても、気づけば側にある。あちこちに蛍光マーカーが引かれている。

 

「そのときの気分や環境によって心に響く文章は違いますが、いちばん大切に思っているのは、金継ぎをはじめたばかりの頃に心に響いた文章。宇野千代さんが自分の視点で“努力することとは何か”を綴っている部分です。金継ぎをしていると、自分にはできないかも、と自信を失ったり、夫に八つ当たりしたりしちゃうんだけど、やっぱりそれはカッコ悪い。漆の艶が好きで自分でやっていることなんだから、もっと落ち着こうじゃないか、トントン拍子にいかなくったって当たり前、あの宇野千代でさえそう言っているんだから」

 

『幸福は幸福を呼ぶ』宇野千代/著 (集英社文庫)。女将さんの相棒。

 

本は読むものの、新しく買う本はそれほど多くはない。「これがいちばん最近買った本」と女将さんが紹介してくれたのは、2005年刊行の『みんな自分の夢の一つ』(鴨居羊子著)。著者は、女性用の下着に革命を起こした有名デザイナーだ。その存在を知っていた女将さんは、たまたま入った本屋で平積みになっていた同書を手に取った。

 

「鴨居羊子さんは、生きていたら去年100歳を迎えた1925年生まれ。なのに考え方がまったく古臭くない。うまく言えないんですが、感性がみずみずしいというか、『今を生きている』としか言いようがない。この人が時代に大きな影響を与えたのだな、とひしひしを感じます。気分を高めたいときにぴったりな本。とても面白い」

 

『みんな自分の夢の一つ』鴨居羊子/著(ちくま文庫)

「あの人の本棚」の取材に
協力者を募集しています。

「あの人の本棚」の取材に協力してくださる方を募集しています。お問い合わせフォームより、①「あの人の本棚」取材希望②希望する理由をご記入の上、下記リンクよりご連絡ください。

ご応募はこちら

Advertisement

関連記事

新しい記事

ランダムピックアップ

大切な家族の記録をアートで残す。手形アート作家「Tim」の野澤さん。

この記事へ

MAGAZINE

now on sale

この街の、人、モノ、こと。
ちょっと知って、ちょっと好きになる
新潟のウェブマガジン[ シングス ]。

PR | ベルーナグルメ

「ベルーナグルメ」が届ける、
新潟地酒飲みくらべ。

詳しくはこちら
レコメンド一覧

Advertisement