自由気ままな古着屋さん。
六日町の「freely」

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2026.07.23

text by Ayaka Honma

六日町の商店街にある「freely」。このお店の町田さんは、あるきっかけから東京や埼玉で古着に関わる仕事をはじめ、東京で古着屋さんを開いていたこもあるんだとか。そんな町田さんに、六日町に帰ってきてお店をはじめた理由や、お店のこと、これからのことなど、いろいろお話を聞いてきました。

Interview

町田 哲平

Teppei Machida(freely)

1995年生まれ南魚沼市出身。高校卒業後、ダンスをきっかけに埼玉で暮らしはじめる。ごみ収集会社勤務を経て20歳で古着と出会い、セレクトショップのオープニングスタッフとして働く。その後、古着バイヤー会社を経て23歳で下北沢の近くで自身の店をはじめる。26歳で南魚沼市へ戻り、「freely」をオープン。疲れたときの定番は登山と温泉に行くんだとか。

古着との出会いは、20歳のとき。
楽しさも苦しさも経験した、これまで。

――まず、町田さんがこれまでどんなことをされてきたのか教えてください。

町田さん:高校を卒業してからは、ずっとダンスをしていました。卒業後もダンスがしたくて埼玉に出てきたんですけど、当時は洋服にはまったく興味がなくて。最初はごみ収集の会社に就職したんです。はじめて古着というものを知ったのは、20歳くらいのときでしたね。他の洋服好きな人たちに比べると、かなり遅咲きだったと思います。

 

――そこから洋服の世界に入っていくんですね。

町田さん:その会社で働いていた人から「洋服屋さんで働いてみない? 」と誘われて、セレクトショップに就職したのがはじまりですね。オープニングスタッフだったので、接客はもちろん、お客さんの視線誘導を考えて店を作る仕事も担当させてもらえて。「お客さんが動くんじゃなくて、僕たちがお客さんを動かす」という考え方を、そこではじめて学びました。

 

――その後は、どのようなお仕事を?

町田さん:1年半ほど働いた後、21歳で古着のバイヤー会社に転職しました。セレクトショップにいたとき「自分でも、お店ができるんじゃないか」って思って。最初は自分で洋服を作ろうかと思ったんですけど、洋服作りを学ぶのは、とても時間のかかることだし、予想よりも難しかったんです。「古着なら、元々あるものの中から自分の好きなものを選んで売れるから、お店を出すならこっちにしよう」と思って転職しました。この会社での経験が今のヨーロッパ古着の仕入れにもつながっています。

 

――そして、東京で念願のご自身のお店をはじめられました。

町田さん:23歳で仲間と一緒に、下北沢から少し離れたクリーニング屋さんの2階で店をはじめました。でも、オープンから2か月ほどでコロナ禍がはじまってしまって。補助金をもらうために、土日しか開けられない時期もあって、生活はかなりカツカツでしたね。それでも「コロナが落ち着けばいける」と信じて続けていたんですが、3、4年経っても収まらなくて。一緒にやっていたスタッフのひとりが「やめたい」と言い出したのをきっかけに、お店をたたむことを決めました。

 

――東京のお店を閉めて、地元に戻られたんですね。

町田さん:物もたくさんあったし、ひとり暮らしにも限界を感じていたので、「一度地元に帰ってみるか」と。実は東京でお店をはじめたときから、「絶対に地元にも店を出す」と周りに言いふらしていたんです。あれだけ言っておいて「東京の店を畳んで地元に帰るのはダサいな」という葛藤もあったんですが、逆に、地元で挑戦するきっかけになるな、と前向きに考えました。

 

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自分の人生をそのまま表した、
自由気ままで、かわいい古着のお店。

――新潟に戻ってきてはじめたのが「freely」というお店です。

町田さん:自分の人生をそのまま言葉にすると、「超自由気まま」だなって思って。それをそのまま店名にしました。「free」だけだと、英語の「自由」というそのままの意味になってしまうんですが、「freely」にすることで「気軽に自由に」というニュアンスが出せる気がして、こちらの方が自分らしいなと思ったんです。

 

