県北の清流・荒川沿いから少し入った神林地区の山あいに、ヤギがのんびりと暮らす小さな牧場があります。地元出身の獣医師が9年ほど前、休耕地を活用して開いた「傍楽(はたらく)農塾ごーとふぁーむ」です。なんでも牧場主の佐藤さんは、見る・触れる人の心を和ませるだけでなく、「働き者」=家畜としてのヤギを改めて見直してもらおうと、こちらの牧場を運営しているとのこと。実際にヤギたちに囲まれながら、佐藤さんにいろいろお話を伺ってきました。
傍楽農塾ごーとふぁーむ
佐藤 剛 Tsuyoshi Sato
1952年、旧神林村生まれ。獣医師。農林水産省の職員として動物検疫所や家畜改良センターで畜産行政に38年間携わる。定年退職を機に帰郷すると、自家所有の休耕地を活用してヤギ牧場「傍楽農塾ごーとふぁーむ」を開設。ミルクや加工食品の生産のほか、家畜としてのヤギの普及に努めている。冬期間はスキー指導員としても活動。
――本日はよろしくお願いします。ヤギたちの視線を感じ、少し緊張します。
佐藤さん:(笑)。ヤギは基本的に人懐っこいですからね。性格も大人しいし、羊のような神経質さもないし、ここのように多少の傾斜があっても気にしませんし、小規模でも大丈夫ですし。牛や豚などに比べても段違いに手がかからず、家畜としては最も飼いやすい種類の動物です。
――そうなんですね。現在こちらでは何頭飼育されているんですか?
佐藤さん:この春に生まれたばかりの子ヤギが3頭とメスの成ヤギが4頭の計7頭ですね。牧場としてはことしで9年目になりますが、成ヤギが4代目、子ヤギが5代目にあたります。ここはかつて田んぼをやっていたのですが長らく使っていなかった休耕地で、ヤギたちは地面から生えてくる草を食べながら、基本的には自由に伸び伸びと、のんびり暮らしています。
――それはうらやましい……(笑)
――こちらのヤギたちはかわいいだけでなく、とても働き者だそうですが、どんな仕事をしているのですか?
佐藤さん:現在のメインはミルクの生産ですね。ヤギの乳は成分が人のものととても近くて、低脂肪・高タンパクでアレルギー成分も低く、母乳の代用品としても以前は広く利用されていたんですよ。牛乳などと比べ脂肪球が小さいためお腹もこわしにくいですし。ただその脂肪球の小ささは周囲の臭いを吸収しやすいというデメリットもあり、そのせいで「ヤギの乳は臭い」というイメージを持たれがちなのですが、臭いは周囲の環境によるもので、乳自体に匂いはなく、搾乳環境さえしっかりすれば臭くなりませんし、本来は味にクセもほとんどありません。うちでは生産したミルクでヨーグルトを作って近所や知人へ定期的に配っているほか、チーズも製造し、地元の道の駅で販売しています。またその他の仕事としては、繁殖や食肉としての出荷など、家畜として一般的な役割をまっとうしています。
――食肉、ですか。
佐藤さん:ヤギの肉はこのへんではあまり馴染みがないですが、沖縄や九州南部では割と一般的で、実は海外から輸入しているくらいなんですよ。肉も乳と同じく臭いのあるイメージとは裏腹にクセがほとんどなくて、低脂肪・高タンパクでとても美味しいですよ。うちでも以前はジャーキーなど加工品を製造していました。現在は出荷に絞っていますが。
――それら以外にも、ヤギならではの仕事があると聞きましたが、それはいったい何なのでしょう?
佐藤さん:私がここに牧場を開いた大きな理由のひとつでもあるのですが、食草による除草です。特に山間部で休耕地の荒廃が問題化して久しいですが、ヤギの飼育はそういった場所を維持・管理するにはうってつけなんです。
――へぇ~、そうなんですか。ヤギのどのへんがうってつけなのでしょう。
佐藤さん:まず、最初に言った通り、ヤギはとても飼いやすく、手間やコストもそれほどかかりません。また、人間にとって重労働といえる除草を食事として勝手にやってくれる(笑)。だけでなく、けたたましく鳴り響く草刈機の騒音の代わりにヤギたちが穏やかに草を食む光景は、周囲に和みの雰囲気をもたらしてくれます。加えて、人の匂いのするヤギが歩き回ることで、近年も被害が拡大しつつあるクマやサルなど野生動物の侵入を未然に防ぐ効果も期待できます。実際、近年はエコの観点から注目を集めて、各地でヤギによる草刈りや農地の管理が行われていたりしています。うちでも以前は「草刈りヤギ」として集落の土手に出張させたりもしていたんですよ。数年前に自分が体調を崩してからはやめちゃっていますが。
――なるほど……良いことづくめじゃないですか。
佐藤さん:とりわけ高齢者世帯の農家のお供として、ヤギは最適だと思いますね。うちが実際にそうなのですが(笑)。動物を飼うことで大きな心の張り合い、癒しにもなりますしね。
――では、実際に飼いたい場合はどうすれば良いのでしょう?
佐藤さん:うちでよければいつでも相談に応じますよ。まず見学に来ていただいてもいいですし。
――それは心強い。ヤギ牧場として、今後の展望を教えてください。
佐藤さん:数年前に体調を崩しちゃってからは、あんまり無理がきかなくなったので事業もやや縮小していますが、家畜としてのヤギの価値を改めて見直してもらい、もっと普及していければという当初の気持ちは今も変わっていません。家畜は自分が暮らす環境を自分で選ぶことができませんから、私たち人間がしっかりと責任を持ち、面倒を見ていかなければいけませんが、動物は手をかけた分だけそれに応えてくれます。今後も自分なりのペースで、ヤギの良さを伝えていき、山間の農地などでヤギが草を食む光景がもっと広がればいいなと思っています。
――なるほど。本日は和ませてもらった上に、良い勉強になりました。ありがとうございました!