New Eyes Niigata #09 石井圭
New Eyes Niigata
2026.06.25
目に映るもの、出会う人、そして日々の生活……海外から新潟にやってきた人たちは、今、この街でどんなことを思い、感じているのでしょう。新シリーズ『New Eyes Niigata』では、海外出身の皆さんが歩んできたこれまでの人生の物語を振り返りながら、彼らが「新潟」という新しい環境で見つけた、小さな発見や気づきをお伝えしていきます。
第9回目は、フィリピン出身で新発田市にお住まいの石井さんです。現在は学校のALTを退職し、自然に囲まれた古民家でカフェのオープンに向けて準備を進めています。日本へ来る前は、フィリピンで何不自由ない「お姫様」のような生活を送っていたんだとか。どのような経緯でその恵まれた環境を手放し、遠く離れた新潟の地へ辿り着いたのでしょうか。異国の地へ飛び込んだ、石井さんのチャレンジ精神のルーツをうかがってきました。

企画/プロデュース・北澤凌|Ryo Kitazawa
イラスト・桐生桃子|Momoko Kiryu
思い通りの人生を捨て、あえて厳しい環境へ。好奇心で掴んだ「のど自慢」のトップ。
――石井さんは、日本に来る前はフィリピンでどのような生活を送っていたんですか?
石井さん:ひとり娘だったこともあって、何から何まで自分の思い通りになる生活でした。結婚するまでは包丁も持ったことがなかったし、寝る前にはお父さんが温かい牛乳を持ってきてくれるような環境で。もう本当にプリンセスのように大切に育ててもらいました。
――ご両親からの愛情を一身に受けていたんですね。
石井さん:でも、それが私には面白くなかったんです。何でも融通が利いて、欲しいものがすぐに手に入る。同じ年代の子たちは料理が上手なのに、私は何にもできない。チャレンジ精神が湧かないまま年齢を重ねていく自分が嫌だったんです。「両親がいなくなったら、私どうなるの?」って。だから、あえて両親から離れて、ひとりで自立するために日本へ行くことを決めました。
――思いきりましたね。実際に日本に来てみて、いかがでしたか。
石井さん:最初は同じように日本に来た人たちとグループで生活をしていたんですが、知らない人ばかりの中で「あなたはこれやって」と指示されたり、怒られたり。でも、それがすごく面白くて。両親がいれば怒られないのに、家族が誰もいないとこんなふうに怒られるんだなって。何も知らない自分が新しいことを経験して学んでいく感覚が、すごく勉強になりましたね。

――フィリピンにいた頃、日本のイメージって何かありましたか?
石井さん:サムライのイメージですね(笑)。日本に来たら、ちょんまげをして刀を持った人が歩いているのかと思っていました。でも実際は全然違って、街がすごく綺麗だったのが印象的でした。
――日本に来てから、いろいろなご経験をされてきたと思います。
石井さん:ラーメン屋の手伝いからはじまって、デイリーストアでのパン作り、ヤマハの英語教室、外国人相談センターの通訳、そしてALTの先生まで、本当にいろいろな仕事を経験させてもらいました。知らないことを知りたい、やったことのないものをいじってみたいっていう性格なんです。
――その好奇心は、日本の文化に対しても?
石井さん:そうですね。特に「演歌」が好きになりました。フィリピンにはディスコやポップスはあったけれど、演歌のような音楽はなかったので新鮮で。

――石井さんは歌うのもお好きなんですか?
石井さん:実は、1999年の「NHKのど自慢」に出場して、チャンピオンになったんです。その後の全国のチャンピオンが集まる大会でも、最優秀賞に選ばれました。そのときに歌ったのが、細川たかしさんの『望郷じょんから』です。子育てで精一杯で熱を出しているような状態で出場したんですけど、本当に信じられないような宝物の思い出ですね。
東京を追うのではなく、ここにあるものを東京に出す。
――現在は新発田市にお住まいですが、新潟という土地にはどんな魅力を感じていますか?
石井さん:私はマニラという大きな都会で育ちました。だからこそ、田舎の緑や山、海に「平和」を感じます。ALTをやっていた頃、帰りの車から四季折々の景色が変わっていくのを見るだけで、すごく癒されていました。九州や埼玉にも住んでいましたが、ここがいちばん大好きです。最後の人生はここに懸けようと思っています。
――これから新発田で、古民家カフェを開く準備をされているとうかがいました。
石井さん:主人が将来、介護が必要になったときのことを考えて、家の中で仕事ができるように古民家を買ったのがきっかけです。昔からパンやクッキーを作るのが好きだったので、私の手作りのパンやフィリピン風の料理を出せる場所を開きたいなと。今はまだ書類を揃えたりしている段階で、本当にこれからですね。
――石井さんのお部屋に飾ってある、その額縁に入った言葉はなんですか?
石井さん:これは埼玉にいた頃、お弁当屋さんで付き合いのあった知り合いの方に書いてもらったものです。私はこういう言葉が好きで、「欲しいです」とお願いして。日本語を勉強するためにいろいろな言葉を見てきましたが、これは私のお守りです。そしてもうひとつ、最初に勤めた学校の校長先生からいただいた手書きの言葉も、お守りとして大切にしています。

――それはどんな言葉なんですか?
石井さん:少し読み方が難しいんですが、「桜に歩くの花を見む」と書いてあります。突然違う学校へ異動しなければならなくなったときに、記念としていただいたんです。なかなかいただけるものではないので、今度開くカフェにも一緒に飾りたいと思っています。

――これまで様々な場所でチャレンジを続けてきた石井さんですが、やりたいことを実現する上で「場所」は関係ないのでしょうか。都会に行かないと夢は叶わない、と考える人も多いと思います。
石井さん:私は、ここにあるものだけで考えたいです。東京に行かないとできないとか、海外でないとできないとか、そういったものは望みません。東京はうるさすぎて平和を感じないし、田舎がないから嫌なんです。だったら、ここにあるものを生かせばいい。

――ここにあるものを生かす、ですか。
石井さん:たとえば、このあたりには竹がたくさんありますよね。だから竹でモノを作って、それを東京へ持っていけばいい。東京にあるものをわざわざ取りに行くのではなく、ここにあるものをどんどん外へ出していくんです。私はここにいる存在だから、ここでできるものをやる。62歳になりましたが、これからも死ぬまで勉強して、知らないことを知り続けていきたいです。

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