――「freely」ではどんな古着があるのでしょう。

町田さん:古着にはいわゆる王道の「アメカジ古着」、良質で比較的高価な古着を扱う「ヴィンテージ」、そして「ヨーロッパ古着」という、大きく分けて3つのジャンルがあるんです。うちはヨーロッパ古着をメインに扱っています。もともと僕自身、古着が好きになったきっかけがヨーロッパ古着で。アメカジのような雰囲気ではなく、もう少し大人っぽくて小綺麗な感じのものが好きだったので、自然と自分の好きなものを集めた結果、こういうお店になりました。

 

――古着を選ぶとき、大切にしていることを教えてください。

町田さん:ひとことで言うと、「パッと見て、かわいいかどうか」です。実際は着てみないとわからない部分も多いんですが、洋服も人と同じで、見た目の印象がかなり大事だと思っていて。メンズの古着屋さんに行くと、「かっこいい」「イケてる」を基準にしたお店がほとんどで、「かわいい」を基準にしたお店は意外と少ないんです。だから、あえて「かわいい」を軸に古着を選んでいます。

 

――今のお店は、以前カフェだったと伺いました。

町田さん:今の場所に移る前、ここの近くの商店街でお店をやっていたんですが、そこのカフェのオーナーさんとよくコーヒーを飲みに行くうちに意気投合して。そのオーナーさんが1年ほど前にお店を閉めることになったと聞いて、「継ぐ人がいないなら」と、そのまま引き継がせてもらいました。もともとの雰囲気がすごくよかったので、そこに自分の好きなものを少しずつ足していった感じです。カウンターなど、カフェ時代のものをそのまま使っているものもあります。

 

――店内の内装、とてもおしゃれですよね。内容やレイアウトでこだわったことは?

町田さん:お店の什器のほとんどが、東京のお店で使っていたものなんです。なるべく色がリンクするように、テーブルや椅子、照明を配置することは意識していますね。あとは、お客さんがお店に入ったとき、どう動くかを予想して古着を置いたりもしていて。例えば、はじめて来るお客さんは、店員から離れたお店の奥に行くことが多いので、そのあたりにおすすめの古着を置いたり、お客さんが周りの視線を気にしなくてもいいように、古着を吊り下げてみたりしています。

 

服の並べ方や、ラックの高さなど、いろんなところに町田さんのこだわりがあります。

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50歳まで、現役で。
この場所で長く続けられるように。

――「freely」を、これからどんなお店にしていきたいと考えているのでしょう。

町田さん:20年は必ず続けたいと思っています。50歳までは現役で店頭に立って。大きく跳ね上がることも下がることもなく、安定して長く続けられるお店にすることが目標です。そのために、今は定休日は基本的に作らないようにしていて、休みになるのは仕入れに行く日くらいです。

 

――そのモチベーションは、どこから来るのでしょうか。

町田さん:たぶん、一度地獄を見ているからだと思います。コロナ禍で本当に苦しい経験をしたので、そこまで自分がへこまない限り、マイナスの言葉が出てこないんです。「なんとかなる」という感覚がずっと続いていて、それが今の自分を支えている気がします。

 

――最後に、これからの目標を教えてください。

町田さん:お店のかたちは変わってもいいので、この場所を引き継いでくれる人を見つけたいと思っています。自分にとっては仕事というより、遊びが仕事になったような感覚なので。ひとまず20年、しっかりこの場所を守り続けたいですね。

 

――これからお店でやってみたいことはありますか?

町田さん:前の物件がカフェだったこともあり、いずれはテイクアウトのコーヒーを出せるようにしたいと思っています。あと古着以外にも雑貨や植物などを販売する、ポップアップイベントも続けていきたいですね。ここ2年くらいで、お店に対する意識が変わったところがあって。以前は近くのお客さんに来てもらえればいいと思っていたんですが、今は新幹線で東京から日帰りでも来られる距離感を活かして、観光のひとつとして楽しんでもらいたいという気持ちが強くなりました。南魚沼の魅力を知ってもらうきっかけを、このお店から作っていこうと思っています。

 

NYで買い付けたという雑貨も販売されていました。

freely

南魚沼市六日町124-2 2F

13:00-19:00

※最新の情報や正確な位置情報等は公式のHPやSNS等からご確認ください。なお掲載から期間が空いた店舗等は移転・閉店の場合があります。また記事は諸事情により予告なく掲載を終了する場合もございます。予めご了承ください。

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